10-2.転生者、吾味悠花
マックスさんの胃が悲鳴どころですまないので、料理を召し上がっていただくことに。
先に甘いものを少し食べたせいか、ちょっとしょっぱいものが欲しくなったらしく、グリルしたチキンとポテトを豪快に食べ始めた。
「この焼き加減〜、芋のほっくり具合……エイマーや料理長じゃなきゃ無理よねぇ〜」
美味しそうに食べる彼の言葉には、異論を唱えるつもりはない。
パン以外、このお屋敷の料理って本当に絶品揃いだもの。
まだお米の方は、一度も出てないから近いうちに確かめる予定。
「しっかし、今日はどーしてまた厩舎の近くでぼろぼろになってたんだい?」
「ん〜〜、近くまで来た時は普通だったのよっ」
「マックス殿の事だから、大物に出くわしたのかな
?」
「そうなのよん! 三つ角の
「マックスさんすっげ!」
『でふ〜!』
さすがは、有名どころで片付けられない高ランクの冒険者。
地球でも結構な大きさだとされてたサーベルタイガーなのに、この異世界じゃ五メートル級なデカさらしく、パーティーとの協力戦でもてこずるモンスターをたった一人で倒せるなんて。
(私の無限∞収納棚とは違う、冒険者ギルドで一定数のクエストをこなせれば手に入る異空間収納アイテム)
私も一応は持ったままだが、あれに一部とは言っても大容量の生肉が入るのだろうか?
そこはSSランク所持者だから、特別なのかもしれない。
「それからお腹空いちゃって空いちゃってぇ〜…………起きたら、多分あそこにいたんだわ」
「燃費の悪さは相変わらずだねぇ?」
「乙女にとっては、切実な問題だわ〜」
口調以外、どこをどう見ても乙女に見えません!
「さて、そろそろパンを…………あら、サンドイッチなのに随分柔らかいのねぇ〜?」
あらかたポテトを食べ終えてから、ようやっとパンの方に興味を持ってくださった。
持ち上げた時の柔らかさがお気に召したのか、ふにっふにっと白いパンを触っていく。
そして私達が見守る中、ゆっくりと口に近づけていき、ほんの少しだけ口に入れた。
「ん……んん゛⁉︎」
むせたのかと一瞬思ったが、そうではないようだ。
赤い切れ長の目端に、少しずつ涙がたまって玉のように大きくなっていく。
それを彼は拭いもせず、周りも驚かずに静かな空気が流れる。マックスさんがためてた涙も、静かに流れていった。
「……………………なに、なになになにぃ〜この美味し過ぎるパン⁉︎」
急に立ち上がったかと思えば、マックスさんは向かいに座らされてた私の方に体を乗り出してきた!
「これ、ほんとにあんたが作ったのぉ⁉︎」
「は、ははは、はい!」
『でっふ! ご主人様のお手製でっふ!』
「ロティちゃんも言うのなら、そのようね…………ちょっと、この子達借りるわよん!」
「はい?」
『でふ?』
そこからの、マックスさんの行動が早かった。
私達の方に回ってきたかと思えば、ぽかんとしてた私をいきなりお姫様抱っこどころか頭の上近くまで持ち上げて駆け出し、外へと連れ出したのだ!
「え、え、え?」
『待ってくだちゃい、ご主人様ぁ〜マックスしゃぁん〜!』
「急いでついてきてちょうだい! 善は急げと言うでしょ!」
「お、おい、マックスさんっ、チャロナ達どーすんの⁉︎」
「ちょっとお話したいことが出来ただけよぉ〜? ついてきちゃダメ。もししたら〜?」
「いきません!」
「すぐ帰って来ないと、あたいらや他に来る面子で食べちまうよぉ?」
「残しといてちょうだい!」
そんなやり取りを終えてからは、ダッシュで廊下に飛び出され、あれよあれよと言う間に裏庭でも誰も近づいて来ないような人気のない薄暗い場所へ。
ちょっと古いベンチの前に到着してからやっと下ろすと、マックスさんはベンチの枯葉をぱっぱとはらった。
「ここなら、多分誰にも聞かれないわ。結界……面倒だけど張ろうかしら?」
『ロティにお任せくだちゃい! ん〜〜〜〜『
今回は外だからか、キィンって音が耳に届いて吹いてたゆるい風も途絶えた。
マックスさんも気になったのか、数メートル前に歩いて障壁があるらしい箇所を叩くと、鈍いような音が。
「これは、いいわねぇ〜? 精霊の結界に入るのは久しぶりだけど……さて、聞きたいけれどあんた達は何者なのよん?」
「れ、錬金術師です……が」
「違うわ。あのパンを作れるのが普通の生産職であり得るはずがない。あれ絶対
『でっふ!』
「に、日本って……」
やっぱりこの人も、地球からの転生者?
「その反応なら、あえてオネエ口調でなくてもいいわね? 今はこんなナリだけど、あたしは前世日本のOLだったのよ。死因は電車の人身事故だったけど」
「も、元が……女の人?」
「記憶は産まれてからあったし、親父の影響で成長期にこんな体になるまでは髪も伸ばしてたし、女子の真似事もさせてもらえたわ。あ、前世は
「えぇえええええええ!」
いきなりオネエ口調がなくなったかと思えば、まさかの新事実。
嘘をつく素ぶりは見られないし、これはたしかに結界を張ったりあそこにいたメンバーには話せない内容だ。
「あんたの前世はパン屋だったようね? さっきのサンドイッチだけでもコンビニ以上に美味しいから、絶対店屋物だと思ったわ」
「ま、まだ最近思い出したばかりですが……
コンビニなんて言葉が出てきたら、ほぼ確定。
私達は話しやすいようにベンチに腰掛け、ロティは私の膝上でちょこんと座った。
「じゃ、今の名前にも近いから『チーちゃん』でいーい? あたしは変に有名人になっちゃったから悠花は二人の時ね?」
「は、はぁ……旦那様……カイル様やレクター先生はご存知だとは伺いました」
「ああ、あいつらね? 一応幼馴染みだし、元パーティーメンバーだったからだいたいは伝えてあるわ。こっちでもオネエでも嫌がられるから、出来るだけ男言葉でいるけど」
「…………物凄く違和感あるので、同意します」
イケメンから女言葉が出てきたら、普通誰でも嫌がるだろう。
「あたしもまーしょがないと思ってはいるわよ? けど、チーちゃんと違って性転換な転生しちゃった上に記憶もあると反発もしたくなるわ! あ、一応今は女性に恋愛意識持ってるし、心配しないで?」
「いや、なんで心配を?」
「あら、まだ様子は見に行ってないけど……チーちゃんはカイルのこといいんじゃないかと思ってるんでしょ?」
「は、はいぃ⁉︎」
「あいつは今のあたし以上に男前で貴族最高位でも、性格があーだからねぇ……」
いやいやいや、私がどうしてカイルキア様に好意を持つ意味が!
『旦那しゃま、いい人でふよ?』
「基本的にはね〜? けど、パーティー組んでた時は他の面子の制止振り払ってまで敵に突っ込むとか……フォローするあたしらの身になってほしいと思うのが一度や二度じゃなかったわ」
『でふぅ?』
「無鉄砲者ってああいう奴を言うのかしら〜って。年上でも生意気よ」
「……え、カイル様と同い年じゃないんですか?」
「違うわよ。冒険者ランクはあれでも、あたしまだ20歳だもの」
『「わっか⁉︎」』
てっきり同い年かと思っていたのに、私より少し年上には見えない……やっぱりガチムチの体型のせいか。
「それはいいとして、転生のチート特典なんかでロティちゃんとかをゲット出来たの?」
「わ、わかるんですか?」
「悠花でもちょっとはweb漫画とかたしなんでたのよ。あたしの特典は、身体能力を除くと魔力保有量がそこそこあるってとこね?」
『ご主人様は〜【枯渇の悪食】で世界からうちなわれたレシピを、復活出来るんでふ!』
「……なるほど、前世の記憶や経験をフル活用させれば不可能じゃないわ」
ほんのちょっとの情報を伝えただけで、この飲み込みの早さ。
現ランクSS冒険者にして、前世が会社員だったのなら、同じ社会人でも頭の回転が違う。戦略体制を整えるとかは、きっとマックスさんの方が上手い。
「まだ少しなんですが……パンをメインに作ってて。錬金術も普通のポーション生産じゃなく、『
「可愛いわね。その能力で作った料理……主にパンでねぇ?」
体とかの外見を除けば、本当に女の人だ。
オネエ口調の時はわざとだとは言ってたけど、外見を気にしなければ普通の人。
引き気味だった自分がバカらしくなってきて、思わず小さく吹いてしまった。
「どうしたのー?」
「いえ……第一印象で気にし過ぎだったなって」
「? ああ、あたしの? この見た目、カイル程じゃなくても良過ぎるでしょ? 一応牽制も兼ねてるのよ、あとは面白いから」
「お、面白……さっき、女性が恋愛対象だって言ってたのに?」
「そうだけど、もういるのよ。さっきもいたし」
「え、エスメラルダさん?」
「ちーがーうーわ。同じ年上でも、エイマーよ。凛々しくてタイプ!」
『「…………」』
一回り近く上でも、見た目だけはお似合いだとは思うけども、実に対象的な組み合わせだと、ロティとシンクロした気がした。
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