16-1.出会った後の事(ライア/ミュファン視点)








 *・*・*(ライア視点)







 私はあの方達が戻られてから、出来るだけ早足で自分の部屋に向かった。


 途中、子供達や職員に声をかけられても、今は忙しいからと少しばかり嘘をつき、部屋に急いだ。


 扉の前に着くと誰もいないことを確認してから入り、そして誰も入ってこれないように鍵をかけた。


 まだ幼過ぎる子供達がこの部屋に来ることもあるので、彼らには申し訳ないが今は一人になりたい。


 叔母さまのあの手紙を、今一度読み返したかったからだ。



「……確か、机の金庫部分に」



 この国の王太子であられるシュライゼン様が、支援者として陛下から代替わりされるずっと前から存在する孤児院の一つ。


 なので、重要な文書を保管しておくのに、院長室の机には金庫のような引き出しが設置されている。


 私は、二年前に院長になったばかりなので、その時から叔母のリリアンとやり取りしている手紙をすべてここに移動したのだ。


 今日、やっとお会い出来た……叔母様が育てられた亡き王妃様の忘れ形見であられる……マンシェリー姫様の事について書かれた手紙。



「……あったわ。最近のだと、これね」



 何重にもかけられた鍵を開け、文箱に入れておいた中身を少し探って目的の手紙を取り出す。





【──我が愛しい姪、ライアへ



 この手紙が届く頃には、そちらは夏の日差しが強くなるでしょうね?


 院長としてのお役目、今日も無事果たせているよう祈っております。



 そして、今日は新たなご報告があります。


 以前からも幾度かあなたに伝えた、チャロナ=マンシェリーとしてお育てしたセルディアス王国の王女殿下ですが。


 どう言うわけか、彼女を引き取るよう頼まれた使者殿から連絡があったんです。



『元あるべき国に帰られた。城ではないが、近しい者の手元にいると』



 この言葉のみの、魔法鳥での言伝でしたが……おそらく、あなたともいずれお会いになられるかもしれないです。


 シュライゼン様のことですから、一番親しいマザーのあなたに会わせたいでしょう。



 ……………………


 …………



 ……




 】




 そう、まさしくこの文章通りになってしまった。


 事前と言っても、シュライゼン様が本来の来訪日だけでなく、今日リュシアに姫様が来られるとのことで、顔出しついでに連れてくると魔法鳥で連絡してくださったから。


 だから、他の職員にはいつも通りするようにと指示して、待ち合わせの時間が過ぎた頃に一人で門に向かおうとしてるところに。


 彼女と出会えたのだ。



(まあ……髪色はカツラで隠されてるけれど、本当に)



 叔母様やシュライゼン様から伺ってた通り、亡き王妃様の姿絵を若くされたままで。


 ただ、私を見るなり急に泣き崩れてしまった事には少し驚いたが。


 彼女のこれまでの境遇を思うと、叔母様が恋しくて仕方なかったのも無理はない。


 顔は似ずとも、同じ『マザー』。


 ましてや、成人する少し前に巣立ったと聞いていたので、郷愁に駆られてしまうのも。


 だから、身内であることを打ち明ける前に。


 私はマザーとして彼女に触れ、落ち着かせたのだ。



「ふふ。本来なら不敬罪ものでしょうけれど、シュライゼン様からのお咎めもなかったし」



 あの時は、あれで良かったのだ。


 そして、叔母様の事とかを少し打ち明けてからは、彼女は可愛らしく驚かれて、私が案内をする時も隣に立ってくださった。


 色々聞きたい事がお有りのようだったけど、ご自分の本当の身分をご存知でいらっしゃらないようだからか。結局は、ほとんど聞かれなかった。


 さすがは、叔母様が手塩にかけて育て上げられた方。


 王侯貴族としての教育は、孤児院故に受けられていなかったようだけれど、受け答えはしっかりしていた。



「ローザリオン公爵家に運良く引き取られたのならば……そこの心配もなさそうだけれど」



 それが彼女にとって、本当に幸せなのか。


 戦争が鎮圧してまだ10年足らずのこの国の復興はまだまだ始まったばかり。


 王妃様のいないあの王宮に、いつか姫様がお戻りになられても……今日帰り際に見せていただいた笑顔は、父君であられる陛下にも……お見せ出来るのだろうか。



「ひとまずは、私は院長として二日後の昼食会を成功させることしか出来ません」



 そして、姫様が提案してくださった、子供達向けのお菓子作りの準備も。



「…………ほとんど材料が必要ないとは言ってましたが、本当にこれだけで?」



 姫様に書いていただいたメモには、三つの食材があるだけだった。









 *・*・*(ミュファン視点)







 店に戻ってから、夜の営業準備前に、私は幹部の皆を陽光のフロアへと集めた。



「気づいてる人は多いでしょうが、彼女はマンシェリー王女殿下です」



 私が開口一番に告げると、席に着いていた全員が安心したように大きく息を吐いた。



「や〜っぱか。髪の色は隠してたけど、ありゃ瓜二つだっただろ? 死んだ王妃様に」


「けど、本人ぜーんぜん知らんの?」


「みたいだな。あのご様子じゃ、シュラ様ご自身も告げていないようだが」



 幹部は私以外に三人。


 格好も言動も、粗忽者丸出しだが人情に厚いフェリクス。


 煌びやかだが、素の状態だと故郷の言葉が丸出しになってしまうカーミア。


 王女殿下が過ごされた、ホムラ皇国の衣装を唯一着こなせるシュィリン。


 全員、タイプは違うが私と似たような境遇の持ち主。


 家格も孤児院に預けられた時期もバラバラではいるが、ユーシェンシー伯爵様より選抜された優秀な隠密部隊だ。



「ええ。一切伝えられていないようです……が、今日さざ波亭の事件を聞いた方もいるでしょうが、王家の証であられる高密度の魔力を顕現させてしまったようです。だから、ごく一部の者は気づいてるでしょうね……王女殿下が生きていたと言う事に」


「つーことは、あれか? オーナーが表向きの護衛でも、裏は俺達ってとこか」


「ええ、フェリクス。その通りです。二日後に我々がいた孤児院にお菓子作りをお教えに行かれるそうですよ。あと、彼女が持つ異能ギフトのお陰で作られたパンの配布も」


「そこはええなぁ? 店長とレイリアだけ食ったんやろ、王女殿下のめちゃくちゃ美味いパン!」


「それはオーナーに言ってください。たまたまでしたし」



 あのパンは……本当に美味し過ぎた。


 美味し過ぎて、もう二度と他のパンが食べられなくなるくらいに。それは、【枯渇の悪食】によって一度消滅してしまったパンのレシピのせいでもあるが。


 チャロナさん……いいえ、マンシェリー姫様がオーナーと同じ世界の出身で、パン職人だからこそ異能ギフトが最大限に発揮出来る。


 だからこそ、あの美味なるパンを作れるのだ。



「食事については、一旦置いておくべきだが。ミュファン、自分達が交代制で裏の護衛につくのは、ひとまずその日に?」


「ええ。院長……マザー・ライアにも連絡はします。とりあえずは、私以外は男性職員に変装して紛れていましょう」


「了解した」


「おう」


「うぃーっす」



 打ち合わせはこんなところで。


 それが終わると、フェリクスがいきなり大声を上げて泣き出した。



「ひ、姫様、生きてて良かったじゃねーか! まさか、シュィリンの故郷にいるとは思わなかったけどよー」


「変な男泣きはするな。その衣装のままだとキモい」


「うっせー!」


「まあ、ほんまご健在で良かったやないの。オーナーもやけど、領主様方がずっと探してらしたんに……苦労が報われたんとちゃう?」


「オーナー以外、皆様冒険者を引退されてから……ですが」



 本当に、見つかって良かった。


 亡命されたとは、オーナーや殿下からは伺っていたものの、いくら情報をかき集めて届けても、見つからなかった。


 その理由の一つが、彼女のお名前にもあるが。



「なーんでか、王家の洗礼名が実名になっとるんやろ? まあ、あんま違和感ないけど……」


「同行した使者殿のお考えだろうが……未だ、行方不明らしい」


「けどぉ〜、立派に大きくなってて良かったじゃねーか!」


「お前はいつまで泣いている……」



 フェリクスは感動しやすいので仕方ないが、本当に姫様をマザー・ライアの叔母君の元へ連れて行かれた使者殿は。


 今どこで、どうしているのだろうか。



「…………ミュファン。もし接触するとしたら、あんた以外だと俺がいいか?」


「おや、シュィリン。どうされました?」



 同じホムラの育ちだからか、親近感がわいたのだろうか?



「…………いや。この面子だと、俺の方が引かれる要素が薄いかなと」


「ああ」



 いくらオーナーの事情を知っていて、親友程仲が良いと言えど。このカフェの店員達はすべてが特殊。


 レイリアは性格がああだから、少し驚いた程度だったが。このメンバーだと、私以外に親しみを持てそうな男はシュィリンくらい。


 見た目、男装の麗人って感じなのもあるが。



「ずっりぃぞ、シュー!」


「あんた、抜け駆けして仲良くなって……姫様の美味いパン食うつもりか?」


「…………食い意地が荒いのはお前達だろう」


「「否定しない!」」


「……してくださいよ」



 呑気に言えるのも今のうちだけだろうが。


 姫様が、もし王宮に戻られるまでは……彼女を一人の女の子として接するだけ。


 そんな贅沢な時間があるうちは、こう言う雑談も出来るのだから。

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