134-2.温かい歌(カイルキア視点)






 *・*・*(カイルキア視点)








 あと半月。


 いよいよだ、と思うがまだ半月もある。


 姫の衣装などの手配は陛下やシュラがしているだろうから、俺が出来ることは限られている。


 だから、俺が出来る事といえば、姫のパン製造に役立つ食材を手配する程度。


 と言っても、使用人達の間とか、シュラの厚意とかで何とかなってしまっている。


 それと、姫と思いを交わしたくても。最高神の采配のせいで未だ出来ずじまい……。


 俺は、彼女の役に立っているのか心配になってきた。


 俺も好きで、彼女も俺を好きで。


 過去に媚びてきた社交界の淑女達に比べれば控えめな好意ではあるが。彼女が華のように俺に微笑んでくれるのは、心臓を鷲掴みにしてしまう大攻撃でしかない!!


 他の元パーティーメンバーは全員結ばれているのに……俺だけが、未だと言う始末。


 だが、事あるごとに。告白しようとしたら最高神に邪魔をされてなかったことにされるのだ。


 いくら、姫がぽやぽやしていても聡い女性であるのに。俺の告白を全て忘れさせられている。


 仕事をしながらも、うだうだしていると一緒にいたレクターに軽く小突かれてしまった。



「姫様のこと……?」


「…………」


「今日も美味しいおやつを考えてくれてると思うよ?」


「……レクター」


「それくらいにしないと。また妨害されちゃうよ?」



 接触が少ないなら、またデートなり料理教室して貰えば? と内心思っていることはバレバレだったようで。


 今日は仕事量も多いから、とレクターが姫のところに菓子とかを取りに行ってくれた。


 控えも元々雇っていないので、ひとりになった俺は窓を開けるのに席を立った。


 初秋と言うのもあり、少し涼しく日差しも心地よい。


 風も適度に吹いて、俺のスミレ色の髪を揺らしたのだった。



「……久しぶりに歌うか?」



 姫がまだ赤ん坊の頃。伯母上と教えたあのいにしえの歌を。







「優しい夢よ

 優しい風よ


 おやすみ、なさい

 おやすみ、愛し子よ


 大地に、広がる緑の四季

 芳しい、花の香り


 さらさ、さらさ、手を取りましょう


 その目に浮かぶ、愛し子のために


 手を繋げば、届くところに


 すべての愛しさ、見えてくる」






 そして、歌い終わった途端に。


 扉の向こうで大きな音が立った。


 誰だと思って扉を開けたら。


 号泣していた、姫が頭にロティを乗せていたのだ。



「チャロナ……?」


「あ、あれ……? ど……して、カイル様がその歌……あれ?」


「落ち着け。中に入ってくれ」


「けど、この……ままじゃ」


「いいんだ」



 おそらく、俺の歌を聴いて動揺してしまったのだろう。


 何故、姫がここにいるのかはレクターの采配だろうが。とりあえず、運んできたらしいワゴンごと中に入れて。姫には応接用のソファに腰掛けさせた。


 まだ涙は止まらないので、俺のハンカチで顔を軽く抑えたが。



「か、カイル……様!?」


「濡らして構わん。……質問にいくつか答えて欲しいところだろう?」


「そ……ですが」



 ハンカチを持たせて、ぐずぐずと泣く様も愛らしいが。今ここで抱きしめたとしても、その記憶は俺からも姫からも消されてしまうだろう。


 ロティは彼女の影に入ったので、柔らかい彩緑クリスタルグリーンの髪に触れて撫でていれば。彼女はゴシゴシとハンカチで目元を拭った。



「どうだ?」


「ありがとう……ございます」


「で、聞くか?」


「……聞きたいんですが。いいんですか?」


「ああ」



 どの道今は消されるだろうと、俺は覚悟して姫があの歌を歌える理由を問いかけてきたら。


 まさしく、その通りになり。気がついたら、俺は泣き止んだ姫に新しいまんじゅうを勧められていたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る