第82話 死者の唇
ブルーは言葉を飲み込むしかなかった。
ブルーのヒョウガの国が、ホシフルの国とツルギの国とに敵対する今、エリー姫のツバサの国から宣戦布告されるようなことがあれば、それはすなわちヒョウガの国の終わりを意味していた。
逆に、大国ツバサの国の支援は是が非でもほしい。
エリーはブルーの考えを見透かすように耳障りな高笑いをした。
そのころリーフは、ベイドとクルクルのためにお菓子を焼いていた。
その二人はリーフを残して、部屋の外に出てしまったが。
(まあいいか、どうせ暇だし。)
ベイドはリーフに、くれぐれも部屋から出ないようにと言い残す。
本日のお菓子は、カステラ。
ハチミツたっぷりである。
(これを焼いてたら、あの甘党の二人なら部屋に戻ってくるでしょう!)
リーフが混ぜた生地をツボに入れると、すぐにあま~い香りが辺りに広がった。
それは、ちょうどそばを通りかかった、エリー姫が連れてきた侍女にも気づかれていた。
侍女はそれをエリー姫に報告する。
姫は自分の家来を使って探らせた。
「このお城には、お菓子を焼くのが上手な者がいるようですね。」
その日の夕方には、エリーはブルーにそう言っていた。
「このお城の料理人でしたら、いずれは私の食事も作らせることになりましょう。楽しみですわ。
早速、その者をご紹介下さらないかしら。」
ブルーはお菓子と聞いた時点ですぐに、リーフのことだと気が付いた。
もちろんリーフを呼ぶわけにはいかないが、他の料理人を呼んだとしても、あのようなお菓子は作れず、エリーは死刑にしてしまうだろう。
エリーはブルーの、一瞬の迷いを見逃さなかった。
「ブルー様・・・。まさか、料理人以外でお菓子を作る者がこの城にいて、それがいわくつきの女、ということはありませんよね?」
「エリー姫、あなたは・・・?」
どこまで知っているのか、エリー姫は醜い顔を一層醜くゆがませてうすら笑いをした。
リーフは一人、部屋の中で待ちぼうけを喰らっていた。
焼きあがったカステラは美味しいのに、クルクルもベイドも帰ってこなかった。
ベイドは3年ぶりの城が嬉しくて場内をうろついているんだろうし、クルクルは好奇心旺盛だから城の隅々を探検しているんだろう。
「もう、ひとりで全部食べてやるっ!」
リーフが口にカステラを詰め込んだとき、パッとあたりが暗くなった。
ろうそくの火が消えたらしい。
窓があるとはいえ小さくて、ろうそくの光がなくてはほとんど見えない。上映前の映画館のようだ。
「え・・・暖炉も消えてる・・・。どうすればいいんだろう?」
リーフがオロオロして、寒さで身震いしていると、スウッと風が吹いてきた。生暖かい・・・
部屋の隅が不自然にボウッと光る。
その光は、人の形に変わった。
長い髪、青白い顔、悲し気な瞳・・・・
「幽霊・・・?!」恐ろしいが目が離せない。
「ああ・・・でもどこかで見たことがある・・・・あなたは・・・」
それは、ブルーの意識の中で見た、惨殺されたブルーの姉王女、カナシャだった。
カナシャはゆっくりとリーフに近づく。
血の通っていない手がリーフの頬に触れる。動くことも、叫ぶことも出来ない。
カナシャは、死んでもなお美しい顔でリーフを見て、動けない唇にキスをした。
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