69-3.ゲソの唐揚げ②(エスメラルダ視点)
*・*・*(エスメラルダ視点)
八つ時の、また新しいパン以外に、サイラは姫様から差し入れを預かってきたと言った……が。
「……で、それが?」
「は、はい。これなんすけど」
どう見ても、みてくれはあんまり美味そうに見えない。
港町で生まれ育ったあたいには、少し馴染みのあるイカの触手じゃなしに脚の部分だが。
何度か食べた、塩で味付けした肉の揚げ物と調理法は似てるようだ。
揚げてあるし、少し黒っぽいが、おそらくそれもまたあたいが分けてやった醤油を使ったからだろう。
なら、あの黒いソース並みに美味い仕上がりになっているのかもしれない。
「これはなんて言ったんだい?」
「えっと、『ゲソのカラアゲ』だって」
「ゲソ……このイカの脚がか」
とは言え、あの方が作られる珍味はどれもが美味揃い。
今日のパン、シーフードカレーパンと言うのにも、イカやエビが入っているらしいが脚を入れなかったのだろうか?
なら、理由があるかもねぇ、と一つ口に入れることにした。
カリッカリ!
「んん!?」
薄いが、衣だけでなく、脚、いやゲソの部分までカリッカリで。
肉の時と同じように、酒のつまみになりそうな濃いめの味付けだが。
ゲソを噛みしめれば、するほど、味はさらに深くなっていき、イカ独特のくにくにした食感も加わり、なんとも言えない味に。
これは、やめられない。
サイラが、紙袋に持ったままのゲソのカラアゲをもう一つ口にしてから、あたいは自分がわかるくらい口角が緩んでいった。
「こりゃ、いい酒のつまみになる! あんたらも物は試しに食ってみな。肉もいいが、こいつは海育ちのあたいにはたまらない代物んだよ」
『う、うっす!』
「お、俺もいいっすか?」
「もちろん。あ、カレーパンとやらの方は先に配りな?」
「うっす!」
カレーパン自体は、肉味の方を一度姫様から八つ時に作ってもらったから味は知っている。
が、異色らしいシーフードと言うのは、魚介類を指すらしいがどんな代物になっているのやら。
「う、うんめ、このカラアゲ! 肉よりも固いけど、噛み切れないわけじゃないし。味も断然に美味い!」
「マジで、うんま!」
先にゲソの方を食べた連中どもが騒ぎ出して、口々に同じ事を言い出した。
(ああ。酒とも食いたいが、まだ昼間だ)
あたしも、まだ手元に残ってたやつを食べようかと思ったが。せっかくなので、このカレーパンを食べようじゃないか。
(こっちは、見た目は前のとほとんど変わらない。が、イカやエビが入ってるってだけでどんな味に)
割って食べてみたいところだが、中身がこぼれやすいかもしれないので、もうすぐにかぶりついた。
「! うま!」
なんだい、この旨味は!
イカの歯応えに加わり、エビのプリプリとした食感。
おそらく、貝も使われてるだろうが、臭みがなく潮の香りを口いっぱいに広がせるくらいの旨さ。
少しどろっとした、たしかカレーと言う部分とも絡まってちょうどいい辛さを舌に覚えさせ。
パンともよく合い、いくらでも食べたい気分になってきた!
が、一人一個なのが悔やまれてしょうがない。
「「「「「「うっま!」」」」」
野郎共も、カレーパンに食いつくと同時に声を上げるくらい、美味さの虜になったのだろう。
なら、あたいはゲソのカラアゲの袋を手に持ちながら立ち上がった。
「おい。あたいは、残りがまだあるか確認しようと思ったんだが、お前らはどうする?」
「「「「「行きます!」」」」」
「よしきた。行くよ!」
と、盛り上がったわけだったが。
どうやらどこの連中も考えは同じだったらしく。
裏口に向かえば、なんの集まりだと言わんばかりに行列が出来あがっちまっていた。
「あー、こりゃすごいねぇ?」
ゲソについては、おそらくあたいらの所にしか回っていないようだが。
これは、カレーパンの方がはるかに美味かったと言う証拠だ。
けれど、行くと決めたからには引き下がれないんで、あたいだけが先頭の方に向かった。
「ちょいと、なんの集まりだい?」
「あ、エスメラルダさん!」
先頭に着くと、何故か困った笑顔をしながらも、泣きつかれている使用人共に対応してた姫様がいらした。
「どうしたんだい?」
「えっと、皆さんカレーパンのおかわりもらえないかって、こうやってやって来られて。けど、もう今日は材料がないから作れなくて」
「材料がない?」
「イカとかの材料がもう全部使い果して……なので、もし作れても普通のカレーパンなんですけど、今からじゃちょっと」
「たしかに。パンの仕込みには結構時間がかかるって言ってたねぇ?」
そうか。もう今日は無理か。
全員に説得してんだが、納得してもらえていないのが現状だ。
「すみません、もう作れなくて」
『ノω・、) ウゥ・・・』
「本当にもう無理?」
「無理……ですね」
『⊂⌒~⊃。Д。⊃ピクピク』
ほんっと、食欲に忠実になり過ぎだよ。
あたいもこいつらの事は言えんが、別に諦めたわけじゃない。
「チャロナ、あたいらの方にくれた『あれ』はまだ出来るかい?」
「あ、気に入ってくれましたか? もう少しなら、余裕はありますけど」
「なら、晩酌にもらいたい。夕飯の後にでも」
「エスメラルダ先輩、何かもらったんですか?」
「秘密さね。欲しきゃ、あんたらもこの子が必要な材料とかを持ってくるんだね?」
『(´Д` )』
面白いくらいに、ライオネルを含めて皆落胆顔になったねぇ?
「え、いえ。そこまでされなくとも」
「ダメだよ、チャロナ。等価交換は大事さ。あたいは、あんたに調味料を分けてやったんだから」
「それは……すっごく助かってますけど」
「だろう?」
「なるほど、エスメラルダの言い分は間違ってない。あたしも、それなら取っときのを持ってこようじゃないか」
「え、え?」
「ヌーガス、あんたが?」
使用人棟の管理人まで虜にするとは、いやはや恐れ入った。
「ふふ。エスメラルダが用意したのは、おそらくこの前から夕飯とかに使う黒いソースの元か何かだろう? なら、あたしも取っときの調味料を持ってくるよ。今からね!」
そう言い終えると、彼女の行動力に唖然となった連中も帰ることなく待っていて。
ヌーガスが戻ってくると、何やら壺を抱えて戻ってきた。
「なんだい、それは?」
「ふふふ。
「わ、わ、わ! 味噌焼きとかメインにも色々使えます!」
「そりゃ良かった」
なんだ、と?
ローザリオン家に仕えてそこそこ長いし、ヌーガスとの付き合いも長いはずだが。
そんな調味料、聞いたこともなかった。
おそらく、あたいと同じで故郷では馴染みが深いがいまいち人気のない調味料かもしれないが。
取っときと言ってたし、もしくは一人で楽しんでたかもしれない。
けど、とにかく姫様が子供のようにはしゃいじゃって。
ありゃ、あたいが持ってきた醤油並みの歓喜の声だ。
「そんなに、そのミソってのは美味いのかい?」
「はい! パン、には少し癖が強いので難しいかもですけど。これをサバに使うと美味しいメインになります!」
「「サバ??」」
「あたしの故郷で、魚を一緒にだなんてしなかったねぇ?」
「それなら、チャロナくん。料理長にも伺って、メニューに加えられないか聞いてみようじゃないか」
エイがやっと来たと思ったら、こっちもこっちで輝かんばかりの笑顔。
よっぽど、姫様の作る美味に興味あり過ぎな証拠だ。
「はい。とにかく、美味しいんですよ。お米と一緒に……あ、でもそうするとお米がまだ届いてないので今日は無理ですね」
『oh......(´・ω・`)』
「味が結構濃いめなので、パンじゃ合いにくいんです。なので、それまで味噌はお預かりしておきます!」
「わかったよ。じゃ、等価交換ってわけで、あたしにもエスメラルダと同じもんを晩酌に欲しいねぇ?」
「いっそ、うちと合同で飲み明かすかい?」
「仕事が終わってからなら、ねえ?」
と言うわけで、飲み会は決定。
うじうじしてる連中は、あたいらがしっかり言い含めて部署に帰らせて。
あたいらも、厩舎に戻って飲み会までに励むことにしたのだった。
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