65-1.子守唄(途中カイルキア視点)






 *・*・*








 ちょっと、嬉しかったり驚いたことはあったけど。



(楽しかったなぁ……)



 アイリーン様の、婚約発表記念会のお手伝いが少しでも出来て良かった。


 アイリーン様もとっても喜んでいただけたし、ついさっきまでご一緒だったお風呂でも洗いっこする状況になったけど。まだ成人前だから仕方ないのかも。


 それと何故か、パーティーの途中でシュライゼン様にダンスの練習をさせられて、その後にカイルキア様と踊ることになり。



「なんでか、少し怒らせちゃったけど……」



 あれって、まさか。


 いやいやいや、まさかそんな。


 前世の、ダンスを踊ってたって友達に嫉妬だなんて。


 あり得るのだろうか?



「いやいやいやいや、ないないないない」



 部屋に戻ってから、ロティはスタミナが結構減っちゃったので今は先に寝ちゃってるけど。


 私は、まだ頭が冴えて寝れないので、振り返って自問自答の反省会をしてるなう。


 とにかく、あのシンデレラタイムが夢のようで。


 勝手な思い込みかもしれないが、まさかカイルキア様も、とかと想像しちゃって。


 せっかく、お風呂でリラックス出来たのに、ダメだ眠れない。


 これはもう、頭を冷やす意味で夜の散歩に行こう。


 お屋敷の敷地内だから、不審者とかいないし大丈夫。


 そう思い込んで、夏だけど夜風は冷えるからカーディガンを羽織って裏庭に出ることにした。



「…………いい、香り」



 花の手入れが綺麗に行き届いてるおかげで、夜の風に乗って花のいい香りがする。


 そう言えば、その手入れをしてるらしい筆頭庭師さんのライオネルさんから、おやつのリクエストがあったのに、まだ実行してなかった。


 今日のためにメニューを考え直してたから、うっかりしてた、と明日忘れずに頭の中でメモした。



(……カイルキア様にも、喜んでもらえるかなぁ)



 今日のパーティーメニューも、時々見に行ったけど一生懸命召し上がってくださったし。


 あのダンスの時は、本当にびっくりしたけど嬉しくて。


 もう二度とないんじゃないかってくらいに、切なくはなったけど。


 それでいいんだ、と思うことにした。


 いくら好きでも、やっぱり孤児の私には玉の輿だなんて到底無理だから。



「だから、想うだけは……いいよね?」



 時間が経てば経つほど、自信を持てなくなってはくるけれど。想う事だけは、どうか許してください、と願わずにはいられない。


 悠花ゆうかさん達には、自信を持ちなさいとか身分差はこの国じゃ気にしなくていいと言われてても。


 やっぱり、他国で孤児として育った環境と前世の記憶が障害になって、素直には思えなくなってしまうのだ。


 悪い癖だろうけど、こればっかりは。



「…………少し、歌おうかなあ」



 やっぱり頭が冴えてしまったのと、眠れない事に変わりないから。


 ロティがオーブンモードの時に歌うようなのではないけど。


 私は、この世界で生まれて、家族の思い出らしい記憶が一つだけ持ってた。


 それが、母親らしい女の人の子守唄だ。歩いてる周りには誰もいないし、大声でなきゃ歌っても大丈夫だろうと口を開ける。




「優しい夢よ

 優しい風よ


 おやすみ、なさい

 おやすみ、愛し子よ」




 歌えるようになったのは、3歳くらいだったか。


 それまでは、フレーズを口ずさむだけでたどたどしかった。


 だけど、何度も思い出して練習するうちに、それらしくなり、孤児院を出るまでは下の子達に歌ってあげたりもした。



「大地に、広がる緑の四季

 芳しい、花の香り


 さらさ、さらさ、手を取りましょう


 その目に浮かぶ、愛し子のために


 手を繋げば、届くところに


 すべての愛しさ、見えてくる」




 なんて事のない言葉の使い方だけど、私は気に入っている。


 だって、この世界に生まれて、孤児にはなってもちゃんとお母さんの記憶があるってわかったから。


 これは、マザー達に聞いてもホムラ国の歌ではないと断定されてるので、自信がある。


 子守唄だから、あまり長くない歌なのでそこで終わると…………何故か、すぐ近くで拍手が。




「…………え?」


「素晴らしかったぞ、チャロナ」


「か、カイル……様!?」



 まさか、さっきまで考えてた張本人が。


 茂みの一角からいきなり現れて、しかも拍手をしていて。


 堪らず、テンパって、あたふたしていると。彼はこっちにやってきて私の頭をぽんぽんと撫でた。



「落ち着け。おそらく、俺以外に聞かれていない」


「そ……そう、ですか?」


「ああ。だが、珍しいな。ロティは?」


「ね……てます。わ、私は……寝付けなくて、ここに」


「そうか。俺も同じだ」


「そ……う、なのですか?」



 じゃあ、まさか。


 歌の最初どころか、私の想いまで聞かれた?


 けれど、答える様子がないので、聞かれてなかったのかもと少しほっと出来た。



「風呂上がりだが、少しばかり鍛錬しててな。そうしたら、お前の歌が聞こえてきた」


「お、お耳を汚してしまってすみません!」


「どこがだ? 先ほども、俺は褒めたはずだが?」


「うう……」



 やっぱり、最初から聞かれていたんだ。


 穴があったら入りたい気分にもなったが、もう遅い。


 けれど、やっぱり朝昼晩と、鍛錬をされてて凄いなと思った。



「ず、ずっと……鍛えていらっしゃるんですか?」


「? ああ、冒険者をやめても、日課になってしまっててな。何もしないでいると、体が鈍る」


「ずっと……」



 少し前に、メイミーさんから伺った、婚約者さんを失う前か後か。


 聞きたかった。


 けど、怖くて聞けなかった。


 カイルキア様は、私が黙ったままになってると、何故か顔を覗き込んでこられた。



「どうした? 寒くなってきたか?」


「! い、いいえ……くしゅ!」


「ほら、言ったそばから」


 すると、肩にかけてただけのカーディガンの上に何か羽織らされた。


 ちらっと見ると、それは大きな男性用のカーディガンで。



「え、これ」


「返すのは、明日以降でいい。お前は明日も早いから戻って横になっていろ。目を閉じるだけでも、違うはずだ」


「で、でも、カイル様も寒いんじゃ」


「まだ鍛錬が終わったばかりで暑いくらいだ。気にするな」



 ほら、と肩を掴まれたと思ったら、くるっと半転させられて背中を押されてしまった。


 雇い主のお気遣いを、無駄にしちゃいけないか。


 仕方なく、私は明日カーディガンをお返しすると告げてからその場を後にした。



(……あったかい)



 それと、変態になってしまったかもしれないがいい匂いに包まれてる気がした。


 部屋に戻ってから、それを丁寧に畳んで、私はもう一度その匂いを嗅いでしまったのだった。







 *・*・*(カイルキア視点)









 チャロナの姿が遠くなってから、俺は木の幹に体を預けた。



「……伯母、上」



 思わず口に出してしまうくらい、姫が歌ってた時の声音が亡くなった伯母上と似過ぎてて。


 耳に届いた時、まさか伯母上のゴーストではと思いかけた程。


 実はその娘が歌ってたと知った途端、目頭が熱くなったのを堪えた程だった。


 だから、表面上は取り繕って、離れた今、涙が流れるのを止めはしない。



「……あの歌を、覚えていただなんて」



 伯母上もだが、俺もまだ表情がよく出てたあの頃。


 一緒になって、歌って教えてた歌の一つだったのだ。

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