22-1.リンお兄ちゃんと






 *・*・*








 次回のお菓子教室をいつにされるかは、シュライゼン様とマザー・ライアが決める事になり。


 私はと言えば、事前にお約束させてもらった『リンお兄ちゃんとお話しする!』を実行させてもらってます!


 場所は、孤児院じゃなくてマックスさんのお店。


 前に座った陽光のフロアを贅沢に二人で使わせてもらうことに。


 ロティは、別室でレイ君とお留守番をしてもらっています。


 邪険にしないわけじゃないけど、せっかくのお兄ちゃんとの再会。最初は、二人だけで居たい。


 そんなワガママに、悠花ゆうかさんが何故か困った笑顔でいたけれど……何でだろう?



「…………それで、チャロナ。話というのは……?」



 ちょっとお茶を飲んだだけの仕草なのに。


 カイルキア様とはまた違った気品溢れるそれにまぶしさを感じたが、そうじゃない。


 言い出しっぺは私なんだから、言わなきゃ。



「お……」


「ん?」


「お兄ちゃんと、会えて良かった……ふぇ」


「お、おい、チャロナ!」



 もっといっぱい言いたいことは山ほどあったはずなのに、やっぱり涙がこみ上げてきて。


 マザー・ライアと対面した時のように号泣しないように耐えてはいるものの、結局は泣いてしまった。


 リンお兄ちゃんの確認をした時に我慢してた涙が、もうそれが出来ずに崩壊した。


 だけど、少しはしゃべれるから、お兄ちゃんに涙を拭いてもらいながらも続けた。



「い、一年しか一緒にいられなくて……ずっと寂しくて、我慢出来なくて、この国って知らなかったけど……冒険者になって」



 たった一年とは言え、あの頃は楽しかった。


 期間限定とは言っても、可愛くて優しかったリンお兄ちゃん。


 当然前世の記憶なんかがない私は、年の離れてたお兄ちゃんに一番に懐いて。


 甘えて甘えて、リリアンさんからは本当の兄妹のようねと言ってもらえた。


 だから、別れがすっごく辛くて。


 いつかまた、過ごしたいと子供ながらに思っていた。



「…………俺も、別れは辛かったが。あの頃と変わらぬ泣き方だな? 10年経ったんだから、今は大人だろう?」


「ごめんなさい……」


「まあ、それでこそのチャロナだがな?」


「っ!」



 反則だ、反則だ!


 表情の変化が少ない人の、ちょっとした微笑み!


 カイルキア様とまた違う美しさ!


 神々しくて、やっぱり眩しい!


 と、何故カイルキア様と比較してしまうのか自分でもわからないが、借りたハンカチで何とか涙を拭く。



「セルディアスの事を伝えれば良かったが、あの頃のお前では付いてくると言いかねなかったしな?」


「うー……自分でも自覚するくらいべったり、だったし」


「俺のようにあまり笑わない奴に、ひな鳥のようについてきてたからな? 今日の菓子教室では随分見違えたと思った」


「あれは……ほとんど、前世の経験のおかげだよ」


「それでも活かせたのは、チャロナ自身だ。自信を持て」


「っ! うん!」



 美形でもタイプが違うのに、お兄ちゃんとカイルキア様ってなんだか似てるかも?


 やっぱり、表情の変化があんまり大きくないから?



「まあ。俺については、キツカとの交換留学を終えてからはずっとここにいたな。あとは、教室が始まる前にチャロナが推測した通りだ」


「そうなんだ。今日は、悠花さんにお手伝いに呼ばれたって言ってたけど……あの格好は?」


「……あれか。一応卒院生とは言え、部外者に変わりないからな。義務ではないが、制服を借りてただけだ」


「あ、じゃあ……私もいつかキツカに行く時には、マザー達の制服借りた方がいいかな?」


「あそこはこちらより規模は小さい。マザー・リリアンも気にされないのではないか?」



 アポは取るつもりではいるけれど、文通のやり取りはした方がいいかもしれない。


 冒険者になった場合、三年以内は魔法鳥もダメだとは言われていたから。



「あ、卒院してまだ三年経ってない!」


「魔法鳥は難しくとも、報告の手紙くらいはいいだろう? チャロナは正式にローザリオン様の使用人になったのなら」


「そ、そうだけど。普段好きなパン作ってるだけだよ?」


「物は届けられぬが、十分な出世だろうに。あの方は、王弟の子息だしな」


「おうてい?」


「知らなかったのか? 現国王の弟君が父親なんだが」


「oh......(´・ω・`)」



 ますます身分差を感じてしまう。


 昨日悠花さんに無理くり恋バナのようなのを一方的にさせられてしまったが、正直言ってわからない。


 前世も彼氏とかいなかったし、この世界でも出来るとは思ってもいなかった。


 だから、せめて生きていられればいいなぁって。



「…………まあ、俺が言うのもあれだが。あまり、気負うな? オーナーに少し聞いたが、他の使用人達に頼み込まれるくらい、美味いのが出来ているのだろう?」


「まあ……前世、元パン職人だし……ロティがいてくれるから」


「それでも。今日の成果はチャロナ自身なのだろう? 契約せ……ロティは使わなかったじゃないか?」


「……うん」



 子供達にも出来て、いつでも作れるお菓子のようなパン。


 そう思うと、前世でお父さんが時々作ってくれた鬼まんじゅうが一番じゃないかなってすぐに思いついた。


 あれは、材料を変えてもっと違う食感にも出来るけど。


 最初に教えてくれたあのレシピは、私の思い出の味。


 またやりたいって言ってくれた、ケーミィちゃんって子よりも、もっと小さい頃に教わった。


 ちょうど、こっちの世界でお兄ちゃんと別れた6歳の頃くらいに。



「それに、この前セルディアスに来た時の件で感謝状もいただけるのだろう? 出自問わず、立派な功績に思うが」


「え、悠花さんに聞いたの!?」


「それと……街で少々噂にはなっている。あの糞子爵のせいで、被害にあった女性は多いからな。是非、謝礼をしたいと冒険者ギルドにまで問い合わせがいっている」


「…………けど、ほとんど覚えてないよ」


「それもオーナーに聞いた。が、シュラ様が決められたとなれば、いずれリュシアにも伝わる。そこは落ち着くだろうから、安心しろ」


「うん」



 ほんとに、あの時の私は何をしたんだろうか。


 ただ、あの子爵って男の言動が許せなくて。


 エピアちゃんが、連れ去られてしまうんじゃないかと思って。


 なんだか、頭のどこかがぶちって切れたような感覚がした以降、ぼんやりとしか覚えていないのだ。それはロティも同じようだし。



「まあ、不安に思うのは無理もない。それより、俺ともっと話したいことがあったんじゃないか?」


「っ、ある!」



 10年経っていても、やっぱりお兄ちゃんはお兄ちゃん。


 私が落ち込んでいても、それを上手に取り除いて楽しい事を引き出してくれる。


 それからは、カイルキア様に引き取られたこととかその前とか。


 話せるだけ話しているうちに。


 今日の緊張疲れもあって、満足してから寝こけてしまいました。








 *・*・*(シュィリン視点)







 話し疲れた後の、チャロナの寝顔はあの頃と然程変わらない。


 随分と美しく成長しても、寝顔はそのままだなと実感出来たが。



「……オーナー。いいですよ」



 俺が扉の方に声をかければ、出来るだけ音を立てずにオーナーのマックスさんと……不機嫌な表情のシュラ様が入って来られた。



「昨日も忙しかったし、明日はやっと休みのようだから寝かせておきましょう?」



 この前リュシアに来たときは、完全に休みじゃなかったようだが。明日は初の休みだと言っていた。


 と言っても、今日話したことで俺も知っただけだが。



「…………ずるいんだぞ、ずるいんだぞ。俺より先にお兄ちゃんって呼ばれて」



 そして、この国の王太子殿下が今一番面倒な事になっている。


 たしかに、チャロナは本来この方の妹君で、王女殿下ではあるのだが。


 打ち明けられない今。そして、彼女自身が俺を見つけてしまった時点で仕方ないのはどうしようもない。


 俺もまさか、対面しただけで見破られるとは思っても見なかったからだ。



「あんたはだーまらしゃい! チーちゃん起きちゃうわよ」


「う〜〜〜〜」


「それより、シュー? いくつか聞きたい事があるけど、もうあんたもわかってんでしょ?」


「……今更、隠し立てはしません」


「それは一個人として? それとも、元ホムラ皇国の皇室出身として?」


「…………どちらも、です」



 この国の、今も友好国であるうちの一つ。ホムラ皇国。


 俺と、チャロナが育った孤児院がある国。


 そして、俺の本来の故郷であるところ。


 俺は……元皇子だったのだ。

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