第177話 エンゲージ

”婚約”

大ちゃんはしばらくその言葉の意味が理解できなかった。


「コンニャク?」

思わずバカなことをつぶやいてしまう。

小次郎は苦笑いして大ちゃんの肩を抱いた。


「エンゲージのほうだよ、大くん。ボクは、とても・・・本気なんだ。キミはまだ15歳だから結婚できない。だから、婚約だけしておいて、16歳になったらボクと結婚してほしい。」


「・・・結婚・・・?ボク、男だよ、小次郎さん?」

大ちゃんは入院着の間から大きな胸を揺らしながら言った。



「キミは、もう男の子に戻ることはないんじゃないかと思うんだ。」

「ええっ?!」

「もう3日も、キミは女の子のまま・・・。すべてボクのせいなんだよ、きっと。」

「どうして・・・そんな・・・!」

「ボクがキミにケガをさせた日から、全てが狂ってしまったんじゃないのかい?女の子になったり・・・。

瞬のことも、ボクがパーティーに連れてこなければあんな怖い目には合わなくて済んだんだ・・・。

大くん、どうか、ボクに責任を取らせてくれ!」

小次郎は深く頭を下げた。


「やっ・・・やめてください、小次郎さん!小次郎さんの責任でもないし、そのために結婚だなんてありえないですよ!ボク、とても良くしてもらって感謝しているくらいなんですから!」

「大くん、どうかイエスと言って欲しい。それに・・・キミは今から女の子として、どうやって生きていくつもりなの?」

「それは・・・わからないけど・・・でも、それで小次郎さんがボクと結婚なんてしなくていいです!」

「違うんだ!」


小次郎は大ちゃんの肩掴んだ手に力を込めた。顔が赤くなっている。

「違うんだよ、それは言い訳だ。ボクは、キミのことが好きなんだ」

「えっ・・・」

「キミが、瞬に連れて行かれた時、心臓が引きちぎられるかと思うほど苦しかった。自分の命を捧げても君を助けたいと思った。こんな気持ちは・・・初めてなんだ。大くん。」

しっかりと大ちゃんの視線を捉える小次郎。大ちゃんも目が離せない。

「今からキミにどんな事が起こっても、ボクなら守ってあげられると思う。いや、必ず守る。それに・・・瞬がキミにとても興味を持っている。あの子はきっとキミをあきらめないだろう。

ねえ、大くん。この世界には法律や常識が関係ない人々っていうのがいるんだよ。そんな人間に対抗できるのは、同じく法や常識が関係ない人間だけだ。それがボクや瞬なんだ。」


大ちゃんは、小次郎が言っていることはよく分からなかったが、小次郎に守ってもらわなければいろんな意味で生きていけないらしい、ということは分かった。

(でも・・・ボクのことで小次郎さんの人生を変えていいんだろうか・・・。)


小次郎は大ちゃんの迷いを察して、たまらず抱きしめた。

「大くん、迷わないで。ボクがキミのことを愛している、ということだけ考えてほしい。・・・今日は急だったから考えられないかもしれない。明日、ボクがここに来たとき、良い返事だけ聞かせてほしい・・・!」


小次郎はキスするかと思うほど顔を近づけて、おでこを合わせた。

皮膚が触れ合う、暖かい体温。優しい温度。


(小次郎さんは・・・・本当にボクのことを・・・)


小次郎はそっと病室を出ていった。




小次郎が出ていってからほどなくして、美紀がお見舞いにやって来た。

「この階は完全立ち入り禁止の面会謝絶だけどね、アタシなら大丈夫!」

美しい顔でウィンクする美紀。

(法も常識も関係ない人ってこういうことかぁ・・・)

大ちゃんは何だか納得するのであった。


「弟が、瞬がゴメンナサイ。本当に・・・。」

美紀は深々と大ちゃんに頭を下げる。

「もう・・・いいんです!ボク大丈夫でしたから・・・!」

生まれてこの方人様に怒ったことがない大ちゃん。


「あの子は、とても可愛い顔をしているからそうは見えないんだけど、かなり危ない性格で・・・。頭がものすごくいいから何考えてるか分からないっていうか・・・。」

大ちゃんは はは、と力なく笑う。(本当に変わった人だった・・・。)


「でね、あなたのこともの凄く気に入ってるみたいなのよ。小次郎にすごーーーく釘を刺されたのにね、あきらめないって言い張ってて。私も出来ることはやるけれど、ホントにあの子は・・・。」

「だ、大丈夫ですよ、きっと!ボクのことなんてすぐに飽きるか忘れるかしますって!」

「そうかしら。」

美紀はいきなり強い口調で言った。


「ねえ、あなたはどうして今女の子になってるの?」

「あっ・・・!」


肝心なことを忘れていた大ちゃん。美紀は大ちゃんが男の子だった時しか知らなかったのだ。



それからしばらく大ちゃんは美紀から質問攻めにあい、(答えは全て”分からない”だったが)、ぐったりと疲れてしまった。

要約すると美紀の言いたいことは一つ、「小次郎に近づかないで」と言うことらしい。

それ以外のことでは、金に糸目を付けず協力するつもりらしいが。


「小次郎は私の全てなの。」美紀はそう言い残して病室を出ていった。


普通なら同じ土俵に立つこともない美紀と大ちゃんだが、美紀は完全にライバル視している。


「結婚・・・できるわけないよなぁ・・・。ボクはそもそも男だし。小次郎さんには美紀さんみたいな人の方がふさわしいだろうし。だいたい、結婚した後男に戻ったらどうするんだろう・・・。」

大ちゃんは考えた。


「よし、病院を抜け出そう!ここにいたらダメな気がする!」

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