100-4.孤児院への手紙(ライア視点)
*・*・*(ライア視点)
王女殿下の差し入れである定例会が、次で三度目となる。
子供達は、今か今かと、待ちきれずに毎日のように私や職員などに殿下が来られないのか聞きに回ってしまうほど。
王太子殿下からは、次回のお菓子教室は少し難しいものになると魔法鳥で通達があったが。少し心配にはなったものの、王女殿下が子供達のためを思ってのご意向だろう。
だから、少し私も楽しみになっていた。
「……蒸しパンのレシピをいただいてから、子供達も意欲的に厨房に立つようになったけれど」
私も時々一緒になって作ったりはしてるが、チョコレート以外にも、ホムラの茶を加工した粉末を入れたりなどと種類は様々。
子供達は、自分の好みに合った蒸しパンを作るから喧嘩になることはあまりない。
今日も今日とて、皆で話し合って、王女殿下が直々にお教えくださったココア蒸しパンを作っていた。その一部を、私にもとケイミーが少し前に持って来てくれた。
味は、一番作り慣れたお陰か、ほのかなチョコの甘味が美味しい出来になっていた。
「ふふ、まさか。この孤児院でパンに近い料理が作れるようになるだなんて」
王女殿下にもだが、提案なさったシュライゼン王太子殿下にも感謝しなくてはいけない。
二週に一度とは言え、本来なら王家に献上すべき美味なるパンを、王家の援助があるとは言え孤児院で食べることが出来るだなんて。
院長になってから日が浅いが、思いもよらなかったわ。
「あと数日が、なんだか私も待ち遠しいわ……」
今度はいったいどんな美味を振る舞っていただけるのだろうか?
気にはなるが、当日までの楽しみにしておくのもいい。
ひとまず、空になった蒸しパンの皿を返すついでに、ケイミー達に声をかけよう。
今日のもとびっきり美味しかったと。
「あら。もう片付けまで終わってしまったの?」
厨房に行ったら、人っ子一人いなかった。
よっぽど、初回でぐちゃぐちゃにして職員のラウルに叱られたことが堪えてしまったのだろう。
それは当然のことなので、私も弁護はしない。
なので、皿を洗って片付けてから談話室に向かうと。
「あらあらあら」
食べ終えた後だったが、今日のココア蒸しパンは力作業が多かったせいか、全員自分の部屋に戻れずにお昼寝をしてしまっている。
職員の何人かが、薄手のかけ布をかけてやって風邪を引かないようにしてたが。
まさか、全員が寝るとは思わなかった。
「あ、院長」
「ふふ。皆頑張ったものね?」
「チョコを刻むのが、一番の力仕事ですしね」
「せっかくだし、お夕飯には殿下に教えていただいた魚の揚げ物にしましょうか?」
「そうですね。皆喜ぶと思います」
「自分、市場で魚を調達してきます」
「お願いね?」
職人の一人が、ケイミーとターニャのところにかけ布をかけてから大急ぎで向かってくれた。
「前以上に、子供達は意欲的ですね。将来は、王女殿下のように調理人になりたいと言い始める子も出て来ました」
「ふふ。殿下は特別ですからね。同じようには難しくとも、夢を持つことはいいことだわ」
何故、あの方だけがあのように美味なるパンを作れるのかは、私どもにはお教えいただいていないが。
きっと、何かわけがあるはず。
けれど、孤児院の人間にはそれを知る権利がないので、胸に秘めておこう。
「三日後の定例会、楽しみですね」
「ええ。そうね」
「少し仕上げだけ、こちらでなさるんですよね?」
「そう聞いているわ」
パンの仕上げを少々子供達にも手伝って欲しいと、王太子殿下より通達はあったが。
いったいなんなのだろうか?
また子供達にいい経験となれば良いのだけれど。
「院長、お手紙です」
女性職員と話していると、別の職員が手紙を持ってやって来た。
受け取ると、差出人はホムラのマザー・リリアン。叔母様からだった。
(……何かしら?)
職員に一度部屋に戻ると告げてから、院長室で手紙の封を開けた。
前回よりは、便箋の枚数は少し薄い感じではあったが。
【──我が愛しい姪、ライアへ
ホムラもですが、セルディアスも暑い日差しに参ってしまいがちでしょうか?
院長としてのお役目、今日も無事果たせているよう祈っております。
今回は、王女殿下の件です。
貴女からの返事をいただいた時には、私は人目もはばからずに涙を流してしまいました。
冒険者として旅立たせてしまいましたが、無事に過ごせていらっしゃるようで良かったです。
貴女に会って、私を思い出して泣かれてしまった部分を読んだ時には、涙が本当に止まりませんでした。
姫は悪夢を見る以外、滅多なことでは泣かれない方だったので。
そして、二週間に一度の定例会についてですが。姫はパンを作ることが出来なかったのに。いつのまにそのような技術を身につけたのでしょう?
ホムラにいた時は、貴女も何度か口にしたはずのまんじゅう作りが得意な程度だったのに。
……………………
…………
……
】
「叔母様も、知らない……?」
では、叔母様の手元を離れてから身につけられた技術?
たった二年とは言っても、満足に調理器具や環境のない冒険者生活では培うのは難しいはず。
では、まさか。
神が、王女殿下に何か特別な加護をお与えになられたのだろうか?
私はそう思うしか出来なかったのだった。
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