暴落

 補修された金網フェンスがヴァッヘン東区、ブラック・バック・ストリートへの入り口だ。

 同じ街の中である以上、別にパスポートが居るわけでも無ければ、明確な門番が居るわけでもなかったが、そのフェンスを境目に空気は確かに変わっていた。

 危ない空気、と言う奴だ。

 一般人は先ず近づかないし、表側のギルドに所属する連中も用が無ければ近づかない。

 そして観光客は何故か近寄る。

 旅先の開放的な気分がそうさせるのだろうか? 幾分か緩くなった頭と危機感は『ちょい悪な俺(私)』を演出する為なのか、明らかに危ないその境界にふらふらと近寄ってしまう。

 世界は既に終わっている。

 荒廃した世界、本来なら生きるだけでも精一杯だ。そんな中、観光が出来る様な奴等はカモだ。それ以外の何でもない。

 当然――食われる……と、言う訳でもない。


「おねぇさん、Tシャツ要らない? 一枚で銅貨三十枚、二枚買うなら五十枚で良いよ?」


 金網にハンガーを引っかけ、アーティスティックなデザインのTシャツを扱うドワーフが笑顔で観光客に商品を進めるのを横目に、ケイジは勝手に商品のTシャツを手に取り、サイズを確かめていた。

 食われるとは言っても、それはここよりも奥に入った場合だ。以前はここらで獲物を狙って居た一団も居るには居たが、開拓局が狩ってしまった。

 そうして代わりに集まって来たのが、シルバーのアクセサリーや、こういった防具鍛冶師アーマースミス付与エンチャントの練習で造ったTシャツ等を扱う露店だ。


「いやいやダサくないって! この街では流行って――っのビッチが! 一昨日きやがれ!」


 売れなかった様だ。ドワーフの叫び声に見送られ観光客が離れて行った。


「景気が良さそうだな」


 羨ましいぜ? と言いながら『貧乳派』『巨乳派』と書かれた白いTシャツを投げて渡す。観光客の相手をしていたドワーフはヒマワリを象ったサングラスをして髪をピンクに染めていた。

 ゴキゲンな奴と取るか、やべー奴と取るかは個人の主観に任せるが、間違いなく頭のネジは緩んでいるだろう。


「何処を見たらそう見えるんだ!」

「ヤァ、吠えるじゃねぇか? 訂正するぜ。景気は良くねぇ見てぇだが、機嫌は良さそうだ」

「何でおれがデザインしたTシャツは売れんのだっ!」

「だせぇからだろ?」

「お前は良く買っていくじゃないかっ!」

「だせぇからな」


 こう言うの好きなんだ、俺。と、ケイジ。


「……時代が追い付いていないと言うことか……!」

「知らねぇよ。……ヘイ、もう良いだろ? さっさと会計してくれや」


 ほれ、と銀貨一枚手渡すと、ピンクドワーフが巾着とコインカウントで数えて銅貨五十枚を手渡してきた。こう言う時、硬貨経済は中々に面倒くさい。ピンクドワーフも同じ気持ちだったのだろう。


「……釣りは要らんとか言えねーの?」

「そう言うのは景気の良い奴等に期待してくれや」

「良いだろ、景気?」


 訊いているぞ、水中工作員フロッグマン


「……だったら良かったんだがな」


 それを受けて、ケイジは大きなため息を吐き出した。本気でウンザリしているのが伝わったのだろう。


「……え? まさかお前、選ばれなかったの? ……わー……何かごめんな? ほら、ミサンガやるから元気出せって!」


 ピンクドワーフが銅貨三枚で売ってるミサンガをくれた。「……」。白と黒で編まれたソレをケイジが受け取り、ポケットに入れる。ちゃんと入れてから言う。


「いや、選ばれた」


 ゆるゆると首を振りながら言う。


「ミサンガ返せ!」


 おれの優しさを返せ! と吠えるピンクドワーフに、ケイジが「嫌だね」と言いながら適当にミサンガを四――いや、五本選んで銅貨を手渡す。


「選ばれたからこう言う無駄遣いは出来るんだけどな……」

「? そんじゃ、どうしたんだよ?」


 まいどー、と受け取りながらピンクドワーフ。


「……お友達に水陸両用のAR買おうとしてる奴がいたらよ、暫く待つことを進めてみな」


 きっと後でエールの一杯くらいなら奢ってくれるぜ?






「話し合いの前にコレ、適当に選んでくれ」


 アリアーヌの酒場にある貸し出し地図をテーブルの上に広げた後、ケイジがそう言って五本のミサンガを並べた。そうするとレサトが机に乗り上げ、両鋏と尻尾を掲げて、くるんと回して見せた。五本、つまりは自分の分もあることが嬉しかったのだろう。

 そんなメカサソリに優しいお兄さんガララとロイお姉さんリコとアンナは一番最初に選ばせてあげることにしたらしい。誰も選ばないのでそわそわしだしたレサトにアンナが代表して「レサト、どれが良いの?」と訊いた。レサトのテンションはマックスだ。特に意味は無いが、鋏が上下に動かされる。


「んで、ソレにすんの? 黒じゃねぇか。テメェのボディと同じ色で目立たねぇけど、良いの?」

「ケイジ、レサトは隠密をやることが多いから」

「あぁ、成程。職業意識が高くて素敵だぜ、レサト?」


 同じ隠密担当がオレンジ主体の選んでるのを見ると、特にそう思う。

 他のメンバーが自分の手や足に付けている中、レサトが手の空いているケイジに向けて右の鋏を向けて来た。「……」。まぁ、つけろ! と言う意味なのだろう。仕方がないので付けてやった。付けてやったらアンナに見せびらかしに行った。

 因みにリコとアンナは利き手に、ロイは反対の手に、そしてガララは利き足に付けてズボンの中に隠していた。


「はい、皆さんに心優しいパーティリーダーからの贈り物が行き渡った所で、悲しいお知らせです」


 一息。


「(水陸両用ARが暴落した)」

「? なんで小声なのよ?」

「まだオープンになってねぇ情報だからだよ」


 勘の良い――って言うかある程度、道理を知ってりゃ予想は出来る展開だが、一応な、とアンナに肩を竦めながらケイジ。

 フロッグマンの都市を一つ落とした結果、品薄で研究が進められていた水陸両用ARが大量に手に入った。数が少なくて希少価値があったから高く売れた物が大量に見つかってしまえばどうなるかは明らかだ。


「正直、パッチェ近辺の旨味は一気に抜けた。引き続きストライダー狙っても稼ぎには成るが……ヤァ。正直、あんまり美味くねぇ」


 フロッグマンの値段も下がってるしな、とケイジが言えば、ロイとガララが嫌そうな顔をした。打ち上げで出た料理の数々を思い出したのだろう。

 亜人食に抵抗が有ったアンナが「もう気にしないことにしたわ……」と死んだ眼で食べだす程度にはフロッグマン祭りだった。死体が大量に出たのだから当然と言えば、当然だがあの打ち上げの食事には亜人食に抵抗が無いケイジですら、文句を言いたくなった。

 沼一面に白い腹を見せて浮かぶフロッグマンを見た後でフロッグマンのレッグを齧れるのは、リコ位のものだ。

 からあげは美味しかったが、何だか悲しい味がした。


「ケイジくん、開拓局からクエスト出てたけど、それはどうかな?」

「再度攻められる可能性も高いからな、もっと上の連中で固めてる。日給制で払いも良いが、俺等はお呼びじゃねぇってよ」


 ジュリオクラスの仕事だ。ケイジ達はお呼びでは無い。


「……それで、結局次は何処に行くんですかい?」


 ロイが駒を手渡しながら言う。「あー……そうだな」、ケイジが言い淀みながら地図の上に駒を置く。等高線が無い真っ平な場所だった。今まで行ったことがある都市だとパッチェが近いが、そこからでも山を越えるので、結構な時間が掛かる。

 そこは人を真似た暴走機械たちの土地だ。

 そこは中級に位置する開拓者の稼ぎ場だ。

 そこは街の名ではなく、土地の名で呼ばれる。


「――錆ヶ原」


 ガララが読み上げたのが、その土地の名前だ。


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