7-5.シュライゼンからの?
*・*・*
試食の合格点をいただいてから、私は作業着じゃなく、メイドさんっぽい黒のドレスとエプロンにお着替え。
チョココロネは、コーヒーと一緒にワゴンで運ぶことになったけど。
三階にいらっしゃるカイルキア様達のところへは、階段下に設置してある例の魔法陣に乗ったらあっと言う間。
(お貴族様のお屋敷だから、なんだろうね……)
そう関心してるうちに、カイルキア様の執務室に到着してお部屋に入らせてもらったんですが。
「あ、あの……か……旦那様、レクター先生?」
「「なんだ(い?)?」」
「そ、そちらの……塊?は?」
部屋に入ってすぐ、目に飛びこんで来たのは応接スペースのソファでのんびりしてたカイルキア様とレクター先生だったけど。
ローテーブルのすぐ向こうに、縄でぐるぐる巻きにされた『何か』が居座っていた。
「あらあら、シュラ様を今回はあのように?」
「……エイマーから聞いた。下に潜り込んでいたと」
「見つけたのは僕だけど、捕まえてああしたのはカイルだからね」
「Ωφισξθοξφκ……⁉︎」
最後にレクター先生が言うと、シュラ様らしい塊は左右にゴロゴロと動き出す。
どうやら、見た目以上に苦しいらしいのに、カイルキア様達は誰も外そうとしない。
お客様なのに、いいんだろうか?
『でっふぅ! おにーしゃん、ぐりゅぐりゅぅ!』
「ちょっとロティ!」
肩に乗ってたロティが、面白いと思ったのかシュラ様の方に行った。
縄の上に乗っても、大して重くないのかシュラ様は動かず、ロティは軽くぴょんぴょんと跳ねる。
すると、次の瞬間。
「あーっははは! 俺の上はそんなにお気に入りかい? 小さな
『でっふぅ!』
何が起こったかと言うと、あれだけ動けずにいたはずのシュラ様が。
ロティがぴょんぴょんと乗っただけで、瞬時に縄を解いてしまい、跳び上がったロティをキャッチ。
その時気付いたのは、厨房に来た時の執事服じゃなくてカイルキア様と似たようなお貴族様の服装だった。
「いや〜、チャロナには悪かったんだぞ」
ロティを抱っこしたままこっちに来るシュラ様。
口調はともかく、お顔は王子様スマイルだから、カイルキア様とは違った意味でまぶしい!
ロティは気にせずに片手抱っこでも満足してるのか、彼の腕の中できゃっきゃしてたけど。
「俺が早く会いたくて、ちょっと変装したんだ」
「わ、私にですか?」
「うむ! 俺はシュライゼン=アーノルド=レミエール。身分とか気にせずにシュラと呼んでくれ!」
「……シュライゼン様にさせてください」
「なんでだい⁉︎」
「正体を知った今、無茶があるだろう……」
カイルキア様のおっしゃる通り、お貴族様を無理に愛称で呼べるわけがない。
「む〜、ところでこっちの
『でっふ! ロティと言いまふぅ!』
「そうか! よろしくな、ロティ!」
ロティは物怖じせずに、シュラ様もといシュライゼン様の高い高いにまたきゃっきゃ。
実に和む風景だけど、今回の目的はご対面だけじゃないので先に準備されてたメイミーさんのお手伝いをします。
「なんだい、このお菓子?は?」
ロティとひと通り遊んでから、シュライゼン様がソファの方に戻ってきた。
ローテーブルの上には、真ん中にコロネを盛り付けた大皿。
お席には、ひとつずつ取り分けたお皿を。
シュライゼン様はカイルキア様の向かい側に腰掛けるとロティをそのままお膝に乗せてしまう。
『チョココロネでふぅ!』
「おお、このチョコの部分は俺も手伝わせてもらったのか! けど、なんでこんな角みたいに渦巻いたパンに?」
そしてそのまま、シュライゼン様はチョコクリームを入れた正面からがぶりつこうとした!
「ま、待ってくださ」
「ん!……お?」
案の定、チョコを溢れさせて顔にべったり。
すぐ気付いたのでこぼすのは免れて、ロティに落ちることはなかった。
「すみません、説明をすれば」
「いやいや、俺ががっついたのが悪いさ! しかし、このチョコは美味い!」
お持ちになられてたハンカチはすぐにチョコ色になったのに、シュライゼン様は気にせずカラカラと笑うだけ。
おまけに美味しいと言ってもらえたので、少しだけほっとは出来た。
だから、改めてここでもチョココロネの説明をする事に。
「先端部分をちぎってクリームをつけて食べてください。ある程度繰り返せば、そのまま召し上がられても大丈夫です」
私が説明してる間に、メイミーさんはコーヒーを落とすのに集中。
なので一人で見守る形になったが、カイルキア様もだけど、シュライゼン様も今度はお伝えした通りにパンを食べ始めた。
「ここを少しちぎって……チョコにつけて……んん⁉︎ パンが柔らかい!」
先に口にされたシュライゼン様は、それからもう夢中になってちぎってはつけ、口に入れるのを繰り返された。
「チョコだけだと甘過ぎるのに、このパンにつけると香ばしさが加わってちょうどいい! それに土台のパンがこんなにも美味いのははじめてなんだぞ!」
そして、最後はある程度クリームがなくなると、それはもう子供のように貪り食べてく。
お年は伺ってないけど、カイルキア様が呼び捨てだから同じくらいなのかな?
「うん、美味い!……って、カイル! 俺まだ一個めなのにぃい⁉︎」
「え?」
どうされたかと思ったが、真ん中に置いてたはずのコロネの山が残り少なかった。
その後にカイルキア様を見ても、静かに、だけど素早くコロネを食べてるだけ。
レクター先生は、彼の隣で苦笑いしながら食べてたけれど。
「カイル、いくつめ?」
「……………………数えていない」
「こっちのはもう俺のだぞ!」
気づかぬうちに、どうやらシュライゼン様よりカイルキア様の方が貪り食べてたみたい。
「あ、あの……旦那様は、甘いものがお好きなんですか?」
私がそう聞くと、カイルキア様はぴたっと動きが止まってしまい、レクター先生が今度はニヤニヤと笑い出した。
「む? チャロナ知らなかったのかい? この無駄に顔がいい無愛想野郎は、見た目以上に甘いものに目がないんだぞ!」
「お小さい頃からすっごくね? 特に、チョコは一番お好きなのよ」
シュライゼン様が残りを死守してる間に、さりげなくコーヒーを配膳されるメイミーさんが追い打ちをかけた。
それらに、カイルキア様の顔色がだんだんと赤くなってく?
「朝のことも聞いたよ、チャロナちゃん。カイル、今日もめちゃくちゃパン食べたんでしょ? 特にいちごジャムたっぷりで」
「パン嫌いのカイルがか! けど、これは納得出来る美味さだぞ! 羨まし過ぎる!……コーヒーと一緒だとさらに美味い!」
わいのわいの騒がれる中、私とカイルキア様はなんだかぽつねんと放って置かれてる感じに。
(けど、そうか。結構スイーツ男子?)
それならば、菓子パン系はどれも好きかもしれない。
公爵家秘伝のフィナンシェ以外にも、まだまだお菓子のレシピは多いようだから、頑張って作ろうと決めた。
「そ、それよりも……チャロナ。これのレシピをもらえるか?」
「あ、はい!……シュライゼン様の前でも?」
「あらかたは伝えてある。見せてやってくれ」
「はい。ロティ、
『あいでふぅ! うぅ〜〜〜ん、データ
「うぉ⁉︎」
シュライゼン様から離れたロティは、彼の真上に浮かんでコピー機能を作動させた。
細長い光の筋から、ひとりでに紙が出てきて、落ちた先にシュライゼン様の手が瞬時にそれを掴んだ。
「これが……異世界の知識?」
しばらく、シュライゼン様はおちゃらけも明るさも引っ込めて、チョココロネのレシピをじっくりと読まれた。
「器具については、聞いたことも見たこともないんだぞ……これについては、どう補っているんだい?」
「え、えっと……ロティが変身してくれるん、です」
なんだろう、少しだけ怖い。
カイルキア様と初めて会った時かそれ以上に、シュライゼン様からも威圧感のようなのが肌にも伝わってくる。
けれど、ロティも不思議に思うだけで、他の誰も口を割り込まない。
貴族の上下関係って、庶民中の庶民の出身の私にはよくわからないが、カイルキア様よりもシュライゼン様の方が上?
扱いは、さっきまで雑だったのに。
「ふむ。特殊な錬金術とは伝え聞いてたが、これは画期的どころか革命的だな。無闇に外には伝えられない。……だが、チャロナには助力を願いたいんだぞ」
「じょ、りょく?」
「すぐにでなくていいんだ。ある子供達のために君のパンを作って欲しいんだぞ」
「子供……達、ですか?」
「君の生い立ちはいくらか聞いている。この国にも孤児院がいくつかあるんだ。我々貴族よりも、まず彼らに食べてもらいたいと思ってね?」
身寄りのない子供達。
国の資金援助で成り立っている孤児院。
けれど、決して恵まれてない生活が、かつての
シュライゼン様はそんな私の生い立ちを貶す事はなく、むしろ協力してほしいと申し出てくれたのだ。
「俺自身が資金援助をしてるところがある。まずはそこから始めてもらいたいんだぞ」
カイルキア様達は、何も言わない。
私の意見で答えていいのか、それともこのシュライゼン様がやっぱり特別な地位にいるからか。
どちらにしても、拒否権はないに等しい……と思ったのに。
シュライゼン様の瞳には、先程までの怖い印象がない代わりに、苦笑いのように琥珀の瞳を緩ませただけだった。
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