163-1.古歌

 ロティの目が開いた。


 けれど、まだ目に光はない。虚ろで、どこを見ることもなくただ目を開いているだけのように思えた。


 だが、口だけはしっかりと開いたのだ。



【マスター承認。パスワードの入力を開始してください】



 さっきも聞こえた、ロティとも違う声。


 あれは、今のロティの声なのだろうか?



「ユリアさん、パスワードって……?」


「あなた……と言うよりも、セルディアスに伝わる古歌こか。セルディアス王家に伝わる、いにしえの子守り歌がパスワードなのよ」


「子守り歌……?」


「あなたが、アクシア……今のあなたの母親や、王である父親。そして、カイルキアから教わった歌。あなたが唯一歌える歌よ。覚えがない?」


「あ……」



 今の私が歌える歌。


 この世界で、お母さんとの繋がりを感じた唯一の歌。


 カイルキア様にも褒められたあの歌が……そんな凄い歌だとは知らなかったけれど。


 今役に立つのであれば、歌わないわけにはいかない。


 またロティに戻ってきてもらうためにも……この世界を助けるためにも!


 私はロティに手を添えたまま、歌い出した。



「優しい夢よ

 優しい風よ


 おやすみ、なさい

 おやすみ、愛し子よ」




 歌を歌っていくと、触れているロティの腹部が熱くなってきた。私もだが、ロティから光があふれてきて……熱さがどんどん強くなっていくのだ。




「大地に、広がる緑の四季

 芳しい、花の香り


 さらさ、さらさ、手を取りましょう


 その目に浮かぶ、愛し子のために


 手を繋げば、届くところに


 すべての愛しさ、見えてくる」




 歌い終わった。


 もともと短い曲だから、すぐに終わって仕方ない。


 だけど、歌い終わると私の手にあったかい手が重なった。歌う時に自然と閉じてしまった目を開けると……まだ目に光が戻っていないロティに強く掴まれていた。



【パスワードを承認しました。得られたPTに魔力……禁術への侵入開始。【枯渇の悪食】により侵食された豊穣のダメージをクリアにしていきます】


「!?」



 何かが。


 強い何かが、私の中から力を抜くような感覚を感じた。


 あまりの吸引力に、眩暈が起きそうだったがなんとか堪えた。まだこれは始まったばかり。


 私に与えられた『幸福の錬金術ハッピー・クッキング』が役に立つのなら、ここが踏ん張り時なんだから!


 力が抜けるような感覚が終わる頃には、ロティの体が虹色に包まれていた。



【承認。不足分の魔力をPTに変換。ただいまより、クリーンモードに移ります】



 私からロティの手が離れて、ロティは宙に浮かんだ。私やお母さんによく似た外見になったロティは、本当にお人形さんのようで。


 だけど、たしかにロティだとわかる。


 出会って数ヶ月でも、私はそれがハッキリとわかるのだ。


 そしてロティは、自分の胸の前で祈るように手を組んで。


 私が歌った子守り歌を、歌詞はないがメロディだけで歌い出した。


 歌い出した途端、暗い空間が少しずつ白く変わっていったのだ。

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