66-1.旦那様が夏風邪①






 *・*・*









 カイルキア様のカーディガン。


 当然、私にはだぼだぼ過ぎるくらいに大きくて。


 何故か、夢にまで出るくらい、起きてもニマニマしちゃって。


 諦めるつもりでいたが、現金だなと思わずにはいられない。



『ご主人様ぁ〜、良いこちょあったんでふ?』


「う、わかる?」


『ニコニコでふぅう』


「あ〜……」



 ロティになら、話してもいいかな?


 返す予定でいるカーディガンを机に取りに行くついでに、ロティの手を引いた。



「昨夜ね? カイルキア様と会ったの」


『にゅ?』


「ロティが寝ちゃってる時に、ちょっと散歩に出てたの。そこで、偶然にも会っちゃったんだー」


『ふにょお! おにーしゃんと!』



 ロティは自分の事のように喜んでくれて、手を繋いだままルンタッタとスキップし出した。



「ちょっとお話しした後に、その……このカーディガンをはおらせてもらっちゃったんだ」


『きゅんきゅんでふね!』


「……うん、まあ」



 思わず萌えシチュとの遭遇だなんて、だから。


 今もニマニマが止まんない。


 テンプレの王道の一つ、とだなんて、前世でも今でも思わずにいられないから。



(あ〜……返しに行くときはしゃっきりしなきゃだけど!)



 どんな顔して……だなんて、バレバレな顔は残念過ぎるから。


 せめて、いつも通りにしようと意気込む。


 そう思い込んで、カーディガンを持って厨房に向かったんだけど。



「え……カイル様が寝込んだ!?」


『でふぅ!』



 厨房に着くなり、シェトラスさんからの連絡に飛び上がりそうになった!



「そうなんだ。今朝方から調子が狂うと言われてレクターくんの所に行ったらしいんだけど」


「どうも。軽い夏風邪を引かれてしまったようなんだ。お客様方の見送りに出るのも、レクターくんから控えるように言われたらしい」


「食欲はあるそうだけど、いつものメニューじゃね……」


「まさか……」



 昨夜、私にカーディガンを渡した事で、お部屋に戻るまで体が冷えてしまったから?


 でも、それだけで……と思えないのは、ここが異世界だから。


 自分が夏風邪を引いた時も、本当に突然だったから。



「わ、私のせいかもしれません!」


「「ん??」」


『にぇ。ご主人様のせいじゃないと思うでふ』


「けど、昨夜私がこのカーディガンをお借りしたから!」


「どうどう。落ち着いて、チャロナくん。何あったんだい?」


「じ、実は……」



 ロティにも話したことを、ゆっくりお二人にも告げれば。


 何故か、怒られるどころかくすくすと笑われてしまった。



「ふふ。それだけで?とは言いにくいが、旦那様の風邪の理由としては微笑ましいことじゃないか」


「え?」


「チャロナちゃんが気に病むことはないと思うよ? 気になるようなら、お見舞いがてら朝食を持って行ってあげたらどうかな?」


「で、でも」


「多分旦那様の事だから、『チャロナのせいじゃない』と言い切るだろうから」


『行くでふ、ご主人様ぁ』


「う……うん」



 本当は、朝食の後にカーディガンを返すつもりでいたけど。その機会が変わっただけ。


 そう思いながらも、朝食のパン粥は少し力を入れることにした。



「ミキサーを使って、水とトウモロコシでコーンペーストを作って」



 シチューを仕込んで、そこにコーンペーストを入れて。


 味見をしてから、別の鍋に出来上がったコーンクリームシチューを少し移して、ちぎったパンを入れて煮込んで。



「出来た、コーンクリームシチューのパン粥!」



 味見もして、満足のいく出来にもなったし。


 天の声からのPTは、製造2500と味見で100もらえたけれど、気にしてる場合じゃない。


 ロティには、並行して仕込んでた生地の発酵を頼んで。私はワゴンを押してカイルキア様の部屋に向かった。



「失礼します、旦那様。チャロナです、朝食をお持ちしました」


「あ、どうぞー」



 返事をしてくださったのはレクター先生で、扉も先生が開けてくださいました。



「せ、先生。カイル様の容態は!」


「落ち着いて? 本当に軽いし、大したことないから」


「よ、良かった……」


「さ、中に入って?」


「は、はい!」



 お部屋の場所は、メイミーさんに以前教えていただいてたが、入るのは当然はじめてで。


 ワゴンを押しながら入ると、部屋の中は広いけど、あまり家具がない印象を受けた。


 代わりに多かったのは、冒険者時代に使ってたと思われる武器の数々。


 色々気になったけど、少し奥にあるベッドで寝てらっしゃるカイルキア様の元に、パン粥を届けなくちゃ。



「カイル様、朝食をお持ちしました」


「…………あり、がとう」



 やっぱり風邪は風邪なので、喉が痛いのか声が少し枯れていた。


 それがまたセクシーに聞こえてしまったのに、背中がゾワってしたけどなんとか耐えて。


 一緒に来てくれた先生が、ワゴンに乗せていたお盆を用意してくださり、私はパン粥を器に注いだ。



「トウモロコシを使ったシチューでパンを煮込んだんです。熱いですが、熱を下げるのにはいいかと思いまして」


「せっかくだから、チャロナちゃんがあーんってやってあげたら?」


「げっ、げほっげほ!?」


「せ、先生!?」


「あっはっは。だって、男の僕からやるよりずっといいでしょ?」



 この人、絶対私の気持ちに気付いているか知っている!


 私から直接には話していないけど、悠花ゆうかさんとか悠花さんとか!


 絶対筒抜けにさせてる可能が高い!


 今日会ったら、絶対怒るんだから!


 と言う言葉は今は飲み込み、自分から食べさせる気のないレクター先生はニコニコされてるだけ。


 どころか、お邪魔だからね〜と、少し席を外すと行ってそそくさと出て行ってしまったのだった。

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