第100話 黒い影
リーフがやっとの思いで、口だけでブルーの胸から金の笛を取ったときには、立っていられない状態になっていた。
ブルーは、まだ許すつもりなどなかったが、心配で見に来たバニイに止められた。
「ブルー様、このようなか弱き女の子相手に・・・、お戯れが過ぎます。」
バニイはリーフを支えて馬小屋へ連れて行った。
「ふん・・・。あの小娘、どこまでいやらしいのかしら。馬番だけでなく王まで誘惑するなんて・・!」
窓から見ていたエリーは鼻白む。だが、それほど怒りの感情はなかった。
王が身分の低い娘に手を出したところで、所詮遊びでしかない。
どうせボロくずのようにされて捨てられるだけなのだ。
それに、自分ならば、あんなお金で買われてきたような、小さくてさえない娘、どうとでもできる。
なんなら今すぐ八つ裂きにしてやってもいい・・・。
ズキッ・・・
「頭が痛い・・・いつもの頭痛ね、忌々しい・・・!
だれか!お茶を持って来ておくれ!」
エリーのかすれた声が廊下に響くと、控えていた背の高い侍女が大急ぎで”エリー姫専用”のお茶を持ってきた。
色はピンクだが、匂いは腐った沼の水のようなお茶を。
もう、この匂いにも味にもなれた、と思うエリー。
子供のころは、母女王に無理矢理飲まされるのが苦痛で苦痛で仕方なかったが、やがて母との接点が、自分専用の食事とお茶だけしかないことに気付くと、自ら進んで口にするようになった。
エリーがおとなしく食べていればリンゼイ王妃は機嫌が良かった。他にどんな愚行をしたとしても。
常に体調も機嫌も悪い自分のために、母は手間とお金をかけて薬草を集めてくれていると、エリーは信じていた。
自分が醜い顔で太っていることは知っている。さっきまで小さな女を弄んでいた美しいブルー王が、自分を愛するわけがないということも。
ブルー王が人質として、ツバサの国に来ていた時、彼だけはいつもエリーに対して公平かつ優しく接してくれた。
嬉しかったが、それはブルーの性格と立場から来る態度であり、愛しているからではないことは分かっている。
だが、構わない。自分が彼を欲しいと思い、手に入れられる立場にあるのだから、何の問題もないのだ。
それに、ブルーと結婚すればこの白い城に住み、エリーを忌み嫌う二人の姉と会わなくて済むというのも好都合だった。
エリーはお茶のおかげで少しマシになってきた体を窓辺に寄りかからせる。
その時、何かがおかしいことに気付いた。
「なに?」
しばらくわからなかったが・・・
「やけに静かね・・・」
いつもはエリー姫のご機嫌を取るべく、周りを絶えずうろうろしている者がいるのに、今はだれ一人いない。気配も感じない。
「だれか!誰かいないの?!」
立ち上がると足元に力が入らず、床に崩れ落ちた。そのまま体が動かない。
「さっきのお茶・・・か・・・」
そういえば、お茶を持ってきた侍女、あんな背の高い女、侍女の中にいなかったではないか。
薄れゆく意識の中、エリー姫は黒い影を見た。
一方リーフは、馬小屋の二階のベッドに沈み込んでいた。
「だからブルーさんと会うのは嫌だったんだよう・・・」
リーフが金の笛を口で取ろうとしている間、ブルーがリーフの体に何をしていたのか、とても説明できない・・・。ただ、ブルーは、リーフの両手をまとめて掴んでいた左手以外、右手も唇も自由だったのだ。
体中に跡が残ってしまった。特に噛まれた首筋は、その他にもブルーが付けた赤い跡が残って目立つ。
バニイは酷く心配してくれたが、なんとかリーフは笑顔を作ってごまかした・・・が、
「大丈夫です、なれてますから・・・」なんて言ってしまった・・・。
(な、慣れてますからじゃないだろーボクぅぅぅーーー!!!男の人に襲われるのに慣れてどうするんだよ~~~)
間抜けな回答をしてしまったと凹んでしまう。
「リィフゥ~、鍵、ゲットできたぁ~?」
明るい声でロックがドアをバンッと開けて入ってきた。開けたドアで顔をぶつけるのはお約束。
「あいたたっと。あ、鍵!もしかしてソレ?!」
ベッドの横に置いてあった金の笛を目ざとく見つける。
「おー!やったね!ん?リーフ、随分お疲れのご様子だけど?」
「・・・聞かないで・・・」
「ボクの計算によるとぉ!・・・って、まあいいか。それでは今夜、雪山に向けてしゅっぱーつ!」
「出発って?エリー姫はどうやって連れてくの?」
「ふふ~ん!」
ロックは馬小屋の入口にある大きな樽を指さした。
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