140-5.告げれない、が(カイルキア視点)
*・*・*(カイルキア視点)
楽しい。
たしかに、俺はこの
執務も忘れ、今は先の事も忘れて。姫と、単純に遠出を楽しんでいた。
釣りをして、弁当を食べて語らいあって。幼い頃、伯母上がまだ御存命であった時も楽しかったが。
おそらく、あれ以来かもしれない。
前回のも、もちろん楽しかったが……大半の記憶を最高神に操作されてしまったからな? 肝心のところの記憶をほとんど覚えていないのだ。
姫自身が俺に告げたいかどうかはわからないが……俺は、告げないつもりだ。
前回のこともあるし、昨日のこともある。これ以上、『今』の姫との思い出をなかったことにさせたくなかった。
想いは残っていても、あと少しで姫の生誕祭の式典が迫ってきているのだ。出来るだけ……姫との思い出は大切にしたい。
真実を知った彼女が、そのあとどう俺と接するかわからないから。
『ごちしょーしゃまでふぅ!』
前回と違い、今日は影から姿を現しているロティは。小さな腹をぽんぽんと叩いてから、姫に茶のコップをもらって勢いよく飲んだ。
彼女に対しても、何か気づいたのに。これも最高神によって忘れさせられた。だから、ロティについても何も言わない。
「お腹いっぱい?」
『でふぅ! 美味ちかったでふう!』
「うんうん。カイル様にも御礼言おうね?」
「……俺にか?」
「はい! 美味しい焼き魚いただきましたし!」
『おにーしゃん、ありがちょーでふぅ!』
「……大したことはしてない」
『にゅ?』
くりくりとした、俺の目よりさらに濃い紫の瞳が俺の顔を覗き込むようにしてきた。
「……どうした?」
『我慢はダメでふ』
「え、ロティ?」
次に、ぽんぽんと俺に近いてきて、膝を叩いてきたのだ。
『おにーしゃんとご主人様は、我慢し過ぎでふ!』
と、言いたいことだけ言ってから眠ってしまったのだ。
「え……っと」
「しばらく、寝かそう。俺のことは気にするな」
「あ……りがとう、ございます」
重さもほとんど感じないが、体勢がこのままでは俺の足が痺れてしまうだろう。一度抱き抱えてからあぐらになり、足の間にロティを下ろした。
姫の方は、自分の
そして、ゆっくり歌い出した。
「優しい夢よ
優しい風よ
おやすみ、なさい
おやすみ、愛し子よ
大地に、広がる緑の四季
芳しい、花の香り
さらさ、さらさ、手を取りましょう
その目に浮かぶ、愛し子のために
手を繋げば、届くところに
すべての愛しさ、見えてくる」
伯母上に似た声で、伯母上ではない。
その歌声に、俺まで眠ってしまいそうだったが。聞き惚れている時は姫の顔を見ようと、ロティの腹を軽く叩きながら歌っている彼女に視線を向けたのだった。
そして、しばらくしてからロティもだが、俺達も眠ってしまっていて。
日も傾いてきたので、帰るか?と。ジークフリートを笛で呼んでから奴にまたがって帰ることにした。
「また明日からも頑張ります」
「……楽しみにしている」
姫のパンもだが、姫と過ごす時間も残りわずかだ。
このまま、何も起きないといいのだが。
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