Blessing
厄介事
結局は“差”が大切なのだ。
剛速球の後のスローボールがスラッガーを殺す様に、甘い物を食べた後に辛い物を食べると舌が強烈なダメージを受ける様に。
絶対値ではなく相対値こそが大切なのだ。
何が言いたいかと言うと、小雨でしっとりした後の熱いシャワーは最高で、硬ったい車の座席と比べると安宿のベットは十分に素敵だと言うことだ。
更にその二つが合わされば最強だ。
微睡みの中、ケイジはそんなことを思った。
運良くフロッグマンの水中銃取引現場を引き当てたまでは良かったが、うっかり二ダースものブツを手に入れてしまったのがケチの付き始めだったのだろう。
最近、出回る量が多くなってきて水中銃の相場に動きが出て来た所に、時限性の宝の山だ。値崩れする前にこれらを金に代えたくなるのが人情と言うモノで、強行軍の決行が可決されてしまった。
パッチェからヴァッヘンまで、車で三日。
ヴァッヘンからフェーブも、やはり車で三日。
そして止めに、フェーブからヴァッヘンに戻るのにも車で三日だ。
うっかり宝の山を手にしてしまったばかりに、ケイジ達は都合、九日程を車で過ごす羽目になったのだ。
道中で何回か戦闘も有ったが、正直ケイジには『ケツが痛ぇ』以外の思い出は無い。運転席も座り心地は良くないし、鉄板に薄い大ネズミの皮を引いただけの後部キャビンの座り心地だってお察しだ。そして止めに最後のターンで銃座を担当してみればシトシトと小雨が降ってくる始末だ。
寝る。
絶対に寝る。眼球が溶けるまで寝る。寝すぎて、逆に眠くなるまで寝る。
ケイジだけではない。ハンドルを握っていたロイも。ロイが寝ない様に助手席で話し相手になっていたガララも、一応は休憩と言うことで後部キャビンに転がって居たリコとアンナも――つまりはレサト以外のパーティメンバーの心はその日、一つになって居た。
その証拠に、結構な稼ぎを叩き出したにも関わらず、誰も打ち上げの話を持ち出すことなく、適当に各人で食料を用意して宿に行こうと言うことに成った。
「――。――ジ」
そう。疲れ切ったケイジは泥の様に眠っていた。
「ケイジ」
だと言うのに誰かが名前を呼んでいる。そのことを、名前を呼ばれていると言うことを認識したから目が覚めた。
「……」
枕元から電子音が聞こえる。半分だけ開いた視界は、布団をかぶって不機嫌そうに伸ばした尻尾で床を叩く赤錆色のリザードマン、ガララの後ろ姿を捉えた。どうやら声の主はガララらしい。それを証明する様に。「五月蠅いから早く切って」と、苦情が来た。最もだ。ゴツイ腕時計の側面ボタンを押して黙らせる。
「……」
野良犬の様な鋭い眼に眠気を滲ませながら、ケイジが時間を確認する。午前九時。さて、どうしてこんな時間に自分はアラームをセットしたのだろう? 全く記憶にないケイジは軽く小首を傾げてみた。
答えは出ない。出ないので、枕元に時計を放り投げると、再び布団の中に手を戻して目を瞑った。
――と、ガララとは反対側のベットで動く気配がした。ロイも起きてしまったのだろう。どうやらトイレに行く様だ。行った。ドアが開いて閉じる音が聞こえて来た。戻ってきたら俺も行くかなぁ……。そんな思考。少し時間が出来たので、アラームのことを思い出そうと試みることにした。
記憶を辿る。
熱いシャワーで濡れた身体に熱を入れたことは覚えている。
シャワーの後に冷め切って油が固まった焼き鳥をコーラで流し込んだことも覚えている。
歯磨きをしなくては、と思ったことは覚えている。
歯磨きをしたかは覚えていない。
「……」
休暇は三日で、今日は一日目。
昨日の夜は遅かったし、疲れていたので休暇中の予定を立てる余裕も無く、誰かとの約束の為に早く起きたと言うことは無――
「あー……」
思い出した。
起き上がり、重低音を吐き出しながら腹をボリボリと掻く。
トイレから戻って来たロイが「おや結局起きるんですかい?」と言いながらベットに倒れ込み、二度寝の体勢を造った。相も変わらず角が邪魔なのか、うつ伏せ寝だ。
「……まぁな」
ベットに腰掛ける様にして、足を床に下ろす。視界に入って居なかったが、同じ部屋に居た鋼鉄のサソリ、
「今日暇な奴、きょーしゅ」
ガララが寝たまま、レサトが楽しそうに、それぞれ手と鋏を挙げる。ロイは挙げない。
「何だロイ。テメェ何か用事あんの?」
「デートですよ、デート。昨日、あれからバーで二人程引っ掛けやした」
「……そうかよ。疲れた身体に鞭打ってナンパたぁご苦労さんで」
半目で嫌味を言ってみれば、ひひひ、と引き攣った様な笑い声が返って来た。
人間種であるケイジにはさっぱり分からないが、ロイは同じ獣人からみるとイケメン――イケジカらしい。休暇の度にワンナイトラブと洒落込んでいる。
「死ね」「モゲロ」「剥製になれ」「ジビエのが良いよ」
先輩二人からの呪詛を受けて、ロイはまた、ひひひ、と笑った。所詮は負け犬共の遠吠えだ。勝ち鹿には大してダメージは無い。
「それで?」
何かあるの? とガララ。
「あー……俺の調整に付き合う気が有る人、きょーしゅ」
レサトが元気に両方の鋏を挙げた。ガララの手は――降りはしないが、下がった。
「ヘイ、ガララさんや。それどっち?」
「……昼夜」
眠そうな声でガララ。
つまりは報酬を寄越せと言うことだ。
「……夜だけだ。それと店は俺に決めさせてくれ」
溜息混じりにケイジが言えば「まぁ、仕方ないね。ガララは麺類が食べたいよ」と言う声が聞こえて来て、手が再び上がった。
「あたしも麺類が食べたい」
と、紅玉の右目と緑玉の左目を持つ魔女種のアンナが言って、付いて来ることになり――
「わたしはごはんモノが良い」
銀色の髪と褐色の肌のダークエルフのリコは『だから行かない』と両手で×を造ってみせた。
そんな訳でケイジの調整にはガララとアンナ、それとレサトが付き合うことに成った。
獲物はゴブリンだ。それも駆け出し御用達のヴルツェ街道に居る装備が貧弱なゴブリンだ。別にフルメンバーで挑む必要も無い。
気楽なものだ。
装備にしてみても、ヴルツェ街道に合わせた野戦服に、肘膝を守るレザーパッド。使い慣れた鉢がねに、新調したショットガン、Bラック社製ランナーシリーズのスプリンター50Mのアサルトカスタムと言う呪印の数と深度を考えれば、余程のトラブルでも無ければおつりが来る装備だ。
だからケイジは軽く考えていた。気楽に考えていた。
「見て来たよ」
音も無く草を掻き分け野戦服にマントを羽織ったガララが出て来た。その声は重い。つまりは――
「予想通りに人と人が争ってるね」
「……どっちか野盗?」
「微妙なライン」
トラブルが転がって居たと言うことだ。
ケイジは報告を聞いて露骨に嫌そうな顔をした。
「片方が野盗なら話は早かったのに、残念ね。……それで、どうするの?」
ローブを纏ったアンナが錫杖で、こん、と叩きながらの問い掛けてくる。そのダメージが大きかった訳では無いが、ケイジは蹲って「どうするかなー」と頭を抱えた。そんなケイジをレサトが突いているが、突かれても良い案は出てこない。
事の起こりは単純だ。連続する銃声による銃撃戦が行われて居た。それだけだ。
ヴルツェ街道に居る様なゴブリンは装備が良くない。偶にアサルトライフルを持って居る様なゴブリンも居るが、所詮は鹵獲品。弾が少なく、直ぐにどちらかの銃声は単発になるか消えてしまうのがヴルツェ街道における新人対ゴブリンの図式だ。
だから不審に思い、
「ケイジ。スルーしよう」
「……と、
「流石にこの状況なら『助けましょう!』とか言わないわよ。どっちもどっちって状況でしょ?」
「ヤァ。理解が早くて助かるぜ」
てっしゅー。気の抜けたケイジの声に合わせて厄介事から遠ざかる様に歩き出す。
そんな中、ガララがぽつりと言った。
「そう言えば、片方は組織の様だったよ。装備が共通で、部隊章が同じだった」
――『獅』の文字と花が描かれていたよ。
「……」
その言葉に、ケイジがピタリと止まる。そして拾った木の棒でガリガリと地面に絵を描き「花ってこんなん?」とガララに指し示した。ガララが「うん。ケイジの絵が下手で頷き難いけど……まぁ、そんなんだったよ」と言った。
「……」無言でケイジは大きく息を吸って空を見上げる。五秒くらい息を吐き出さない。そうして漸く息を吐き出す時に「わりぃ。ちょい、救援に行ってくる。先戻っててくれ」と呟いた。
あとがき
七月から二部開始だと言ったが……残念だったな、アレは嘘だッ!!
(訳・二部開始しました引き続きお付き合い頂けレバー)
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