リコ

 トルカのバストアップ。

 ガララのバストアップ。

 引いたカメラで二人が向かい合う絵を撮って、引いて、止める。

 そして始まるEDテーマ。

 そんなシーンに付き合わされたケイジは隅っこで大人しく揚げ出し豆腐を齧っていたが、何と言うか、そもそも仕事の方は終わっている以上、このドラマの役を貰って居ない自分がここがそもそも間違いの様な気がしてきたのでさっさと帰ることにした。

 常に蛍光灯が灯る地下街は空で昼夜を教えてくれない。朝も昼も夜も変化が無いので、呼び込みの声が止むことは無い。

 活気がある。と、言うよりも単純に煩い。

 ケイジはボリュームの下げ方が分からないBGMにウンザリしながらも、地上に向かって歩を進めていた。


「……」


 その歩みをとめた。

 目の前には三人の人間の男。別にケイジの前に立ち塞がっているわけでは無い。ケイジと同じ様に上から降りて来たモノに絡んでいる。一年前にトルカ達がケイジにやろうとして、失敗したことをこの三人組は成功したらしい。

 ケイジは成程、と軽く感心する様に頷いた。

 アレが成功するとこんな風に通行の邪魔になることが分かった。どうしようか? 考える。っーか、どんなんが絡まれてんだ? 好奇心。

 湧いて来たので、ひょい、と覗き込む。


「……わぁお」


 思わず口の端が引き攣り、漏れ出る感嘆の声。

 リコが居た。

 見た目に騙された三人組はケイジがこなければ灰になっていただろう。んー、と困った様に笑いながら『そろそろ良いかな?』とリコは腰の粘性燃料スライムオイルのグレネードに手を伸ばしていた。地下だろうと特に躊躇をすることが無いのが開拓者としての彼女の美徳だ。美徳って何だっけ?


「あ、ケイジくん!」


 そんなことを考えて居たら、リコもケイジを見つけたらしい。

 グレネードから手が離れる。お姫様は暴力に手を染める気を無くしたらしい。「……」。マジかよ。そんな言葉を零す代わりに、頭をガリガリ掻くケイジに三人組が振り返る。異性を前に挙げていたテンションは生殖能力を向上させても生存能力を上げることは無いようでそいつ等はケイジに剣呑な視線を向けて来た。


「なんだ、テ――」


 ――メェ、邪魔する気か、おらぁ!


 多分、そんなありきたりなセリフだったのだろう。言い切る前にケイジの右拳がその鼻を潰して、身体を吹き飛ばした。

 タイルに顔面で急ブレーキを掛けながら、噴き出る鼻血で床に赤いラインを引いて止まる。

 落ちる沈黙。仲間がキャンパスに迷いのない赤い一本線を引いてるのを見届けたチンピラ二人はゆっくりと振り返り、ケイジを見た。


「よっ、よぉ、ケイジくんじゃん、ひっ、久しぶり~」


 リーダー格と思われる優男が馴れ馴れしく声を掛けて来た。


「――誰だよテメェ」


 とっ、と駆け寄って来たリコを庇う様に――と、言うか盾にされてしまったので、前に出されたケイジが胡散臭そうに優男を睨む。


「い、いやだな、同じシェルターから攫われて来た仲間じゃないか……」

「あぁチームの連中か」

「チーム?」


 ってなぁに? と袖が引かれる。


「同じシェルターで何かやたらと俺に絡んで来た仲良し集団だ」


 ユリアだかマリアだか言うチーム名だった様な気もするが今一覚えていない。基本的にケイジに手を出してきた場合、酷い目に合わせて居たのであまり絡んでくることは無かった。それでも偶に度胸試しの様に絡んできてウザかった覚えがある。

 確か、一緒に奴隷商に捕まったのが何人か居たという記憶はあるが――


「ケイジくんとも仲良し?」

「……どうかな? どうだったかな? なぁ、おい、色男ロメオ。俺達は――どうだったかな・・・・・・・?」

「なっ、仲良しです!」

「ヤァ。そうかい。そんじゃ再会を祝して――財布置いてけ」

「え? は? 何で――」

「友達料だよ。払わねぇなら……ヤァ。悲しいが友情にヒビが入っちまう」


 因みに友情にヒビが入ると“そう”なるぜ? と数瞬の間に身ぐるみを剥がれた取り巻きAをSGの銃口で指してやる。財布は無い。服も無い。パンツすら奪われてピクピクしてる彼の横では男娼を扱う店のボーイと臓器販売に手をだしている病院のナースが殴り合っていた。

 どっちが勝っても悲惨だ。そうしている間に、漁夫の利を得る形で第三勢力が路地裏にAを引っ張り込んで行った。タイルに残った力強い赤のラインだけが彼の生きた証となった。


「ほれ、友情パワー」


 手を出しながらケイジが言えば。


「ゆ、友情、ぱわぁー」


 その手の上に財布が二つ乗せられた。








「んで、こんなとこで何してんだよ、テメェ?」


 通行証のTシャツまで着込んで、とリコに言えば。


「お揃いだよ、ケイジくん」


 恋人に間違われたらどうする? どうしちゃう? 何やら楽しそうに返された。「……」。ケイジは無言で電子タバコの電源を入れると、詰まらなさそうに、ぶふぁー、と煙を吐いた。


「……」


 頬を膨らませたリコに、頬を抓られた。ご機嫌がよろしくないらしい。


「ンで?」

「若者に話題のアクセサリーショップがここにあるの」

「……何で若者に話題のアクセサリーショップがこんな場所にあるんだよ」

「場所代が安いんだって、あと、その人、ちょっと変わり者だから……」

「ヘェ?」


 そうかい。そんじゃ買い物を楽しんでくれ。ケイジはそう言って立ち去ろうとした。うでが捕まれる。気が付かないふりをしようとした。掴まれた腕に抱き着かれる。「……」。こうなると気が付かないふりは無理だ。


「一緒に行こうよ、ケイジくん」

「テメェとアンナの買い物は無駄になげぇから嫌だね」


 旧ジャック時代、ケイジとガララはそれはそれは酷い目にあったのだ。買い物で一日潰れるとかアホでしかない。そしてソレを『当たり前』と思って居る女性陣もアホだが、『当たり前』と認識してない癖に付き合えるロイは真性のアホだと思って居る。


「ごはん奢ってあげるから行こう!」

「……何でそこまですんだよ?」

「プレゼント用だからケイジくんの意見も聞きたいのデス」

「え? 何、男に送んの?」


 それならちょっと面白い。

 ゼン? もしかしてゼン? とケイジがニヤニヤすると、リコのほっぺがまた膨らんだ。


「ケイジくん」

「……何だよ?」

「そこは嫉妬するべきだと思う」

「……恋人でもねぇ相手に好きな男が出来て嫉妬するのはちぃと難易度がたけぇな」

「それでも嫉妬してくれると……わたしは嬉しいよ?」

「……」


 身体を摺り寄せて甘える様に。

 何と言うか――。

 リコは自分がどう見えているのかを理解していない様に振る舞いながら、異性であることを強調して来るから性質が悪い。


「……ンで、誰に送るんだよ?」

「ついて来てくれるの?」

「……飯は驕れよ」


 食べたのが豆腐と卵焼きだけだったから腹が減っている。それにただ飯は美味い。だから行くことにした。それだけだ。






 送る相手は思ったよりも面白く無かった。


「ディスカードが結成してだいたい一年だからね、そのお祝いに何かプレゼントしようと思ったの」


 と、言うリコに連れられて地下街の更に裏。壁を引っぺがして掘って拡張された場所にケイジは連れてこられた。

 朝も夜も無く蛍光灯の白い光に照らされる地下街。そこから漏れた光とぼやけたランタンで照らされるこの場所は朝も夜も無く、常に薄暗い。

 そこに店を構えているアクセサリー商はフードを被って今一種族が分からない。「いらっしゃい」と言った言葉もイントネーションがおかしい。恐らくは敵性亜人レッドデミ。体格とかすれた様な声から多分、ゴブリン。以前、オークの錬金術師アルケミストと言う変わり者からレシピを買ったことがあるからケイジは何となく気が付いたが、そう言う例を知らないリコは気が付いた様子もなく、楽しそうにアクセサリーを物色している。


「……」


 じっ、とケイジが見つめると、店主は視線を返してきた。深く被ったフードからは暗闇しか見えない。その暗闇の中から笑う気配。友好的ですよ。そんなメッセージ。


「……俺はロイとゼン用のをみりゃ良いのか?」


 面倒になったので気が付かなかったことにした。喧嘩を売ってこないなら別に良い。


「ううん。その二人の分はもう買ってあるからだいじょぶだよ」

「そうなん?」

「そうなん。だいたいロイくんにアクセサリー送ったら大変じゃん」

「……あぁ。うん。まぁ……そうだな」


 ちょっと考えて、思い当たるふしがあったので、成程、と思った。

 あのイケジカが異性からのアクセサリーをうっかり付けたら次の日には枝肉になって居るかもしれない。


「だからロイくんには角磨くワックス。それでゼンくんにアクセサリー渡しちゃうと……」

「本命っぽいな」

「そ。だから同じように杖を磨く用のワックスにしたんだよ。だからここで買うのは、アンナちゃんとヒナタちゃん、それとポラリスくんの分」

「ポラリス?」

「小熊のポラリスくん」

「……」


 レサトと共にジュースを飲んでいる所を見掛ける熊の自動戦車オートタンクはそう言う名前らしい。ケイジとガララはずっと熊プーと呼んでいた。レサトが教えてくれないのだから仕方ない。


「ケイジくん、ケイジくん、これはどう?」

「……」


 立地の薄暗さで良く分からない。あと、ケイジの経験上、こういう時は肯定以外の答えは求められていない。


「ヤァ、似合ってるぜ。ワイルドな意匠がテメェにぴったりだ」


 そんな訳でケイジは適当に肯定の言葉を吐き出した。

 正直に言うと、黒い髑髏ブラックスカルはどうかと思う。


「わたしじゃなくて、アンナちゃん達」

「……あぁ、そうだったな」


 小熊になら兎も角、アンナとヒナタの女の子女の子組にソレは無い。ケイジは今更ながらリコがどうして自分をここに引っ張って来たかを理解した。自覚があるだけまだマシだ。自覚が無くてセンスの悪い従妹のことを思い出した。少しだけ涙が出た。


「あの二人、魔女種だろ? 月の女神象ったモンなんかが良いんじゃね?」

「そうなると……この辺?」

「へぇぃ、リコちゃん。俺もブラックメタルは大好きだ。かっけーよな。でも女の子はその辺を選ばねぇ」

「えぇー……まるでわたしのセンスが男の子よりだと言われているようなきがするのデスガ?」

「そう言っているのデスガ?」


 と、言うかこの店、向かって右にメンズ、左にレディースと言う配置にしてるのにどうして君は右から動かないんですかね?

 そんなやり取りを繰り返し、適当にシルバーのアクセサリーを三つ選んだ。

 リコがその三つ……と、先程ケイジが適当に褒めた黒い髑髏ブラックスカルのリングを買おうとして――


「待て。何でソレを買うんだよ?」

「え? だって――」


 右を見る、左を見る。多少の人がいる。それらに聞かれるのを嫌ったリコがケイジに耳打ちをする。


 ――ケイジくんが似合うって言ってくれたから。


 そんなことを言った。照れ臭そうに言った。


「……」


 俺は死ぬべきじゃねぇかな? 割とケイジは真剣にそんなことを考えた。何と言うかクソ野郎ではないだろうか?

 あー、と呻きにも似た声を吐き出して天井を見上げた。暗い。土がむき出しと言うわけでは無く、一応補修はされていることが今更ながら分かった。いや、どうでも良いわ。


「……リコ」

「ん? 何?」

「ちょっと真剣に選ばせて下さい」


 そしてソレをプレゼントさせて下さい。お願いします。


「……ケイジくんがプレゼントしてくれるってこと?」

「るってこと」


 頷くケイジ。えへへー、と恥ずかしそうリコが笑って、ケイジの前に立つ。


「それじゃ、よろしくお願いします、ケイジくん」

「ケー。なけなしのセンスを絞りつくしてテメェに似合うとびっきりを選ばせて貰うぜ、お姫様ジュリエッタ


 ケイジはこの日、リコにシルバーのネックレスをプレゼントした。

 代金を払う時、カツアゲした財布から出そうとして、ソレは違う気がしたので、自分の財布から出した。

 リコはそのネックレスを嬉しそうに付けた。

 リコはディスカードのメンバーに日頃の感謝としてプレゼントを贈った。

 そしてリコは――


 ――その一週間後にヴァッヘンから姿を消した。







あとがき

コメントくれた方々、すいません。

ちょっと眠すぎるので明日起きたらコメント返しにさせて下さいませ。

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