54-3.ほぼ回復②(カイルキア視点)
*・*・*(カイルキア視点)
「とにかく、シュライゼン様のことを本当に心配されていまして」
「あれは、父上殿に似てやんちゃが過ぎるからな」
「え、シュライゼン様のお父様も?」
「この間は落ち着いて見えてるようにしていたが、あの人も息子並みに酷い」
「そ、そうなんですか?」
不思議だ。
母や妹以外に、幼馴染だった一部の女性を除くと、話すらする気が起きなかったのに。
想う相手だからと言うだけで、こうもすらすらと口から出るものなのか。
いつもなら、無心で剣の稽古に明け暮れている時間帯なのに、こうしてベンチでただ話すなど……同性ならまだしも、年若い異性となどほとんどあり得なかったのに。
今こうして、
ロティの方は、気を利かせているのかあまり話しかけては来ないでいるが。
「幼い頃など、からかわれるのなら可愛い程度で、色々騙されたり罠にかけられたものだ。もっとも、それは親子同士の喧嘩みたいなもので、俺は単に巻き込まれただけだが」
「ちょっと、意外です」
「一応は使者として出向いていたからな? 体裁はいくらでもつくろうだろう」
事実、親バカなところだけは剥き出しになるのを堪えてたと、マックスやシュラも口にしていたが。
直後に、カイザーク卿から真実も打ち明けられたので、それどころではなかったのもある。
俺も、未だに信じられない、彼と彼直属の部下にしか知られなかった、姫に関する真実。
俺もごくわずかながらも関わっていたが、あの頃は幼な過ぎたのと、
だから、姫を誰が自分の手から連れ去ったのか、記憶に残っていなかったのだ。
(それが、今。自らの手で見つけて……側にいる状況が奇跡に等しいのに)
16年ぶりに再会した、目の前にいる姫は……本当にあのとき亡くしてしまったアクシア伯母上に瓜二つ過ぎて。
でも、まったく違う女性と言うのはわかる。
朗らかなところはよく似ていても、育った環境と蘇った前世の記憶が混ざって、伯母上とは違う……真面目でも謙虚な性格が目立っている。
よく笑ったり、驚いたりもするが、どこか不安げだったり寂しそうな気配もあって。
何がそんなにも自信がないのかと考えてみても、思い当たると言えば……俺を想ってる事かもしれない。
不本意ながらも、彼女自身の気持ちを知ってしまったが。
俺は女性への対応が、どうも疎いため、その心情がわからないでいる。
ただ、少しわかったのは、誰もが察した『身分差』。
強固派とはまた違うが、彼女はこれまでのほとんどをホムラを含めた他国で育ったために、身分差を異常な程気にしているのだろう。
(何人かが、おばあ様や過去の王妃について教えたと言っても、特に変わり映えがないとマックスは言っていたが)
それでも、自分に自信がないところもあると。
俺には、よくわからなかった。
誰をも魅了する美しさを持ち、性格も控えめなところはあるが基本的に明るくて行動的。
俺をも魅了してしまったその内面があるのに、どうやら俺が見向きもしないと思っているようで。
そんな事はない、と言いたいが口下手と本音が言いにくい俺はここまで会話が続いた女性がいるだけでも奇跡に近いのに。
何故か、彼女の本来の家族についてしか話せないでいる。
「けど、この間いただいた麺棒って……本当に武器として使ってもいいんでしょうか?」
話題は変わり、陛下が彼女に与えた金の麺棒の事になった。
たしかに、彼女は料理人だから調理道具をあのような素材で作り上げるのは有りかもしれないが。
いささかやり過ぎではないだろうか?
麺棒を棍棒のように使うにも、この女性には武道の心得もない。魔法については、王家の証が目覚めて適性はあったものの、それとこれとは別だ。
「…………武を覚えたいのであれば、なんなら俺が師になってもいいが」
「え、え、え!? そ、そんな! 旦那様にわざわざ!」
「俺は気にはしないがな。マックスの方は、バトルアックスや剣がメインだが……感覚派故に教えにくいしな」
「そ、そうなんですか? この間お見かけした時は、しっかり打ち合われていたような」
「あれが幼少期の頃から打ち合っているからな。お互いをよく知ってるからしっかり出来てるように見えるだけだ」
「へー……」
我ながら、わがままな提案をしたと思ったが。やはり、謙虚なところが目立つ彼女には断られてしまった。
実際、マックスが教えるのが苦手と言うのは嘘ではないのだが。
すると、彼女はいきなりぽんと手を叩き出した。
「そうでした。昨夜、リ……アイリーン様とお会いしたんです」
「…………リーン?」
何故、いきなり歳の離れた自分の妹の名が出てくるのか。
この間寄越してきた手紙については特に返事をしないでいたので乗り込んできたにしてはおかしな点がある。
馬車が来たとも、
あれの目的であるレクターからも、特になんの連絡もない。
なら、どうして……と俺が黙っていると、姫が実は……と口を開いた。
「実は……シュライゼン様やフィーガスさんに転移の魔法を教わってたんだそうです。それがだいぶうまくいって、昨日は私の部屋近くに着いたと」
「…………あいつら」
一番教えたくなかった魔法をあれに教え込むとは。
しかも、ほぼほぼ成功していると言う事は、次くらいには成功するかもしれない。
兄である俺も同席してる可能性が高いのに、妹には甘いのがわかっているからか。
が、俺達のところに来なかったと言う事は、姫が帰宅させたのだろうか?
「昨日は、
「……なら、父上に盛大に怒られてる筈だ」
「や、やっぱり……」
どちらからも知らせがないようなら、父上がなんとか注意してるはず。
が、レクターへの想いが溢れんばかりの今の妹では、いつレクターに突撃しにいくかわからない。
今も来ていないが、あの妹のことだから監視の目を盗んでこの屋敷に来てもおかしくはない。
なら、と携帯用の魔法鳥一式を懐から取り出して、すぐにレクターへ注意をするように書き込んでから飛ばした。
「あのじゃじゃ馬娘は、行動力があり過ぎるからな……」
「けど、好きな方のために一生懸命なところ素敵だと思います」
「…………度が過ぎてないといいんだが」
「ふふ」
俺の妹にしては行動力があり過ぎだとは思うが、その姿を素敵と言うこの女性は。
自分の事については、行動的にならないのだろうかと、少し気になる。
ましてや、向いてる相手が俺自身なら。
少しうつむかせていた顔を上げると、ちょうど目線が合ってお互い見つめ合う形になってしまった。
(…………伯母上に似ているが、伯母上ではない。愛らしい少女だ)
いつ、この人に惹かれたと言うのは未だによくわかっていないが。
見つけた時の、あの低いながらも崖から落ちた時の、言い表せない程の衝撃を受けた時には……もう、心に決めていたのかもしれない。
(二度も、失いたくない、と思ったからこそ……)
気を失ってから目覚めるまで、執務も手につかず。
目覚めてから、何気ない素ぶりで接しても、生きてると分かれば鼓動が高鳴り。
今日までひと月くらい経ったが、使用人として生活している中でこの人の表情は生き生きとしたものになっていて。
どこにも、絶望に陥っていたあの時とは違う。
ただの、明るい少女として日々を楽しんでいる。
それを与えられるきっかけを作ってくれたのは、他でもない、乳兄弟のレクター。
彼には、感謝しなければならない。
だからこそ、俺よりも先に幸せになってほしい。
「……その、妹についてどう思った?」
「り、リーン様について、ですか?」
だから今は、俺達の仲を無理に進めずに行きたいと言う思いがある。
俺が口にしたところで、この人が想っていても受け入れてくれるかどうか、定かではないからだ。
なら、まずはこの人の心の安定を作っていく方がいい。
「実は、レクターの方も気にかけてはいるんだが。子爵家と公爵家の身分差では釣り合わないと、気にしてる節がある」
「えっと……先生の方が身分が低いんですよね?」
「ああ。しかし、父上は気にしていないし。俺も別に気にはしていない」
「けど、わかります。好きな人が困らないか……とか」
「っ、そうか」
では、この人も。
俺が困るかもしれないと、思っているのだろうか。
この国の歴史を知った上でも、尚。
なら、どうやってその不安を取り除いてあげてやれるか。
レクターも含め、考えなくてはいけない。
『ぷーぷぷぷっぷ。時間でふ!』
とここで、ロティに頼んでたらしいアラームが時間に区切りをつけてしまった。
仕方なく、話は中途半端になってしまったが。
俺もいい加減、執務に戻らなくてはならないので二人を部屋に送る事にしたが。
「お久しぶりですわ、カイルお兄様!」
「……リーン」
「り、リーン様!」
『でふぅ!』
一階の魔法陣に乗せる直前に、本当に身につけたらしい転移で現れた妹との遭遇となった。
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