157-2.フィンガーテスト(フレイズ視点)






 *・*・*(フレイズ視点)










 もうまもなくじゃ。


 姫様がこの城に戻って来られる。



「あと四日。されど、四日じゃ……」



 姫様は、あのローザリオン公爵の屋敷で。今も、きっと素晴らしいパンや料理をお作りになられていることに違いない。


 ああ、ああ!!


 その場に立ち会えないのが口惜しい!!


 なんで、シェトラスだけ!?……とは言え、あやつが今あそこの料理長じゃからのぉ?


 仕方がないと言えば仕方がないが。



「うう……姫様のパン……パン!!」



 味わいたい、伝授していただきたい!!


 多少はマシにはなっても、アーネスト殿の発酵器ニーダーポットはまだまだ未完成だ。


 その未完成を使用して、私は日々試行錯誤しているんじゃが。


 マシにはなった程度。それ以上も以下にもならんのじゃ。


 じゃが、成果は大きい。自然に放置して膨らませるよりも、一定の温かさの中で膨らませて力をかけ過ぎずに形作る方が味も美味い。


 その発見を気づかせてくれてから、私はまだ若い弟子達に教えたのだが。



「さすがフレイズ様!!」

「これは革命的ですよ!!」

「今までのパンより、段違いです!!」



 などと、私の手柄になってしまっているが。私の力ではないし、彼らにはまだ王女殿下の真実を話すわけにもいかない。


 この城から亡命されて、約十六年。


 知らない人間達も多い。じゃから、私の口から伝えるわけにはいかないんじゃ。


 それもあと四日で変わる。


 姫様の美味なるパンがまた食せる楽しみもあるが、馬鹿な強固派の連中をこらしめるための式典でもある。


 王妃様の乳母であった、マザーである女性を人質にしようとした罪もある。それに、今はわからないが姫様を亡き者にしようとしていた罪も。



「アーネスト殿の弟子がのぉ?」



 生地を出来るだけ丁寧に捏ねながら、少しつぶやいた。


 あの飄々じい様の弟子にこだわるのが、そんなにも大事か?


 たしかに稀代の錬金術師ではいらっしゃるが、そこを除けばただの好々爺さんなのに。


 欲にまみれた人間の妄執は凄まじい。


 であれば、目の前で姫様の実力を見せるのみ。



「お手伝いが出来るので有れば、私の力を貸しますぞ」



 そのための、式典なのだから。


 そして、姫様が本当の意味で生誕祭を迎え、成人の儀をとりおこなうのだから。



「よ……し!」



 生地をまとめ、巨大なボウルに入れて発酵器ニーダーポットの中に放り込む。


 これで、姫様の契約精霊が変身したものだと暑さを管理出来るんじゃが。これでは出来ないので、様子見しながら時計を見つつ、発酵させる。


 その間に、片付けやなんやかんやしていたら出来上がるのだが。


 取り出す前に、指に粉をつけて、生地に直接刺す。



「……大丈夫そうじゃの?」



 刺した箇所が元に戻らない。


 姫様曰く、フィンガーテストと言う手法らしく。


 生地がきちんと発酵しているサインだそうじゃ。


 これを確認すれば、いくらかパン生地もマシになるそうじゃとおっしゃっていらしたが。



「……さて。丸パンを作らねば」



 生地は出来ても、ここからが本番。


 私の苦手な成形が始まるのだった。

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