7-4.チョココロネ完成

 両手をパンの前で広げて、出来るだけ涼しい風を送るイメージを浮かべる。



「冷風……でも、結構弱くて、乾燥も程よくって難しいけど」


『頑張ってくだちゃい、ご主人様ぁ〜』


「うん。…………涼やかな優しい風よ、『冷却コールド』っ!」



 すっごく久しぶりに詠唱をまじえながらの、物を冷やす魔法。


 氷に比べたら、ちょっと冷たくするくらいの小さな魔法でも出力を誤ると熱々のスープも激ぬるにさせてしまう。


 そう言う時は、ファンタジーな世界の常識を駆使して、自分のイメージを具現化しやすい言葉で詠唱を加えるのだ。


 詠唱を終えると、私の手のひらから青い氷の粒のようなのが出てきて、ゆっくりとコロネパンの上に降り注いでいく。



「……どうだろ?」



 乾燥ドライの要領でいけると思うが、試しに人差し指でちょんちょんと触ってみる。



「あ、ちょうどいい!」



 熱さは当然ないけど、程よく湯気が抜けててクリームを詰めるには最適の固さ。


 ひとつ持ち上げれば、軽くて持ちやすい。


 ってことは、とロティと頷き合って差し込んだままのコロネ型に手を伸ばす。



「すっごぃ、油も塗ってないのにすぐ抜けた!」


『でっふぅ、クリーム詰めまひょぉ〜』



 全部取り外し、銀製器具シルバーアイテムから今度は口金と付属の絞り袋を取り出す。


 袋は、ビニールとも違う洗い回す事が出来る特殊繊維と懐かしい感じだった。


 これに、先端が丸い口金をセッティングしてからチョコクリームを適量詰める。



「たっぷりはもちろん、はみ出しにくいように……あ、ロティ。エイマーさんからアーモンドのスライスもらって来てくれる?」


『あいでふぅ〜! エイマーしゃぁん』


「ん? なんだい?」



 アーモンドを使う理由は、味もだけどクリームの乾燥を防ぐことが出来るから。


 生じゃなく、ローストしたのを使うのはAIのロティもわかってるはず。


 そしてその通り、エイマーさんからもらってきたらしい小皿にはローストされたアーモンドスライスがあった。



「ロティ、出来たのから蓋してもらえる?」


『あいっ』



 私がクリームを詰めて、ロティがちっちゃな両手で蓋をする光景は、なんだか孤児院の義弟妹達の手伝いを思い出す。


 もちろん、彼らはもうだいぶ大きくなってるし、どこかの里親に引き取られたか私みたいに自立するか。

 マザー達の教えを受けて、いい大人になってるといいけど。


 チャロナ今世の古い思い出はそっと仕舞い、出来上がったチョココロネは『スイートなチョココロネ』と天の声が知らせてくれた。


 レシピもデータとして登録されたから、また後でカイルキア様にお渡しする分は印刷させておこう。


 それもだが、このままカイルキア様やシュラ様にお出しするわけにはいかない。



「ちょっとメイミーさん呼んできますね!」


「いってらっしゃい。このパンは布を被せておけばいいかな?」


「あ、はい。お願いします!」


「チャロナくん、試食に合わせる飲み物はコーヒーがいいかい?」


「はい! 行くよ、ロティ」


『でっふぅ!』



 朝のうちに、試食のお願いはしてたけどまだ来ないから自分で迎えに行きます。


 と思ったけど。



「遅くなってごめんなさい! お菓子、出来たかしら?」



 廊下側の扉を開けた途端、メイミーさんご登場。

 なんだか、急いで来たのか息が切れていらっしゃる?



『でっふ! ちょーど出来まちたでふぅ!』


「あら、良かった! 急いでお掃除終わらせてきて正解ねっ」


「けど、走ってきたんですか?」


「一応誰もいないとこだけよ? だって、パンを使ったお菓子だから、出来たての方が美味しいんじゃないかなって思うと!」



 たしかに、パンは基本的に焼き立てが美味しいと思われがちだから、間違ってはいない。


 ただ、今回は違うので来た道を戻りながら説明することに。



「チョコのクリームを後で詰め込むので、パンは冷ました状態なんです」


「あら、そうなの?」


「焼き立てだと、クリームが溶けて大変な事になるので」


「それはいけないわ。旦那様もだけど、お客様の御召し物をチョコで汚したら洗濯係の子が泣くから」


「お、お叱りを受けるんですか⁉︎」


「いいえ。取れにくいから、担当の子が泣きそうになるだけよ?」



 本当に、千里ちさとでもチャロナでもイメージしてた貴族への概念がどんどん壊れてく。


 カイルキア様はともかく、シュラ様の方は破天荒過ぎる上に変装もしてたからわからなかったけれど。



(あ、シュラ様のこと言った方がいいかなぁ?)



 何も聞かれないから、先にお会いしたご様子もないし。



「あの、メイミーさん。実は、今日いらっしゃるお客様に偶然お会いしたんですが」


「まあ、シュラ様と?」


「はい。……何故か変装されて」


「そうなの? 私はまだお会いしていないけれど……神出鬼没だし、旦那様からご連絡はされてるから移動魔法でヒョイっと来られるのよ」


「魔法を?」



 貴族でも魔法は使えておかしくない世界だけど、移動魔法はいわゆるテレポートとかの瞬間移動。


 あれ、レベルや相当の修行を積まないと無理って、パーティーにいた時魔法師の子に聞いた事がある。


 それを、実際に見てはいないけれど、いとも簡単に扱えるあのお兄さん……やっぱりただ者じゃないんだ。



「けど、詳しい事はあとでお聞きしましょうか? お説教・・・は」


「はい?」


「私の予想だけど、チャロナちゃんと軽くおしゃべりしてたとこにエイマーさん辺りが引き剥がして……逃げられたとこね? さっきカイル様にお茶を出した時はご一緒じゃなかったもの」


「あ、当たってます」


「うふふふ」



 なんか、笑顔の下が黒いモノでもあるかのように怖い!


 メイミーさんは、調理台に行くまで何を言おうかしらとずっと笑顔だった。


 私は隣でロティとぷるぷる震えながら、先導するしか出来ないでいた。



「で、では。これが『チョココロネ』と言うお菓子向けのパンです」



 シュラ様への心配はさておき、到着するなり本題に移る事に。


 私は、食べ方の説明も兼ねてひとつ手に取りました。



「このパンをチョコの部分から食べてもいいかもしれませんが、そうするとチョコがあふれてしまうのと角の部分にいくに連れてクリームがなくなっちゃうんです」



 そして、次の説明に移る前に、角の部分を少しだけちぎってしまう。



「このちぎった部分をチョコにつけて食べて……ある程度のところまで繰り返すのが、作法のひとつとも言われてます」


「なるほど。なかなかに面白い食べ方だね?」



 なので、立ったまま食べると床にチョコが落ちる可能性があるからと、場所を変えて食堂に。


 誰もいない事を確認してから入ると、ロティがいきなり天井近くまで飛んでくるくる回り出した。



『ん〜〜〜〜っ、遮断シャウト!』



 ロティがそう叫ぶと、ほんの一瞬だけ室内が緑色に光ったがすぐに消えてしまう。


 何をしたのか聞く前に、ロティがすぐ私のとこまで戻って来た。



『結界張りまちたので、ちばらく誰も入れましぇん!』


「え、今ので?」


『ロティでふから!』



 えっへんと胸を張られてしまうと、なんだか納得出来そうになる。


 一応エイマーさんに正面の扉を確認してもらってみると、いくら取っ手を引っ張っても開かなかった。


 解除方法は、ロティの合図ひとつで出来るらしい。



「「「「いただきます」」」」

『いちゃだきまふぅ』



 それぞれひとつずつ手に取るが、私は最初ロティに食べさせてあげる係になる。


 というのも、ロティの顔半分くらいあるコロネは大きくて、ちぎるのも一苦労だから。



「はい、あーん」


『ふわぁ〜』



 変身の時もだけど、ロティに何か食べさせるのって、なんだか餌付けみたい。



『おいちぃ〜でふぅうう! あっまぁ〜〜い!』



 出来るだけチョコが口につかないように食べさせていたけど、自分で持てるような大きさになるとお約束通りに口まわりがチョコだらけ。



「少し甘みが強いけど、パンとならちょうどいいよ!」



 シェトラスさんまで、口ひげにチョコが付いてます。


 よく見たら、エイマーさんやメイミーさんも口の端にちょこっと。


 やっぱり最初だから、食べにくいのもあって無理ないみたい。


 これだと、カイルキア様達も同じかな?……洗濯係さんの負担にならないように、しっかり説明しようと決めた。

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