86-2.未知の技術(シュライゼン視点)
*・*・*(シュライゼン視点)
(……む、難しかったんだぞ)
パンの生地をこねる工程は、至ってシンプルだったのに。
最初にバターを入れるか入れないかであんなにもこねる具合が違うのかと、まず素直に驚いた。
方法は、彼女のいた前世である異世界では星の数ほどあるそうだが、今回は普段の彼女の作り方にならった方法で教えてくれている。
とりあえず、今の段階である『一次発酵』と言うものをしてる間に、手をよく洗ってからパンにつける添え物の準備をする事になった。
「何を作るんだい?」
「パンにつけて美味しい、ジャム以外にもカッテージチーズを作ろうかと思っています」
「カッテージ?」
「どんなチーズですかな?」
爺やも当然知らない、未知のチーズだ。
作り方を教わるのに、全員でコンロの周りに立つと。マンシェリーは、まず小鍋で牛乳を温め始めた。
「鍋ふちに泡が立ってきたら、ここにレモン汁を加えます」
「おお、どうなるのか……い?」
「おお、これは」
他の皆は知ってても、俺と爺やは知らなかった変化が鍋の中で起こった。
ただ、レモンの果汁を加えただけなのに、薄い液体と白くてもろもろとしたものに変化していって。
魔法かと聞くと、マンシェリーが言うにはカガク反応というものらしい。
「レモン汁の酸性と言う部分が、牛乳の中のものと合わさるとこうなるんです。詳しいことまでは私もわかりませんが」
「これの白い部分を食べるのかい?」
「はい。液体はホエーと言いまして、パンのイーストがわりにも使えますが、このままでも飲めるんですよ?」
「こ、これがかい?」
「甘みも何もないので、はちみつを入れるのがおススメですね」
「ほぅ?」
爺やも関心してるけど、本当にこのうっすら黄色の液体が飲めるのだろうか?
マンシェリーは、健康にもいいとは口にしたが、正直に思う。あんまり飲みたくはない。
けれど、マンシェリーはこの液体をこして瓶に詰めて、例の無限∞収納棚と言う
最近になって、ようやくそのホエーを使ったパンを作ろうとしてるんだとか。
「
それから、味見のためにどうぞ、とスプーンを渡されたので爺やと一緒に食べてみることに。
(……どんな味だろ?)
妹の腕を疑うわけではないが、未知の食材を目の前にすると緊張してしまいそうだった。
けど、爺やはにこにこしながら受け取ったスプーンをためらいもなく口に運び、咀嚼するとさらに笑顔になった。
「これは素晴らしい! 程よい塩気と胡椒の風味。オリーブオイルのクセもありますが、肝心の白い部分のお陰でまろやかになっておりますな?」
「ありがとうございます」
「お、俺も!」
勢いよく口に運ぶと、まさしく爺やの言う通りだった。
チーズの部分は、わずかに酸っぱさを感じるが全体的になめらかで。程よい塩気と胡椒の風味が口いっぱいに広がり、オリーブオイルのクセはあってもチーズのお陰で程よい風味が鼻をつきぬける。
初めてのチーズだけど、これはすっごく美味しいんだぞ!
「これをパンに塗るのですかな?」
「はい。旦那様は毎朝ジャムと一緒に召し上がられるんです」
むむ、やっぱり羨ましいんだぞカイルめ。
我が妹の手料理を毎日味わえる身になってみたいものだが。
その妹を見つけた相手だし、今は父上の命令で仮の婚約者になっているのだからとやかく言えない。
それに、その婚約の部分はマンシェリーには秘密にしてるし、今はただの使用人として雇ってる。
だから、雇い主が毎日美味しいパンを堪能出来るのも無理はない。
羨ましい思いはひとまず置いておいて。
そこから、ほかの普通によく作るジャムを俺と爺やメインで作り。
だいたい1時間くらい経ったら、次の作業に取り掛かるそうだ。
「ここから生地を分割しますが、かなり柔らかいので一度冷やして置いておくのもいいです」
「冷やしてしまうと固くならないかい?」
「はい。なので、冷蔵庫で30分から1時間弱置くくらいで大丈夫です。そうすると、切るのも簡単なんです」
「へー?」
ただし、それは絶対じゃないらしいので、今回は冷やさない場合で行うそうだ。
切る道具も、普段俺が触るようなパン切り包丁のような刃を潰した板にしてくれたが。
前にも使わせてもらった、マンシェリー自身の
それを借りて、だいたい40gに生地を切っていくらしいが。
「牛乳パン用には、60gに切っていただきます」
「ほう。大きめの白パンを作られるのですかな?」
「はい。それを焼いた後に切れ込みを入れて、クリームを挟むんです」
まだ未知のパンだが、マンシェリーのパンは全部が全部美味しいからワクワクするんだぞ!
「ある程度分割出来たら丸めるんですが。ただコロコロ表面をならすのではなくて、生地を内側に引き込みます」
今日は俺と爺やがいるから、結構ゆっくりと丸めてくれたが。
その技術だけで、俺達が普段いかにパン生地に負担を与え過ぎたと理解出来た。
あまり強く握らずに丸めたマンシェリーの生地は、持ち上げてもらうと底がヘソの形をしたように綺麗にまとまっていて。
いつも力任せに丸めてた俺は、失敗してたんだなと反省した。
そして、いよいよ実践してみるとこれまた難しかった。
「あまり力まずに。優しく、表面は荒れさせずに」
「む、むむ」
「これは……難しいですな」
「おふたり共、もう少し肩の力を抜いてください」
「「うーむ」」
爺やと唸るのも無理はない。
まだ、膨らむ前のパンを作ってるだけなのに、心が疲れそうになってしまってるから。
ひとまず、牛乳パンのも含めて全部終わったら。
ここで、マンシェリーが生活魔法を使おうとした。
「何をするんだい?」
「生地をまた発酵させる前に、少し冷やして丸め直すと綺麗な形になるんです。だから、
「ん。俺がするんだぞ! どれくらいでいいんだい?」
「そうですね。表面が軽く乾く程度で」
「よーし!」
カチカチに凍らせないように注意して、魔法をかければ。
マンシェリーにも合格点をもらえたので、次の工程に移ることになった。
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