第54話カワイイ俺のカワイイ危機感③

 パントリーへ下がり、お冷とお絞りを持って再びレナさんの元へ向かう。

 会話を交えながら受けたオーダーは、パンケーキプレートとコーヒーだった。


「では、少々お待ち下さい」頭を下げると、

「もう行っちゃうの?」不満げな声。


 来れなかった間の分を取り戻すかのように、レナさんの話題は次から次へと湯水のごとく湧いてくる。


 お得意様だし、聞いてあげたいのは山々だったが、お客様はレナさん一人ではない。

 このオーダーを受けるまでにも、随分と居座っている。


「レナさんのオーダーを告げにいかないと」

「まだいいわよ」

「別の方の料理も出来上がったようなので……。また、来ますから」


 丁度よく鳴り響いたキッチンからのベルの音。レナさんは恨めしそうに眉根を寄せ、


「……仕方ないわね」


 重々しい嘆息に「スミマセン」と苦笑を返し、もう一度軽く頭を下げてからパントリーへと向かった。


 女性は話し好きなモノだと理解はしている。そしてそれは、時にストレス解消の手段となっている事も。

 きっと、ここ最近は仕事に追われていたせいで、ガス抜きの場も取れなかったのだろう。


(……社会人って、大変そうだな)


 遠くはない自身の未来が重なり、レナさんに同情心が湧く。

 出来上がっていた料理は、拓さんの注文したパンケーキプレートだった。


 因みに拓さんはこの注文の前に、既にオムライスプレートを平らげている。細い身体をしているのに、よく入るもんだ。


「お待たせいたしました、パンケーキで」

「っせんぱい! きっぽうですー!」


 席に着くやいなや、興奮気味に見上げてきた時成に思わず半歩後ずさる。


「あぁーオレのパンケーキがぁー……!」悲しげに手を伸ばす拓さん。

「っ、スミマセン!」


 退いた分を進め机上にプレートを置く。時成は無視されたのが不満だったのか、ぶぅと唇を尖らせて「先輩せんぱいー!」と机をバシバシ叩いている。

 他のお客様に迷惑だ。俊哉もオロオロしてないで、止めろよ。


「やめなさい。で……なに?」


 よしきたとばかりに時成は目を輝かせ、


「先輩! どうやら先輩の地道でけなげーなアタックがジワジワと効いてきているというか」

「バッ、おま、もう少し声落とせっ」

「あ、すみませんついー」


 胸に手を当て「ふぅ」と息を吐き出す時成。次いで俊哉と拓さんに目配せをして、そっと声を落とし、


「カイさん、脈アリかもですよー」

「……は?」

「先日、『カーディガンふぁっさぁ事件』があったじゃないですかー」

「……借りたやつな」

「どうやら拓さんによるとー、カイさんがそーやって私物をお客様に渡すの、初めてみたいですよー」

「そ、なのか?」

「ハイ、拓さんどうぞー」


 時成はマイクを向ける記者のように、パンケーキを頬張っていた拓さんへと拳を向けた。気づいた拓さんはゴクリと咀嚼すると、「えー照れるなー」と首筋に手をあてはにかむ。

 ノリノリかよ。


「いやー、実を言うとそうなんですよねぇー。正確に言うと、ティッシュくらいなら渡してたコトあるんですけど、ああやってガッツリ"私物"を渡してくるのは初めてっていうかぁー」

「そのカーディガンの価値がティッシュと同列とは考えられませんかー?」

「それはないと思いますよー。だってアレ、お気に入りって言ってましたし。それを"あげる"なんてありえませんよ。まっ、結局手元に戻ってきたんですけど、そん時なんて『いいって言ったんですけど』とか言いながらも、嬉しそうにしてましたからねぇー」


 ニヤニヤと向けたられた視線。

 そう。俺は『好きに処分して』と言われたあのカーディガンを、カイさんに返却したのだ。勿論、きちんとクリーニングに出した。破損がないかも、入念にチェックした。


『ありがとうございました』


 俺が小袋を差し出すと、カイさんは首を傾げていた。戻ってくるなど、微塵も思っていなかったのだろう。


 不思議そうにしながらも受け取り、中身を確認したカイさんは、今思い出したというように顔を跳ね上げた。


『そんな、良かったのに』


 端正な顔に、困惑を強く滲ませていた。


『汚れはないと思いますけど、一度僕が使ってしまったモノなので……。後をどうするかは、カイさんにお任せします』


 肩を竦めた俺に向けられたのは、どこか淋しげな薄い笑顔。

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