第53話カワイイ俺のカワイイ危機感②
「ユウちゃんの"恋煩い"のお相手って、カイでしょ?」
「っ!?」
息を呑んだ俺の斜め下で、時成が目をパチクリさせる。
「拓さん、ご存知だったんですかー……」
「あ、ホントにビンゴ? 三割は冗談だったんだけど」
「っ、あいら!」
「やばっ、すみません先輩」
時成が慌てて両手で口を塞ぐも、『時既に遅し』だ。
即座に否定出来なかった俺も悪い。今のは、肯定したも同然だろう。
必死に巡る脳内。焦燥に、心臓がバクリバクリと騒ぎ立てる。
(知られてしまった)
もう店に来るな、と言われるのだろうか。顔が強張る。自分が狼狽しているのが、嫌でもわかる。
何も言えないまま見つめる先で、拓さんはふっと目元を緩めた。自然な仕草で、またメニュー表へと視線を移す。
「そんな顔しなくていいよ。別に、"お客様に惚れられるな"なんてルール、ウチの規約に明記されてないしね」
「!」
「じゃあ……」呟いた時成に、拓さんは迷いなく、
「今んとこ、カイからユウちゃんが"ルール違反"したって報告もないし。よってユウちゃんは変わらず、大事な"お客様"だよ」
軽く曲げた指でコツリとメニュー表のパンケーキを示し、「コレ、追加でよろしく」と笑顔を向けてくる拓さん。
呆然としながらもオーダー用紙を取り出し記入する。染み付いた条件反射の成せる技だ。
大丈夫、なのか。拓さんに知られてしまったけど、"店的"には問題ないと言う。いいのか。そうか。
拓さんが言うのなら、いいのだろう。
「……あの、カイさんには」
「言わないよ。オレは傍観主義者だからね」
差し出されたメニュー表を受け取る俺の顔は、疑念に満ちていたのだろう。
「信用ないなぁー」
苦笑した拓さんに、「いえ、そういうコトじゃ」と慌てて返す。
「けどまっ、オレが言わなくたって、カイが気づくかもだしね。実際、ユウちゃんの"好き好きオーラ"駄々漏れだし。それでオレも、もしかしてって思ったワケだし」
そうだったのか。というか。
「"好き好きオーラ"って……。そんなに、漏れでてます? カイさんに気づかれたくないんで、その、隠してたつもりなんですけど……」
声を潜め尋ねると、拓さんは目を丸くして、
「え、あれで? まぁ、カイも自分のコトになるとニブチンだからねぇ」
「……以前、吉野さんから"上手く避けてる"って聞いたんですけど……」
「ああ、やっぱり里織ちゃんも突っついてたんだ。そうそう、コト"お客様"がどう見てるかに対しては敏感だよ。ただそこに、あの子自身の"私情"が入ってくると、どうもそっちに気が取られちゃうみたいでねー。臆病なんだろうね、基本的に」
拓さんは薄く笑うと、ジンジャーエールが入るグラスのストローを指先で回す。
(臆病? カイさんが?)
俺の当惑などお構いなしに、近しい距離に踏み込んでくるのはいつだってカイさんで、俺の反応を楽しむように惑わすような顔を向けてくるのも、カイさんのお得意技だ。
これのどこを、臆病だというのか。
それとも俺は、大切な部分を見落としているのか。
「……ユウちゃん先輩」
控えめな時成の声に、はっと思考を切る。
「オーダー、キッチンに届けないとですー」
「あ……そうだな」
思わず"ユウ"ではない、"俺"の口調で応えてしまうも、気づかないまま頭を下げてキッチンへと向かった。
オーダーを告げ、デザート用のシルバーを用意するも心はすっかり上の空。
そんな俺を戒めるように、響いたベルの音。来店だ。出入り口側へと顔を跳ね上げた。
閉まる扉。ガラス越しに背にした茜空を反射して、濃い朱に染まるオレンジベージュの髪。丁寧なカールをつけた睫毛が縁取る目元を細め、真っ赤な唇で綺麗に弧を描く、タイトなワンピースを纏ったひとりの女性。
「レナさん」
「久しぶりね、ユウちゃん。会いたかったわ」
前回の来店は十日ほど前だったか。
確か、『暫く忙しくなるの』と残念そうに告げられた。言葉通り、それ以来姿を見ていない。
「お仕事、落ち着いたんですか?」
「ええ、なんとか。早く時間を作りたくて、少し無茶してしまったけど」
レナさんが疲れたような笑みをつくる。
「大丈夫ですか? やっと取れた時間なら、お家で寝てたほうが……」
「あら、ユウちゃんはアタシが来て迷惑だった?」
「まさか。お会いできて嬉しいですよ」
「アタシもよ。寝ているよりも、こうしてユウちゃんに会った方が、力になるの」
案内した席に腰掛け、胸元を強調するように机に両腕を乗せたレナさんは、「本当よ?」と俺を見上げる。
ああ、なんか大丈夫そうだな。
そう判断した俺は心配モードから接客モードに切り替え、「そう言ってもらえると、嬉しいです」と笑顔でメニュー表を渡した。
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