火星に行ったエルフ

「リコ、ペッパー。大ネズミが巣でも造ってたら厄介だ。んで、ガララと俺が先行な。クリアリングが終わったらアンナと来てくれや」

保護ヴェール要らない? ガスとか軽減できるわよ?」

「あぁ、それも頼む。後リコ、テメェ銃持ってたよな?」

「? ガララが使わなくなったSMG貰ったから持ってるよ」

「わぁってるとは思うけどよ、室内ではソッチ使えよ」

「えー……」

「不満そうに頬を膨らませるんじゃねーよ」


 室内でキャンプファイヤーとか止めて欲しい。そんな訳で膨らんだ頬を握り潰すと、ぶにゃ、と変な音がした。「……」。あと、リコは結構肌が綺麗だと言うことが分かった。手触りが良い。


「――保護ヴェール」。力ある言葉がアンナの口から出る。ガララとケイジに言葉の意味が宿る。薄い魔力光は程無くして魔術師ウィザードではないケイジの眼には見えなくなった。それでも薄い膜の様なモノを感じることが出来た。

「言っとくけど、気休め程度よ。あんまり当てにはしないでね」

「ケー。リコ、頼む」

「はーい!」


 リコの背中の呪印から右腕の機械腕を通して胡椒煙幕ペッパーガスが噴出される。元は暴徒鎮圧用に造られたソレは空気よりも少しだけ重い。下の方に堪る傾向があるので、大ネズミやゴブリンと言った人よりも小柄な種族には通常以上の効果が期待できる。


「……ケイジ、そろそろ行く?」

「おぅ、そうするべ」


 五分待った。特に床下から悲鳴は聞こえてこなかったので、大ネズミなどは居なさそうだ。先ずはガララが入り、ケイジが続いた。「……」保護ヴェールの効果で多少は軽減されてはいるが、眼が痛い。鼻がムズムズする。口呼吸に切り替えると、変な『味』がする空気が入って来た。「ガララ」早く行こうぜ。そんな気持ちを込めて名前を呼ぶと、ガララがサムズアップで返してきた。人間種であるケイジよりも敏感なのだろう。声を出すのも嫌らしい。フードを被り襟元を締めて顔を隠す盗賊スタイルでもペッパーは防げないらしい。


「……」


 それでもガララは腰をかがめ、床に手を触れて足跡を読む。ケイジも真似してみたが、さっぱり分からない。こう言うのは狩人ハンターの技能じゃねぇのか? そんなことを思うケイジの前でガララはしっかり仕事をこなし、ある場所で止まり、頭上を押し出した。

 ずっ、とズレる音。風の流れが少し変わった様に感じたのはケイジの錯覚だろうか? 天井――と言うか床板がズレて明かりが入り込んだ。

 こういう時、頭の上の方に目があるリザードマンは確認がしやすいのだろう。少しだけずらした床板から周囲を見渡すガララから『行ける』というハンドサインが返って来た。


「……」


 ならこの先はケイジの仕事だ。首を左右に揺らして、ごきん、と鳴らす。SGを両手で抱える様にして持ち、一気に駆け出す。「――強襲アングリフ」。声音は小さく。それでも意識を集中した背中の呪印は熱を持つ。跳ね上げた身体能力に恃んで背で床板を押し上げて飛び出す。壁を見る。近い壁を選ぶ。着地と同時に跳ねる様にしてその壁を背負う。そうしてから銃口を構え、周囲を見渡す。――視界に敵影無し。出たのは台所の様だ。


「クリア」

『ヤァ。ガララも上がるよ』


 返事を聞きながら前回ゴブの寝床になって居たのと同じ部屋を確認。

 ここの住人もゴブと同じ様に寝床にしていたらしい。マットレスが三つ並んでいた。幾つかのダッフルバッグが転がっており、枕元と思われる場所に煙草が詰まった灰皿と酒瓶が転がって居た。そして――


「……ガララ、俺が行く」

「うん。援護は任せて」


 小さな声でのやり取り。

 マットレスは二つが使用中だった。

 SGを置き、ゴブルガンを片手に、そっと近づく。耳が尖っている。肌は白い。エルフだろう。寝てんのか? そんなケイジの疑問は鼻が否定してくれた。腐敗臭。それでも一応……と首に触れた右手の指先で、ずるり、と肉がズレる感触が答えをくれた。


「死んでんな。トラップも無し」


 一応、こっちも、と反対側にあるモノの足をブーツの先で突いてみると、やはりぐずりとした感触が返って来た。ふぅ、とケイジが安堵の息を吐き出す。息を吐いたら息を吸う。死体と認識したせいだろうか? 先程よりもはっきりとした濃い匂いが鼻を刺激した。


「クリアだ」

「ケイジ、ガララはゾンビと言う変異生物の話を聞いたことがあるのだけれど……」


 コレは大丈夫? とガララ。


「ありゃ腐肉食いの寄生生物だ。食って、成り代わって動く。成り代わるからここまでグズグズにはなんねぇから安心しろ」


 吐きそうになるのをこらえている所に思い出したのはゾンビを解体した時の光景だった。つまりは余計に吐きそうになった。高タンパクで人工筋肉材料に使えるから結構良い値段で売れるのだが、出来れば見つけても持ち帰りたくない。


「残り一部屋頼んで良いか?」

「良いよ。ケイジはどうするの?」

「ちょい死体触る」


 死因が知りてぇ、とケイジが言えば、「ケーだよ。それじゃ、ガララはお宝探しをするね」。軽く肩を竦めてガララが残りの部屋の探索に向かう。

 住人の死体とその経過具合を確認したので、既に二人の警戒レベルは低い。待ち伏せはないだろう。あってもしたいが増える程度だ。


『リコ、アンナ。良いよ、来て』


 最後の部屋の確認を終えたガララが通信でリコとアンナを呼び出すのを聞きながら、ケイジは死体を見て行く。匂いが酷い。野戦服の襟を締めてガララの様に鼻と口を隠しながら、触っていく。


「……」


 銃創、無し。そもそも外傷無し。目の充血――あり。暗黒騎士の上位技能、毒ガス等の可能性も、少ない。死に方が綺麗すぎる。「……」では何だ? コイツ等は何で死んだ? ふと、枕元に散らばったゴミに目が行く。煙草、酒瓶、そして――ストローとビニール梱包された白い粉。何とは無しに死体の腕を見たらその粉が付着していた。

 腕に盛り、鼻で吸ったのだろう。

 そう言う楽しみ方をするモノには心当たりが有った。


「ケイジくん、どったの? この人達、どうかしたの?」

「どうしたもこうしたもねぇよ。火星に飛んだっきり帰ってこれなくなった皆様方だ」

「あぁ、ウチが扱ってるおクスリで宇宙飛行に飛び立った方々ね」

「宇宙じゃねぇよ、火星だ。火星。宇宙に行くのにこんな安っぽい粉で行けるか、ボケ」

「? 火星には行けるの?」

「幽体離脱すりゃ行けるのが火星だぞ? 楽なもんだ」

「知ってるわ! ジョン・カーターね!」

「……」


 アンナがリビングから声だけで割り込んで来た。自分の場合は亡き父のコレクションのお陰だが、アンナは良くあんな旧時代の映画を知っているものだ。


「ま、そう言う訳だ。ここに居るお二方は白いおクスリたっぷり食べて火星のお姫様プリンセスを救いに行った戦士ってわけだ」

「おぉぅ? ソレにウチのおクスリが使われるとは……」


 ご愛用ありがとうございます、とお辞儀をする暗黒騎士。


「……だったら良かったんだけどなぁ」


 封が開いていない包みを一つ手に取り、リコに投げて手渡す。「?」受け取ったリコは不思議相だ。小首を傾げると、フルフェイスの兜から午の尻尾の様に出された人房の銀の髪がさらりと流れた。「良く見てみろ」。ケイジがそう言うと、兜を外して足元に置き、ポケットライトで照らす。ロゴが無いことに気がついたのだろう。


「……ケイジくん。コレ、ウチで造った奴じゃないよ?」

「ヤァ、その通り。小麦粉だったら良いんだけどなぁ」


 見なかったことにしてぇ、と頭を抱えるケイジ。リコはそんなケイジを放置して、がしょがしょと鎧を鳴らしながら枕元の開封済みの袋に指先を突っ込み、粉を付けて、フンフン、と犬の様に嗅いだ。


「アウト。これでパンは造れないよ」

「……ヘイ、ヘイヘイヘイ。俺の服で指拭いてんじゃねぇよ」

「ほら、わたし鎧だし?」

「知らねぇよ。そこのマットレスで拭えや」

「きゃぁ、ケイジくん! リコ、死体怖いっ!」

「うるせぇよ。くせぇよ。一人称変わってんぞ。抱き着くんなら鎧外してからにしろ下さい」


 感触が硬くて何も面白くない、とケイジ。


「取り敢えずドッグタグ回収すんぞ。リコ、そっち頼む」

「おけまるー」


 開拓者の証であるドッグタグを持ち帰ればカーターズが何処の誰かくらいはわかるだろう。無作為に引きちぎろうとしたら。グズグズになった肉が捲れて嫌な感じになった。仕方がないのでタグを右手で、チェーンを左手で掴んで引きちぎった。


「はい、ケイジくん」

「……」


 リコにその辺の躊躇は無い。チェーンに柔らかくなった肉がこびり付いていてもお構いなしだ。ケイジはチェーンからタグを外し、自分が回収した分と合わせてポケットに捻じ込んだ。


「で、真剣な話どうしよっか、ケイジくん?」

「……この量、個人で扱えると思うか?」

「無理だね」

「だよなぁ。組織だよなぁ。……俺らが入ったことがバレたら――」

「消されるね」

「……ケー。素敵な意見を率直に言ってくれてありがとよ」


 あまりに素敵過ぎてケイジは泣きそうになった。






 取り急ぎでガララとケイジは大ネズミを三匹程撃ち殺し、持ち帰って来た。

 ゴブリン社会で、大ネズミは猟犬の様な役割を持って居るので、巡回中のゴブが良く連れている。そんな訳で十回中のゴブを強襲して、確保。ついでに飼い主の死体も持ち帰る。


「今の所、異常なしよ」


 出迎えたアンナの横にはクスリが詰まったダッフルバッグが四つ。今回、銃火器の回収は諦めた。カーターズは火星に旅立つ位なのでケイジ達よりも装備が良かったのだが、使えば足が付くし、かと言って足が付かない様に捌ける気がしなかったからだ。

 本当はクスリも置いて行きたい所だが、部屋にケイジ達の痕跡が残っている以上、問題を上に投げる必要があり、上に真剣に話を聞いて貰う為には証拠が必要だ。


「偽装工作の方は?」

「リコがクスリの封開けてばら撒いたわ。入りきらなかった分はちゃんとわかりやすい様に残してある」

「オーケイ。リコ、戻れ」


 代わりに俺が行く、と言いながら担いできたゴブの死体を玄関に転がす。これで開けっ放しにしておけばゴブが入って来てくれるだろう。

 そんなことを考えながら床下を潜り、寝室に二匹の大ネズミを運び込み、腹を掻っ捌く。心臓は止まっているが部屋を汚して血の匂いを撒くには十分だ。

 残った一匹は床下で捌き、入り口の床板を少し開けて匂いが出るようにしておく。

 痕跡を消すには上書きしてしまうのが一番楽で良い。

 こうしておけば大ネズミの血の匂いに誘われてゴブや大ネズミが集まり、クスリを見つけてパーティを開いてくれるだろう。多分。きっと。そうだと良いな。それがケイジの願望。


「……ケイジ、上手く行くと思う?」

「行かなきゃ俺らは仲良く前衛芸術の材料にでもされるんだろ? クソのついでにでも祈りながら上手く行くことを期待しようぜ」

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