22-2.与えられた任務(シュィリン視点)
*・*・*(シュィリン視点)
俺が皇子じゃなくなってしまった理由は、そう多く語る必要はない。
皇帝だった父が、纂奪を狙っていた二人目の弟……いわゆる叔父上に殺され、俺は亡命したわけだ。
内乱も起こったが、その後は上の叔父上が取り返して皇室も内乱も落ち着いたが。
俺は、もう皇室には戻るつもりはなかった。
亡命先で過ごした時間が長いせいもあったが。
まだ幼過ぎたため、父もだが内乱で母も兄弟も失い。嫡子の俺だけが残っても、縁戚がいたとしても居場所がないあそこにいても意味がない。
物心ついたしばらく経った頃に、皇帝となった叔父上からの使者が来ても俺の心は変わらなかった。
そうして、ひとり立ち以降の進路を決めかねてた歳になる時に、セルディアス城から一人の使者が来られたのだ。
『我が国の王女様があなたのように、他国へと亡命されています。縁があってか、あなたの出身国であられるホムラの孤児院に』
仔細にわかっているのであれば、迎えに行けばいいと俺も言えなかった。
この国も今、ホムラと似た状況になっていて現在は戦争が繰り広げられている。
様子を見に行こうにも、ホムラまでは少し遠い。
だからこそ、中央孤児院に在籍していた俺が選ばれたのだろう。
『迎えに行けばいいのか?』
『いいえ。一年だけ。一年のみ、あの方のお側にいてください。それだけでいいのです』
『……承知した』
そうして、当時の院長だったマザーにだけ事情を打ち明け、俺は姫がいるらしいキツカの孤児院に留学する形に。
10年近くも足を運んでいなかった故郷だったが、やはり懐かしさは感じ。
孤児院の方もこじんまりとしてはいたが、清潔感があふれててリュシアと大差がなかった。
在籍してた子らの前で簡単に挨拶を終えてから、俺は彼女の担当だったマザー・リリアンに事情を打ち明けた。
『皇子、よくご無事で。ですが……こちらには戻られないのですね』
『あそこはもう叔父上の物。自分がどうこうしても、直系に変わりないのだから、皇位を継ぐつもりは毛頭ない』
『左様ですか。でしたら、私も何も申し上げませぬ。それと、姫……今はチャロナと名乗っているのですが』
『それは洗礼名では? 使者殿からお聞きした名はマンシェリーだと』
『それが……同じ使者殿か私も存じ上げていませぬが、姫をお連れになられた方が申すには』
【───────……この方の御身をお守りするためには、洗礼名を名乗らせよと。亡き王妃様が】
リリアンもそれしか告げられなかったようで。
使者らしい男との接触もそれっきりだとか。
王妃様の真意も、亡くなられてしまったので誰にもわからない。
『ですので、私も普段はチャロナと呼んでいます。挨拶の時に私にくっついていた緑の髪の子ですわ』
『セルディアス王家の証。この国の子だと、庶民では知らない事実だから』
俺自身は、セルディアスで育ったので知っている。
と言うよりも、王子が従兄弟殿とよく遊びに来るからだ。たまたま、王子の逗留先としてリュシア内の屋敷に匿われているからだが。
『ええ。だからこそ、普通の女の子として生活しています。だから、皇……いえ、シュィリン
『……承知した』
期限は、一年。
連れて帰る訳でもなく、共に生活するだけ。
と言っても、女子供に群がれるのは、母上似のこの顔のせいで辟易していたんだが。
思いの外早く接触した、チャロナからはそんな事はされなかった。
『……え、と。えと……新しく来たおにーちゃん?』
当時、チャロナはまだ6歳。
リュシアの院長室で見た、亡き王妃様の姿絵とよく似ていた。
(遊んではいたようだが、一人だけで……?)
同じ年頃の男女はいくらでもいたのに、ほかに誰もいない。
裏庭で少し昼寝をしようかと休もうとしてた時に、花で遊んでたチャロナに出会ったのだ。
『ああ、シュィリンだ。呼びにくいだろうから、シューでもリンでも好きにしてくれていい』
『じゃあ、リンお兄ちゃん!』
そう言いながら、嬉しそうに笑ってくれた表情は。
将来、絶対に数多の男どもを虜にしかねない、愛らしい笑顔だった。
危うく、俺もなりかけたが。目的を違えてはいけないと気を引き締めた。
『一人で遊んでたのか?』
『んとね。同じ部屋の子、皆風邪なの。だから、お見舞いのお花だけつんでたの』
『そうか』
他人との交流が不得手ではないらしい。
たまたま一人だったのならば、仕方がない。
『なら、俺も手伝おうか?』
『いいの?』
『どうせ、暇だったからな』
『ありがとー』
その日を境に、彼女とは仲良くなり。
俺を見かければ、すぐに飛びついてきたり、後ろからついてきたりと。
本当に、妹のようによく懐いてくれた。
だから、再会した彼女に言った『別れ難かった』と言ったのも嘘じゃない。
「…………そうして、再び使者殿からは『どなたにも告げぬように』と俺や元院長に告げてからずっと……胸に秘めてました」
「な〜るほどねぇ?」
陽光のフロアで、シュラ様とオーナーの前でチャロナとの過去を打ち明け。
秘めてた事も包み隠さず伝えたが。
何故か、オーナーはともかく、兄であられるシュライゼン様の機嫌が未だに治らない状態だった。
「…………その使者、どんな奴だったんだ?」
「……正直言って、わかりません。契約精霊がいたのか、オーナーのように一つの形態ではなく複数の
年齢も見た目もバラバラ……と言っても、接触は片手で数えられるだけ。
最後に接触したのも、実はこちらの孤児院に帰って来てからだ。
それから、本当に10年以上何も音沙汰がない。
だから、オーナーから伺った『マンシェリー姫の捜索任務』を耳にした時も、どうすればいいのか自分で判断が出来なかった。
逆に使者本人を探そうにも、姿形を変えられ過ぎて手がかりすらなかったから。
「それならば、片っ端からこっちで調べるしかないんだぞ。今は、シュィリンも我が国の隠密部隊。元ホムラの皇子関係なく、俺の部下でもあるんだ。これ以上は責めないんだぞ」
「ありがたく存じます」
主君にそう言っていただけるのであれば、俺の肩の荷が一つ軽くなった。
「じゃ、シューを責めるのは無しになったけどぉ?」
「オーナー?」
手を叩いて、ひとまず終わりかと思ったら何か別件で俺に言いたいことがあるのか。
いやに、黒い笑顔で俺の方に振り向いてきた。
「チーちゃんは戻ってきた。あんたも聞いてるでしょうけど、そこのシュラ達が決めてカイルとは婚約しちゃってるのよ? 幼馴染みを、ある意味奪われてあんたなんとも思ってないの?」
「……そのシュラ様がいらっしゃるのに、聞くんですか?」
「俺も知りたいんだぞ!」
……まったく、鋭いところを突かれてしまったものだが。
「少なからず、想っていた時期はありましたが。それは、兄がわりのつもりです。今は皇室の人間でもない自分が、王家と結ばれるなど差し出がましい事ですよ」
「チーちゃん、これだけ美人に育ったのに?」
「逆に、振られたんだなと実感しましたよ。彼女の心には、もういるんだなと」
「……いつ、気づいて?」
「俺を認識した時も、恋とは違う表情でしたからね」
きっと、彼女の心を射止めたのは……ローザリオン様だ。
あの方も大変魅力的ではあるし、同じように表情を変えられないでいるが。
チャロナが信頼して、それ以上の感情を抱いているのは。本人が気づかずとも、寝るまでの会話で察せれた。
だから、俺もほのかに抱いてた想いは、消し去る事にしたのだ。
「……むにゃ、カイル様。おかわりのカレーパンもうないですぅ」
「「「…………」」」
急に聞こえた寝言に、俺達は笑いを堪えるのが大変だった。
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