第75話





風の中は静かだ。

みんながどうしてるのかも分からない。

もう。目を開ける気力も出ない・・・


アレ?

『みんな』って誰だっけ・・・

もう何も考えられない。

考えが纏まらない。


『大丈夫よ。風が『さくらの怖いもの』から守っているだけよ』


・・・『怖いもの』?

何だっけ。

・・・・・・・・・思い出せない。






さくらは花の香りを纏った優しい風に包まれて癒やされたのか。

風がすべての音や気配をさえぎっている静かな空間に安心したのか。

青褪めた顔に恐怖の表情を貼り付けていたが、それでも今は安らいだ表情の欠片カケラも浮かべていた。

緊張がほぐれたのか全身を掻き抱いていた腕のチカラが抜けて、涙腺が壊れて流れ続けていた涙も止まったさくらは眠ったまま『ドアの向こう』へと運ばれて行った。






さくらが『何か』に怯えている。


初めはヒナリがヨルクに向けた『怒り』に怯えていると思っていた。

しかし、さくらは俺たちが『聖なる乙女』に向けて放った怒気どきを感じ取ってしまったようだ。


ドリトスがヒナリたちの諍いを止めに行った。

ヒナリの『普段と変わらない』怒りにすら酷く怯えているからだ。


2人も、さくらの『何時いつもとは違う様子』に気付いたのか慌てて駆け寄ってきた。


さくらの身体が震えだし、脂汗も止まらない。

閉じた両目からは絶えず涙が流れ続けている。

自身を掻きいだくが震えが止められないようで背を丸める。

俺が強く抱きしめても背中をさすっても、さくらの震えは止まらなかった。



そんな時だった。

さくらが召喚された日に現れた鉄扉が部屋の大半に敷かれた『畳の外側』に現れた。

扉が開くと同時に風が吹き込み、俺たちの身体は身動き出来なくなった。

声も出せない。


風が抱きしめていたさくらの周りに集まり、そのままさくらの身体を持ち上げて鉄扉の中へと運んでいく。


「ふ・・・ざけんな!・・・さくらを・・・返せー!」


ヨルクが身体を無理矢理動かそうとするが、バランスを崩してそのまま畳に倒れ込む。

それでも必死にさくらに向けて手を伸ばす。


「さ・・・く、ら・・・さくらー!」




風の中にいるさくらは目を閉じたまま。

ヨルクの声も届いていないのか。

ピクリとも反応しなかった。





さくらを飲み込んだ鉄扉が消えると、俺たちの身体は先程とは違い問題なく動けるようになった。



「ちくしょう!」



ヨルクが悔しそうに畳を叩き続ける。

ヒナリはさくらの名を繰り返し呼びながら泣いている。



・・・違和感から周囲を見回すと、ドリトスと目が合った。


「気付いたかね?」


「・・・ハンドくんたちがいなくなりましたね」


「彼らは『さくらの世話係』じゃ。・・・さくらの世話をしに行ったのじゃろう」



「さくらは、なぜ、いなくなったの・・・?」


ヒナリが「私がヨルクを怒ってたから?」と自分を責め出す。

確かにヒナリの怒りに小さくなっていたが、それは『ヨルクと一緒に叱られないよう』に身を縮めて『隠れているつもり』なのだと誰もが思っていた。


だから、ヒナリはあとで『膝だっこの刑』にするつもりだったのだ。






「・・・ヒナリ。さくらが怯えたのはワシらが抑えていたはずの怒気を『感じ取った』からじゃ」


「どういう・・・こと、ですか?」


なぜ・・・さくらが怯えるほどの怒気をドリトス様が?

私にはドリトス様からは怒気を感じ取れなかった。

そんなに弱い怒気をさくらが?





「今日『聖なる乙女』が召喚された。それも2人同時にじゃ」


「幼馴染みで親友同士だと言っていた。彼女らは『同じ世界』から来たという理由から『友だち感覚』でさくらに会いたがった。・・・しかし、さくらはまだ本調子ではない。国王代理ジタンからも理由を話して直接断った」


「さくらとヒナリが寝てる時にな。来たんだよアイツら。『見舞い』だとかしやがった」


彼らの口調から、その場面を見ていないヒナリでも分かった。

3人は『聖なる乙女』たちから、さくらを守ってくれたんだ。


「ゴメンな。アイツらの身勝手ワガママがガマン出来なかった・・・」


「俺たちも、ハンドくんが寝室に結界を張ってくれたと聞いて、さくらに負担がないと思って怒気を放ってしまった」


ヨルクとセルヴァンの謝罪に首を左右に振る。


「そんな自分勝手な人たちにさくらが会っていたら、きっと『無責任な言葉』でさくらが傷つけられていたと思います」



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