第51話カワイイ俺のカワイイ調査⑬

「ユウちゃん……」


 戸惑うような吉野さんの声。


(なにしてんだ、俺)


 時成と俊哉に寄りかかって、更には吉野さんにまで迷惑をかけている。

 どれだけ情けないんだと、奥歯を噛み締めた瞬間。


「もう! よくない! そーゆーの! よくないわよ!」


 突如両頬が掌に包まれ、グイッと力任せに顔を上げられた。「んう!?」と妙な声が出る。

 眼前にはちょっと怒ったような、吉野さんの顔。


「いーい!? 昔っから『当たって砕けろ』って言葉があるでしょ!? 本気なら、怖がってちゃダメ。断られたらその時は、縁がなかったってだけなんだから。気持ちにウソついて、押し込めて……そんなんじゃいつまで経っても、苦しいだけよ!」


「吉野さん……?」


「それに、あの子がこのまま気づかないって保証もないでしょ? そしたら、気持ちを告げる前に終わっちゃうのよ。そんなコトになったら、『あの時言っておけばよかったな』って、いつまでも前を見れないまま過去に縋り続けちゃう。まだまだ先に沢山の可能性があるのに、何も見えなくなっちゃうの。……そんなの、悲しいじゃない」


 辛そうに顔を歪める吉野さんの脳裏には、何が浮かんでいるのだろう。

 返す言葉が見つからず、当惑したままただ見つめ続けた。と、吉野さんはハッとしたように両手を放し「ヤダ! なんか熱くなっちゃった!」と空笑いして、


「ともかく、人生は一回きりよ! 悔いなくね!」

「……この流れはなんかもう、当たって砕ける前提ですね」

「骨は拾ってあげるわ!」


 ぐっと親指を立てる吉野さんは、いつもの明るい笑顔に戻っている。

 時成も、吉野さんも。きっと今まで、俺には想像がつかないような恋をしてきたのだろう。だから心配してくれるのだ。不器用な俺を、心から。


(ありがたいな……)


 もし、見えない糸とやらがあるのなら、こうして背を押してくれる人達との縁を繋いでくれたのは、この先に待つ結末へと辿り着く為に、"必要"だからなのだろうか。


(都合良すぎ、か)


 何考えてんだと心中で自嘲して、「よしっ!」とペチリと頬を叩いた。

 猪突猛進。いいじゃないか。


「弱気はダメ、ですね。腹くくって当たるタイミングを探します」


 ハッキリと宣言した俺に、吉野さんは安心したような顔で頷いた。


(……そうえば)


 ここまで親しい吉野さんなら、カイさんの恋愛対象くらい、知っているのでは。


「……吉野さん」


 上目遣い気味で小首を傾げた俺に、吉野さんは不思議そうに「なぁに?」と言う。


「吉野さんって、僕のコト応援してくれてるんですよね?」

「そうよー? どうしたの、改まって」

「僕って、女装してるけど別に女性になりたいワケじゃなくって、好きになるのも女性だけなんです。で、カイさんって、その、男装されているけど、女性じゃないですか。カイさんって、男性が好きなんですか? それとも……」


 距離があるとはいえ、ここには他のお客様もいる。

 何となく気が引けて核心部分を濁すも、吉野さんは意図に気づいてくれたようで、「あ、はいはい」と手を打った。


 やっぱり、知っているのか。


 姿勢を正し、真剣な面持ちで答えを待つ。吉野さんは俺を見て、ニコッと笑んだ。それから周囲を伺うようにキョロリと見渡し、俺の耳元へと身を屈めた。

 膨らむ期待に、ゴクリと喉が鳴る。が、


「そーゆー大事なコトは、本人にききなさい」

「! 味方じゃなかったんですか?」

「それとコレとは話しが別よー! しっかり苦労しなさい」


 意地悪く口角を上げ、吉野さんは小脇に抱えていたお盆にカイさんの使用した皿やらカップやらを乗せていく。

 ニヤニヤといった笑み。俺に姉はいないが、コレは完全に"弟の恋路を見守る"それだ。


 いや、見守るというより楽しんでいるといった所か。なんだか腑に落ちないが、これ以上食い下がった所で教えてはくれないだろう。

 俺は唇を尖らせ、「はーい」と不貞腐れた。吉野さんはやはり可笑しそうに笑う。


 やはり本人から訊き出すしかないようだ。

 それも、恋心は悟られないように、なんて、一体どうしたらいいのか。


 ハァ、と不安を吐き出して、冷め切った紅茶で喉を潤す。すっかりカラカラだったようで、冷め具合が丁度良い。

 シルバーを手にして、同じくすっかり冷めているであろうトーストにナイフを通した。


「ごゆっくり」


 俺の苦悩を察してか、机の半分を軽く拭いた吉野さんは、含み笑い混じりでそう告げた。片手に乗せたお盆をもう片手で支えて、背を向ける。


 が、突如何かを思い出したかのように、「っていうか」と振り向いた。俺も手を止め、吉野さんの言葉を待つ。


「ユウちゃんって、男の子だったのね」


 ……なんて今更。

 きょとりと言う吉野さんについ吹き出した俺は、微笑みながら「そうですよ」と肩をすくめるのだった。


「どんなに可愛くても、僕は"男"です」

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