第23話
恭介は、結子と大和の関係についてどう思っているのだろうか。
そんなことに今さら思い至るのだから、自分の鈍感さに腹が立つ結子である。
「普通、いい気はしないよね?」
そりゃそうだ、と友人はうなずいた。
自分のカノジョが、クサレ縁とはいえ他の男の子と仲よさげに話したり、現在は絶交中であるから話はしていないとしても、彼との間に起こったあれやこれやをいちいち話してくれば、腹を立てるのが当たり前。立場を変えてみれば分かりやすい。もしも結子が恭介の立場だったら、
「麗子(仮名)の分のケーキも買っちゃってさあ」
とか、
「麗子(仮名)の分の弁当も作っちゃったんだよ」
とか、
「麗子(仮名)のために傘を置いてきてやったんだ」
など、そんなことを赤裸々に聞かされた日には、鉄拳制裁……はしないかもしれないが、ちょっと今後の付き合いを考えてしまうだろう。幼なじみの麗子(仮名)さんとの間に、カノジョとの間には無い特別なつながりがあるかのような口ぶりで話す彼の神経を疑うに違いない。
「そんなに麗子(仮名)さんのこと考えてるなら、いっそ麗子(仮名)さんと付き合えばいいじゃん!」
結子は
言いそうである。言ってしまいそうである。そうして自分が言いそうだということは、恭介に同じことを言われても仕方がないというそのことでもある。
「違うの! そんな意味で言ってたんじゃないのよ。キョウスケ!」
結子は、想像上のカレシを目前の友人に重ねると、彼女のその肩をつかんでガタガタと揺さぶった。
カレシ役にスターリングされた日向の体が前後にぐらぐらした。
もちろん、恭介は大和の友人であり、絶交が始まってからというもの終始、結子と大和の仲を修復させようと努めてくれていることからすると、それほど気にしていないのかもしれないとも考えられる。しかし、だからといってそれに一方的に甘えていいものだろうか。
結子は立ち上がると、握りしめた拳をえいっと天高く突き上げた。
「わたしは男の子の優しさに依存するようなしょうもない女じゃない! キョウスケにはわたしの気持ちをちゃんと伝えることにするわ、行動で!」
日向は、あんまり張り切らない方がいいんじゃない、と心配そうに言ってきたが、結子は意に介さなかった。事に当たれば全力で為すのが彼女の信条である。
そして善は急げ。
早速、翌日、朝の通学路で結子は恭介にデートを申し込んだ。
「次のお休みに水族館に行きましょう」
「水族館って、『アクアパーク』のこと? 一日がかりだな」
「たまにはいいんじゃないでしょうか? 一日ラブラブな感じで行きましょうよ!」
恭介は整った眉をひそめた。
「ラブラブって……何か、やけにテンション高くないか、ユイコ?」
結子はにっこりとした極上の笑みを投げた。
「ソンナコトナイヨ。イツモノアタシダヨ」
だが、セリフは棒読みである。
「……まあ、いいけどさ、デート自体はオレもしたいから」
恭介にはこれまで大和のことで散々迷惑をかけてきた。そのお詫びとして彼に一日色々尽くしてあげて、「わたしの目にはあなたしか見えない」というこの心からの愛をギュウギュウと押し付けたい。そうして、彼に寄せる気持ちを分かってもらうのだ!
「悪そうな顔してるぞ、ユイコ」
「ひっどーい、キョウスケったら、こんなに可愛い女の子を捕まえてさ」
結子はわざとらしく頬を膨らませた。
そんなことをしても距離を取らない恭介は寛容の男の子である。とはいえ、あんまりふざけすぎて本当に嫌われても仕方ない。真顔に戻った結子が、水族館デートを承諾してもらうという一仕事を終えて、ほっとしていると、恭介の真面目な声を聞いた。
「ヤマトのことなんだけどさ……」
結子はつきそうになったため息をどうにか抑えた。
「しつこいのは分かってるけど、いつまで話さないつもりなんだよ。あいつ、かなり寂しがってるぞ」
「そんなこと言っても、あっちが悪いんでしょ」
「いや、ヤマトは別に悪くないだろ」
「ヤマトと話すのは別に構わないけど、それで傷つく子がいるんだから。仕方ないでしょ」
「ヤマトが傷つくのはいいのか?」
ハッとして見上げた先に、前を向いた恭介の引き締まった横顔が見えた。
結子は、肩から斜めにさげた学校指定カバンを何とはなしポンポン叩きながら、
「やー、でもさ。ヤマトは男の子だし。わたしと話せないくらいでさ」
言うと、
「オレだったら、キツイけどな」
と恭介。
それきり沈黙が落ちた。
結子はしばらく地面を見ながら歩いた。
折角デートの約束をしたところだったのに、なんだか雰囲気が悪くなってしまって、ほとほと大和という男は結子の恋路を邪魔するために現れた地獄からの使いなのかと思われた。
どう答えればよいものだろうか、結子には分からなかった。せっかく三週間も続けてきて何の解決も得られないまま、絶交をやめるなどということはできない。それではやってきた意味がない。とはいえ、やめないとすると友だち想いのカレシとの仲がぎくしゃくする。
頭をかきむしりたくなるようなジレンマを抱えて校門まで歩いていったところ、結子の前に人待ち顔の少女の姿があった。
結子は、恭介に先に行くように告げた。
校門の脇にたたずむ少女は、結子に視線を向けている。
その切れ上がった瞳には明らかな敵意の色が見えた。
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