第22話 我が家はもはや魔窟なり

 鳥の囀りを耳に聞いた気がした目を開く。


 そして体が軋んだことで少し動きを止めた。


「…ん…そういえば昨日はソファで休んでいたんだっけか」


 それほど柔らかくないソファに体を預けて眠っていたため節々が痛む。


 仕方ないのでその場で伸びをしていた僕の方へとキッチンの方からエプロンを付けたアジダハがこちらに近寄ってきた。


 元がドラゴンだと知らなければ美しい褐色メイドだな。


「おはよう主よ。朝食はこっちで作っておいたぞ」


「ふぁ…そうか悪いな」


 欠伸をしながらよく見てみると周囲の明るさは日光のものであり既に太陽が空へと昇っている。


 いつもより起きるのが遅い証左だ。


 普段は僕の方が彼女より早く起きているからな。


「我はメイドぞ?これくらいは気にするでない」


「ティアはまだ?」


「そろそろ起きるじゃろ。それはそうと来客も来そうじゃしさっさと身なりを整えた方が良いと思うぞ?」


「うん?」


 さらりと言われた一言に僕は首を傾げる。


 はて、今日は来客の予定はなかった気がするが…。


「今日って誰か来る予定だったか?」


「いや、来客の予定はないのじゃ」


 帰ってきた答えにますます首を傾ける。


「…じゃあ来客ってのは?」


「勘じゃ」


「勘」


 至極真っ当の様なリアクションで返したアジダハに疑いの眼差しを向けるが、彼女は目を背けることなく腕を組んで話始めた。


「主よ、竜族の勘は馬鹿にならぬぞ。無論勘ではあるから当然外れたりもするが我らの勘の的中率は占い師よりも鋭く、予言族ラプラスよりも見通したりするものだ」


「そういうものか」


「そういうものじゃ」


 勘、と言われればいまいち実感がわかないが彼女がそこまで言うのだ。


 おそらく何らかの来客はあるのだろう。


 そう感じ洗面場で顔と髪を整えた僕がリビングに戻ってきたとき、我が家の玄関の扉がノックされる。


 どうやら思ったよりも早く彼女の勘は当たったらしい。


「は~い、今開けまーす」


 少し離れた位置にいたため小走りで近寄った僕はあまり警戒せずに扉を開けた。


 その結果、扉をあけ放った僕はその場に釘付けになることとなる。


「おはようございますお姉さま!」


 元気に挨拶をしてきたのは他でもない。


 昨日の誘拐犯の主犯格である魔王アルヴィオンだったからである。


 以前見た重苦しい戦闘バトルドレスではなく可愛らしいスカートにシンプルなパーカーを添えて現れた彼女はその手に大きなキャリーバッグを持っている。


「……おはよう…で、何しに来たんだ?」


「むむ!いきなり雑な扱いですね!可愛い恋人が尋ねてきたというのに」


「恋人にした覚えはない」


 きっぱりと否定した結果彼女は可愛らしく頬を膨らませた。


 …昨日死闘を演じた相手でなければ多少惹かれたかもしれないが、今は残念ながら警戒せざるを得ない。


 僕は自分が呆れ顔になるのを感じながら腰に手を当てて尋ねる。


「で?本当の要件は?また誘拐されるのは勘弁してほしいのだが…」


「むー…本当に信用がないですね」


「昨日何があったか忘れたのか?」


「あれはそう…運命的な出会いでしたね…」


「記憶障害か?」


 押しても引いても何ともならなそうな問答をしていたそのとき、僕の後ろから声が掛けられた。


「主よ、とりあえず中に入ってはどうじゃ?丁度朝食の準備もできたし椅子に座って話せばよかろう」


「……ふむ、それもそうか」


「はい、ではお邪魔しますね!」


 調停者の意見により魔王を家に上げることとなったが、実際話が見えていなかったのでこれでもよいだろう。


 テーブルについて朝食のベーコンを口に含みながら僕は彼女を見る。


 興味津々で視点を動かしている彼女は何とも忙しなく顔を動かしていた。


「アルヴィオン、結局何しに来たんだ?」


「長いですからアルでいいですよティオお姉さま」


 屈託ない笑顔でお姉さま呼びされることに違和感しかない僕が苦い表情をしていると何やら悲しそうな表情に変わったアルヴィオンが口を開く。


「もしやお忘れになったんですかお姉さま」


「…なにを?」


「おっしゃったじゃないですか、『ついて来たいなら魔王を引退しろ』って」


「確かに言ったな…………ちょっと待て…まさか…」


 嫌な予感がする。


 物凄く嫌な予感がする。


 だが相対している相手は僕とは正反対の笑顔でこちらに返事を渡してくる。


「はい!魔王、やめてきました!」


「……嘘ぉ」


「…主がそう言ったと知った時から何となく知っておったわ」


 思考が停止する。


 確かにそう言いはしたが真に受ける者がいるだろうか…。


 僕が手に持っていたフォークを落としていたその横で、僕の代わりにアジダハが口を開いた。


「それで?その大きなキャリーバッグが私物と見たが…『お泊り』かの?それとも『長期滞在』かの?」


「長期滞在…というよりかは永久就職でしょうか。もちろんお姉さまに!」


「なるほどの。ではこれが部屋割りじゃ。名前のない部屋が空き部屋じゃから好きなのを使うが良い」


「ありがとうございます、助かります」


 …当然のように受け入れられている!


「うちに住む気なのか…!」


「そうですね、魔王もやめましたし住処も城だったのでここ以外行く場所もありません!」


「潔いなぁ…」


「それにその方が主が拒否しづらくなるじゃろうからのう」


「…はぁ…図星だよ…」


 少なくとも発端は僕の一言だし、根無し草に出て行けとは言えない。


 娘と顔を合わせて問題がないようならここに住むことを許可してもいいということにしてやろう。


「わかった、うちに住むことを許そう。ただし人見知りの娘がお前を見て拒否反応を示したら駄目だからな」


「なるほど…つまりお姉さまと私の娘に懐かれるのが最初の試練…!」


「…昨日が初対面だろ」


「一途よなぁ」


「…これは違うと思うんだがなぁ」


 何やら感心しているアジダハを尻目に僕は朝食を口に移すのであった。


 どうやら我が家に新しい家族が増えるようだ。

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