69-1.旦那様回復(カイルキア視点)
*・*・*(カイルキア視点)
「……………………ふむ」
頭痛なし。
寒気なし。
だるさなし。
呼吸も比較的楽。
と言うことは。
「治ったは治った…………が」
今日治ったとしても、レクターに絶対朝と晩の稽古をするなと釘を刺されている。
まだ安静にしてなければならなかったが、
執務をこれ以上に進めねば、王城には行けない。
そのためにも、出来るだけ早い回復をあいつや俺自身求めていた。
が、あの晩姫と出会った後に、一心不乱になって稽古に打ち込み過ぎて、風邪を引いたのは自業自得だが。
「ひとまず治ったが……稽古が出来ぬとなると朝食までは」
執務室に向かい、溜まってるはずの書類を片して置くべきか。
とりあえずそれを実行してから、姫を安心させるためにも食堂に向かうと。
俺の声に、出てきた姫の表情はとても安心し切っていた。
「治られて、本当に良かったです!」
「……心配をかけたな」
もはや、姫とロティにだけ癖になっている髪を軽く撫でてから朝食をもらい、今日の八つ時のメニューは何がいいか聞かれたので、少し久しぶりだからカレーパンを頼んでみた。
「あ、カイル様。魚介類で苦手なものはありますか?」
「? いや、特にはないが?」
「カレーパンに、貝やエビを入れても美味しいんです。どうでしょう?」
「お前がそう言うなら頼もう」
辛味が強いもの以外なら、なんだっていい。
特に、想う相手が俺を考えて作ってもらえるのならなおのこと。
「はい、頑張ります!」
そう言って、輝かしい笑顔を見せてくれたので、いくらか胸が高鳴ったが。
悟られてはいけない、と、口元を緩めるだけにとどめて。
綺麗に食べ終えてから、俺は八つ時を楽しみに執務に打ち込んだ。
「カイル様、紅茶をお持ちしました」
俺が幼い頃から仕えてくれている、老執事のゼーレンが温かい紅茶を用意してくれていた。
レクターは、子爵家を継ぐ手続きなどを並行して行うことにしたので、今はいないだけだ。
「あまりご無理なさらないように」
「わかってはいる。これでも、少しはゆっくりのつもりだ」
「そうはおっしゃいましても、二時間でふた山はお早いですよ?」
「……そう、か」
レクターがいなくとも捗ってはいたが、やり過ぎだったかもしれない。
なので、紅茶を片手間に飲むのをやめて、一度ペンをペン立てに置くことにした。
「お加減が戻られてようございました。姫様もかなりご心配になられていらっしゃいましたし」
「姫、にはな。今日は俺の要望で八つ時のメニューが変わるが、はりきってるようだ」
「ほほ。姫様のお作りになられるパンはどれも逸品揃いですしね。一昨日のケーキも、メイド達の間では話題になっておりましたが」
「手間は……姫の持つ
「左様ですな。あのような革命的な料理の数々。生産系でも
「加えて、お前くらいにしか打ち明けていない、姫がマックスと同じ転生者だから……尚更可能に出来ている」
「【枯渇の悪食】で失われたレシピの数々。それを蘇らせられる方は、きっと神がお決めになられたのでしょう」
「…………」
それらしき神も、あれから接触する気はないようでいるが。
一度、ラスティが番となったウルクル神にお聞きしようかとも考えたが。
もし、最高神のお考えで、口止めをされてるとしたら、俺のようなただの人間では口出しすら出来ない。
なんとなく、姫に真実を告げる当日……何もないであるのが不安になってきてるのだ。
あの青年の姿をした神が、何もして来ないと言うのが。
「……カイル様?」
「……いや、なんでもない。レクターもすぐ戻って来るだろう。引き続き頼んだ」
「はっ」
そうして、小休息を何回か挟んでから八つ時を迎え。
執務室で食べても別に良かったが、カレーパンを食べられると思うと、食堂に行って早く食べたくなってきた。
なので、軽めに稽古をしてから風呂に入って着替え。
ゼーレンに後を任せて、一人で食堂に向かった。
俺が最初だったのか、食堂には誰一人いなかった。
「すまない、八つ時の菓子……いや、パンをもらいに来たんだが」
「あ、カイル様! ちょうど揚げますんで、すぐにお持ちします!」
「ああ、頼んだ」
どうやら、ちょうど出来立てを食べられるところだったようで、席に着いて少しの間待つことにした。
そうして、カレーパン独特の匂いがしてくると?振り返れば姫が満面の笑みでロティを肩に乗せながらやって来た。
「お待たせしました。シーフードカレーパンです」
出されたのは、見た目だけならただのカレーパンと同じだが。
きっと、中身に魚介類を使ったのだろう。
確か、そのような事を朝に言っていたので。
そう思うと期待が高まってしょうがなく、俺は濡れ布巾で手を拭いてから、一緒に用意されてた紙に包み。
勢いよくかぶりついた!
「……あ……っつ、いが。美味い!」
香りも味もカレーだが、肉の時とは違う具材がゴロゴロと。
スープや煮込みで食べる貝とは違い、噛みごたえのある……確か、ホタテとどこかの国で食べた貝。
イカの輪切りに、エビのプリプリとした食感。
以前の肉のカレーパンも大変に美味だったが、このシーフードと呼ばれるカレーパンも同じかそれ以上に美味く。
一個など、ペロリと。用意されてた三つともすぐに平らげてしまった。
「お口に合って良かったです」
『でふぅ』
「これは、肉も良かったが貝などでいくらでも食べれるとは思わなかった」
「揚げると風味が増して美味しくなるからだと思います。まだお腹に余裕がお有りでしたら、揚げますが」
「あと三つほど頼みたい」
「わかりました」
レクターもいないし、多少病み上がりで食べ過ぎてもいいだろう。
とにかく、止まらないのだ姫のパンへの食欲は。
それからまた揚げたてを三つ程完食して、いい気分になってから姫にレシピの
「どちらも奥深いな。あれだけシンプルな見た目なのに手間がかかっている」
食べ放題なくらい、食べられる今に感謝しなくては。
けれど、あのシーフードは病みつきになりそうだ。
姫が言うには、米と一緒に食べるのが転生前の世界での日常だったと聞いたが。
実行しようにも、米の少ないこの国ではあまり出回っていないので、以前頼まれたように麺を仕入れたところで米も取り寄せようと提案した。
姫は飛び上がらんばかりに喜んでくれて、届いた日には振る舞いたいと言ってくれたので俺も楽しみになってきた。
「……今だけ、とならないでほしいが」
この温かな生活が、この先も続いてほしい。
そう思いながら、俺は部屋を後にして執務に戻ったのだった。
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