115-1.第二回パン教室①
*・*・*
フランスパン作りも、無事に終わり。
少し休憩をしたところで、シュライゼン様やカイザークさんが転移でやってこられた。
エリザベート様の方は馬車なので、すぐには来られないだろうと思っていたが。割りかしシュライゼン様達がいらしてから、すぐにご到着されたのだった。
「……初めまして、チャロナさん。カイルキアとアイリーンの祖母の、エリザベート=シャインズ=ローザリオンと申します。長いので、エリザと呼んでちょうだいな?」
「は、初めまして! ちゃ、チャロナ=マンシェリーと言います!」
なんと。
なんと見事なグランマザー!
ちょっとスミレ色が残った銀髪は丁寧に手入れされていて。
まだ初老にも通じるくらいに皺は、多分50代後半じゃないだろうか?
今の世界の市民もだけど、お貴族様だったら多分成人年齢で御結婚後に、ご懐妊とか珍しくないかも。
そう思えるくらいに、実に若々しいおばあ様でいらっしゃった。
慌てて挨拶すると、エリザベート様はニコニコと笑っていらっしゃった。
「ふふ。娘……エディや婿殿に聞いていた通り。可愛いらしいお嬢さんなのね?」
「え、え!? そ、そんな」
「そうだとも! エリザベート殿が言う通り可愛らしい女の子なんだぞ!」
「しゅ、シュライゼン様!?」
まさか、デュファン様やエディフィア様にも筒抜けだった私のカイルキア様への気持ちまで?
確認したいところだが、エリザベート様のお着替えもあったので一時中断となり。
厨房で待っていると、エリザベート様は髪を綺麗にまとめられていて、服装は前にアイリーン様やシャルロッテ様が着ていらした様な汚れてもいい簡易ドレスでやって来られた。
「え、えっと……シュライゼン様」
「なんだい?」
「二回目ですが。その後どうですか?」
まず、作る前にこれを聞かないと改善点が見つからないからだ。
いけないのは、自分の思い込みだけで調理を進めてしまうこと。特に、生き物と変わりないパン生地は、発酵と捏ねの工程でダメにしてしまうことが多い。
【枯渇の悪食】で失われた技術は、主にそう言うところだ。自信を持つのは悪いことではないが、調理に気を遣わずに行うとせっかくの工程が台無しになってしまう。
シュライゼン様やカイザークさんにもそう伝えると、思いっきりげんなりとした表情になったのだった。
「すまない! 色々試行錯誤しすぎて!」
「……味は悪くなかったのですが。チャロナさんのパンにはやはり遠く及ばず」
「注意しなかった私も悪いです。次は気をつけましょう」
「うう……」
「……ええ」
「あの、チャロナさん」
「はい?」
男性お二人がしょんぼりしている時に、端にいたエリザベート様から質問があった。
「その……あなたの調理技術は、婿殿やエディにアイリーンから色々と聞いているわ。常識外れた技術ということを。それは……あなたの経験だけかしら?」
「え、えーと……」
言って、いいものか。
私は前世、食文化が豊かだった世界の出身者だと。
チラッと、シュライゼン様を見たら、手で大きく丸を作っていたから、伝えていいのだそうだ。あの丸の作り方は、多分
「? あら?」
「あ、す、すみません。その……驚かれると思うんですが」
「ええ」
「私……前世がこの世界の人間じゃないんです。枯渇の悪食とかがなかった、もっともっと食文化が豊かな世界で過ごしていたんです」
「まあ。その時の知識のお陰で?」
「はい。あと端くれでしたが、パンを製造する仕事をしていました」
「それで……ありがとう、言いにくいことを教えてくれて」
「い、いえ」
とりあえず、エリザベート様にも私の作るパンを一から習うとおっしゃったので。まずはパン生地作りからスタートすることにした。
今回も大量に作るが、手ごね中心にしようと考えていたので、皆さんには素手で捏ねてもらいます。
「……手袋もせずに、素手で捏ねるの?」
「今回のパンは、小さめの丸いパンとコッペパンと言うものを作ります。私はお貴族様の食卓をあまり存じ上げていませんが、お料理と一緒に食べやすいパンにしますよ」
「そう。……やってみるわ」
そして、エリザベート様の手ごねは。
男性のシュライゼン様やカイザークさん以上に、誰よりも力強いものだった。
ので、途中でストップをかけることにした。
「エリザ様、少し止めてください」
「? これじゃダメかしら?」
「はい。あまり力をかけ過ぎると、ドライイーストの役割が失われてしまう場合もあります。なので、まとまってきてからは優しく混ぜてみてください」
「! 勉強になるわ!」
ああ、その笑顔。
どこか懐かしく感じたのだが。きっと、前世でのパートさん達と同じ年頃だから、そう感じたのかもしれない。
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