46-2.トラウマを思い返す






 *・*・*








 悠花ゆうかさんと二人で話がしたいので、ロティは人型のままのレイ君と夜の散歩に行ってもらい。


 ロティはいい子に返事をして、対するレイ君が声を上げそうなくらい喜びを体現してたが、ロティの手前、カッコいい男の人をアピールすべく我慢してたのがおかしかった。


 だいたい、二時間くらいお願いして二人が出ていったのを確認してから、ベッドじゃなく床のラグマットの上に悠花さんと腰掛けた。


 記憶が戻ってから、どうもベッドより床に座るのが落ち着くんだよね。



「……で? 夕飯の時に考えてたって言うのはなーに?」


「悠花さんとかには、隠す程でもないけど……」



 サイラ君達がいる手前、少し話しにくかった。二人には、私が元冒険者だって言うのは話したけど追い出された事については全然。


 話してもいいかもしれないが、あまりいい話題じゃなからあの時は誤魔化してしまった。


 けどその事も、今から決めていいかもと悠花さんには包み隠さず話そう。



「? あたしに話してもいいってことは。カイルの事?」


「ち、違うよ!…………抜けさせられたパーティーについて」


「あら残念。けど、そっちの方はあんまり思い出さないようにしてたみたいだけど。なんか心境の変化でもあったの?」


「うーん。これと言って大きな変化はないんだけどね?」



 やっぱり、元女の人だから恋バナがしたいと思ったんだろうけど。


 本当の事を話せば、用意してた紅茶をひと口飲んでからちゃんと聞く姿勢になってくれた。



「けど、チーちゃんと出会ってからのあたしが見てる範囲じゃ。あんたパン作りとか好きな料理が出来てるから生き生きしてるわよ? そのお陰で、トラウマにも少しずつ振り返られる余裕が出てきたんじゃなぁい?」


「そ、そうかなぁ?」


「少なくとも、昨日もそんな感じだったわよ。あの涙は悲しいものじゃなかったみたいだし」


「そ、そう?」



 相変わらず、洞察力の鋭い人だ。


 けど、恋愛面に関してはちょっと鈍いお茶目さんなとこもある。それは一旦置いといて、今は私の話だ。



「どっちかと言えば、『懐かしい』って感じの涙だったわよ。あたしとカイルに前のメンバーを重ねてたの?」


「!……うん。あそこでも、戦士ファイターのリーダーと重戦士アーマーの男の子がよく訓練してたの。ほんのちょっと前のことなのに、あんな風に打ち合いしてたなぁって思い出したら急に」


「うんうん。で、今日はまた少し違ったの?」


「えーと……お出かけって言うの。正直あの頃のメンバーとはほとんどなかったなぁって」


「……は?」



 悠花さんにもまだまだ話していない事は多い。


 あのパーティーにいた頃どんな生活をしていたのか。


 どんな風に接していたのだとか。


 私が振り返れる範囲でも、所属してた最初の数ヶ月以外は本当に家政婦と変わりない雑用係だったもの。



「街とかで食材調達に行くのも、荷物持ちになってくれたのはほとんど男の子だったし。無口な子だったからあんまり話してなかったんだぁ。女の子達は、私が作れないからってポーションの調達とかで別行動だったし」


「ちょっと。それはわからなくもないけど、ガールズトークとかお茶しに行くことも?」


「うん。私が雑用で忙しかったからかもしれないけど、誘われて……ない、ね」


「はあ!?」



 男の子ばっかりのメンバー内で数少ない女子メンバーでがあったが。


 いつも、シミットはミッシュと一緒に行動してて。


 避けられてるのかと思ってたけど、今思い返せば、最後の時の表情で少し違うんじゃないかとわかった。


 ただの雑用係としてしか見てなかったら、あんな悔やむような表情を見せないわけがないから。


 だから、その事も悠花さんに伝えよう。



「あのね。追い出された直後は気持ちに余裕が全然なかったけど、今なら少しわかるかも。あそこではたしかにお荷物だったかもしれないけど、まったく必要とされてなかったわけじゃないって」


「……それが、夕飯の時に思い返してた事?」


「ちょっとね? あの子達の事、少し前までは思い出すのも辛かったはずなのに……ここに来て色々と変わったから、それがきっかけだったかも」



 前世の記憶を思い出して。


 ロティと出会えて。


 カイルキア様と出会えて好きになって。


 悠花さんを含める色んな人達と出会えて。


 友達も出来て。


 こんな短期間で、いっぱい色んな事があったから毎日が本当に楽しくて。


 楽しくて、幸せ過ぎて、少しいいのかなって尻込みしちゃう。


 パーティーの皆よりも幸せでいて、本当に良かったのかなって。


 それを言うと、悠花さんからも『あたしもよ』と言ってくれてから、柔らかな笑顔を見せてくれた。



「あんたのお陰で、あたしは念願叶ってエイマーと結ばれたのよ。あんたの後押しがなきゃ、あたしはずっと臆病になってたわ」


「ふふ、そうかも」


「ちょっと、そこは否定するんじゃないの?」


「だって、悠花さんのヘタレっぷりはすごかったもん」


「んもー、否定出来ないのが悔しいわ! けど、あんただってうじうじしてないで、いつかちゃんとカイルに言うのよ?」


「え、えー……言わなきゃダメ?」


「ダメ。あたしも自分から言ったんだし、あの無表情ボンクラにはこっちから言わなきゃ本心が伝わりにくいわよ」


「ぼ、ボンクラって」



 カイルキア様の表情の変化はそんなにもないのはわかっているけど。中身まで、そんな事はないはず?だよね?


 けど、私が知らない事が多いのは当然なので、悠花さんはカイルキア様の事について語り出してしまった。



「冒険者時代の頃も、そりゃぁモテまくってはいたわよ。けど、寄ってくる女どもには目もくれずに、討伐依頼ばっかこなしてたわね? 冒険中は援助金も定期的にもらえてても額はたかが知れてるし、カイルを筆頭に稼ぎまくってたわ。お陰で、あたしのツテも色々広がったし貯金はほくほくだーけーどー」


「…………んー。カイル様って、女性の人が苦手とか?」


「苦手って言うか。露骨に迫ってくる女なんて誰でも嫌でしょ? 出先で出会う奴にはそう言う連中も少なからずいたし。でも、当時のあたし達には目的があったから構ってる余裕もなかったわ」


「目的?」


「!……んまー、人探しよ。国からの依頼でね、ある人物を探してたんだけど……結局見つからずに、カイルとフィーは任期を迎えて家を相続したから」


「それで悠花さんは一人で活動してたの?」


「んまー、そうね」



 貴族の人が冒険者になってまで探してた人間。


 誰だかものすっごく気になってしまうが、悠花さんの口ぶりだと詳しくは話してもらえそうにないかも。


 ましてや、国からの依頼だったら本当は探してた事も秘匿事項だったかもしれないし。



「そうなんだ。私の方はとにかくレベル上げを目指すばっかりのメンバーだったから、大きな目標と言えばそれくらいだったかな?」


「普通の冒険者だったら、とりとめておかしなとこはないわね?」


「あ。悠花さんに憧れてたメンバーはいたよ? リーダーなんだけど」


「……そいつ、あんたを脱退させた張本人じゃないの?」


「あ、まあ、うん。そうだけど……なんでか、済まなさそうにしてたんだよね?」



 自分から言っておいて、翌日の見送りの時も一番に悔しがってたように見えた。


 記憶が戻る前は、そんなにもいらない相手だったのかと悲しい気持ちに占められてた心だったが。


 今思い返すと、何かあったかもしれない。


 だって、このセルディアスに入って数日も立たないうちだもの。



「家政婦みたいな雑用しか出来ないってあんたは言ってたけど。それって、炊事能力が飛び抜けて上手いってことよ? あたしは前世でもちょっとくらいキャンプに行くこともあったからアウトドア経験があったんで、役には立ててたけど。生活魔法抜きに一から火を起こせって言われても無理。料理も、カレリアは壊滅的だったから無理。他の連中はお茶淹れれる程度だったもの。最初の頃はムッチャ大変だったわ」


「そ、そうなんだ……? 私は、孤児院でもお手伝いしてたからあんまり実感ないんだけど」


「そりゃあね? けど、あいつら今もムッチャ悔やんでるはずよ。全部任せてた事を全部自分達で一からやらなきゃなんなかったもの。悪く言ってごめんだけど、ざまあみろってね」


「……怒ってる?」


「追放させる奴にいい奴がいるとは限らないわ! 今のチーちゃんはちゃんとこの屋敷で生活出来てるんだからいい事でも」



 たしかに、それはそうかもしれない。


 マシュランは苦渋の決断をして、私をあそこから追い出した張本人だから。


 何か理由があっても、ちゃんとパーティーのためでもその理由を話して欲しかったと今なら思える。


 あの時の、前世の記憶のない私は、毎日を必死に生きる事に精一杯で何も余裕がなかったから。



「だから、トラウマが少しずつ消えてくのはいい事だけど。今を大事になさい? チーちゃんは世界で唯一、メシマズなこの世界を変えてく能力がある女の子なんだから」


「う、うん」


「そして、カイルの胃袋は完璧に掴んでるんだから。早いことゴールインなさいな!」


「まだ告白もしてないのに!」


「じゃ、明日言う?」


「無理! まだ自信が持ててないから無理!」


「じゃ、そこらの貴族令嬢からアピールされまくってもいいの?」


「やだ!……あ」


「まあ、急ぎ過ぎても仕方ないとは言うけど。誰かに取られかねない可能性もあるんだから、ちゃんと言いなさいよ?」


「…………うん」



 けど、アピールって何をすればいい?


 今だって、毎日のパン作り以外何も見せれていない。


 好きになってもらえるような要素って、とくにないように見えるし。



「……あら。チーちゃん、変に顔が赤いわよ?」


「ふぇ?」



 ちょっともんもんと考え込んでたら、悠花さんに顔を覗き込まれておでこに手を当てられた。


 なんだか、少し冷たくて気持ちがいいと思えた。



「ちょっと、夏風邪!? それか式で緊張しまくってたから知恵熱?」


「う〜〜手が冷たいのが気持ちいい……」


「どっちにしても、調子が悪いわね? レクターのとこに行くわよ!」



 と、問答無用でお姫様抱っこをされて。


 レクター先生の診察室で診てもらった結果は、夏風邪でした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る