第46話カワイイ俺のカワイイ調査⑧

「カーイさん」


 前のめりで机に肘を付き、両手の間に頬を乗せる。

 自然と上目遣いになるのは勿論計算づくで、こうしてカイさん相手に"意図的"をやるのは久しい。


「なんか、怒ってます?」


 コテリと小首を傾げるという"いかにも"な仕草。

 カイさんは一瞬瞠目したが、直ぐにふ、と表情を緩めた。


「ユウちゃんそう言われるのは、二回目だね」


 そうだっただろうか。

 逡巡していると、俺を真似てカイさんが机に左肘をつく。

 縮まる距離。それでも退くこと無く(内心必死に)そのままの体制を維持し続けていると、カイさんは片目を眇めて弱々しく笑い、


「……拓さんから奪還したと思ったら、今度は里織が懐いてるし。いつまでこうしてられるのかなって、不安にだってなるよ」


 言葉に茶化したような含みがあるのは、俺の"ワザと"に合わせているからだろう。

 わかっている。けど、本当にそれだけだろうか。滲む自嘲に、つい、悪戯心が顔を覗かせる。


「不安、だけですか?」

「え?」

「カイさんがご機嫌斜めなのは、その、"不安"だけです?」


 問い詰めるように畳み掛けるのは、別の言葉を引き出したいからだ。

 おそらく、カイさん自身も感じているだろうに、敢えて口にしない言葉。それは多分、"不安"よりも明確だからこそ、避けている。


 戸惑うカイさんにニコニコと笑みを向け続けていれば、俺の意図に気づいたのか、「……ユウちゃんは意地悪だね」と観念したように呟いて、カイさんはそっと視線を逸らした。


「……嫉妬、してるよ。オレだけ見てればいいのにって」


(あーもう本当かっこカワイイ……っ!!)


 照れながらも拗ねるように言うカイさんに、ビダンッ! と机を叩きたい衝動を必死に抑え、両手で顔をそっと覆った。


 別に、ドSだの束縛だのに興奮する性癖は持ち合わせていないが、こうして想い人からの執着には心ときめくのだから、本当に恋とは盲目である。


 冷静な部分が「愚か者」と罵倒してくるが、感情と理屈は別物だ。

 緩む頬を隠しながら、脳裏にしっかりと先程の表情を焼き付けた。


 この言葉だって、"サービス"の一貫なのだろう。わかっている。わかっては、いるけども。

 "自然"だと感じてしまうのは、恋に曇った俺の欲目なのだろうか。


「……ねぇ、カイさん」

「ん?」

「僕が、拓さんや里織さんと仲良くしてると、嫉妬するの?」

「……そうだね。こんなの、迷惑だって、わかってるんだけど」

「迷惑なんかじゃない。……全然、迷惑じゃない」


 心の底から竜巻のように緊張と興奮が湧き上がってくる。

 ドクンドクンと強く胸を打つ心臓は、そろそろ壊れてしまうのではないだろうか。

 握りしめた両手が熱い。


「……カイさん。僕は――」

「はーい、おふたりさん! お待たせいたしましたっ!」

「っ!」


 明るい声に、ビクリと顔を跳ね上げた。すっかり熱に浮かされて、吉野さんが向かってくる気配に気付けなかったようだ。


 不自然に切られた俺の言葉を気にしてか、額に手を当て「里織……」と深い溜息をついたカイさんに、吉野さんが「あら? なになに? お邪魔だったかしら」と言いながら紅茶とコーヒーを順に置く。


 当然のように置かれた大きめのミルクピッチャー。俺へと向き直り、吉野さんは「フッフッフ」と幼児向けアニメの悪役のように笑んだ。


「寄ってらっしゃい見てらっしゃい」

「いや、もう座ってるから……」

「なによ、雰囲気作りじゃない。さぁユウちゃんお待ちかね、こちらが当店の新メニューよ!」


 ババーン! という効果音付きで、中央に白いプレートが置かれた。


 卵色をした楕円形の大きいバケットがみっつ。扇状に並べられたそれらの表面はこんがりと香ばしく焼かれ、粉雪のように散らされた白糖と、艶やかに滴る黄金色のメープルシロップが食欲をそそる。


 右端にはブルーベリーにラズベリー、細かくカットされたイチゴが色鮮やかに盛られ、頂点には小ぶりのミントがちょこんと品よく乗っている。

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