第21話 袖擦りあうと多大な縁
身代をかけた決闘は何とか無事閉幕し、今現在は客間に案内された僕は何やらご機嫌な魔王アルヴィオンがティーカップに紅茶を注いでいるのを静かに見ている。
…勢いと混乱で思考が鈍っていたけど…さっきのが僕のファーストキスだったんだよな…。
戦闘を終わらせるついでで一生ものを奪われたショックで固まったままここまで付いてきたがよくよく考えるとやはり状況がおかしいことに気が付く僕。
「創世の至言」を使って魔王を攻撃しようとした。
それは良かったはずだ。
でも結果として魔王はピンピンしているし、むしろ戦闘の前よりも楽しげである。
そして何よりも最初に出会ったときは刺々しい印象を受けた表情は今は頬を赤らめて見た目相応の少女のよう。
何となくだが性格が変わったような印象はどことなく…我が家に居候している黒竜を思い出す。
……もしやまたやってしまったんだろうか?
ふっと脳裏に今回の「創世の至言」の内容を思い出す。
『レスティオルゥが命ずる!魔王のハートを射抜け!』
さてこの内容を見て思うことは一つ。
「心臓を射抜け」ならまだ「おっ?ぶっ殺すんだな」と思えるかもしれないが、「ハートを射抜け」はどう考えても恋のキューピッドへのご依頼では?
…つまるところ今回は魔王に恋心を強制的に抱かせた、ということだと思う。
馬鹿なのかな?
…いや?結果としては戦闘が終わってお互い怪我もなく良い結果ではなかろうか…。
……やっぱり「
1人頭を抱えて唸っているところを紅茶を入れ終わり嬉しそうに席に着いた魔王アルヴィオンが口を開いた。
「さぁお姉さま!どうぞお飲みください!」
「あ、はい、どうも」
最初の不遜な態度はどこへやら。
注いだカップの紅茶を僕が飲むのを嬉しそうに観察している彼女はやはり魔王というよりは、可愛らしい後輩といった感じである。
…あっこの紅茶、ちょい渋い…蒸らし過ぎかな…。
そんなことを裏に仕舞いつつ、にこにここちらを見ている彼女に疑問を投げかける。
「…ところでもう君も分かっていると思うが僕の魔術が君の精神状態に変化を与えた。…与えはしたが君のように魔力に強い抵抗を持っている人間はしばらくすればその状態も解除されるはずだが?」
これは以前アジダハで確認済みである。
ひょっとして「創世の至言」を解除すればドMも直るのではないかと、本人に確認したとき「いや?もう主の魔術の影響は消えておるぞ?」と返事をもらった。
要するに強制的に影響を与えこそするが、さすがに効果が永続することは無いとのことだ。
つまり彼女のドMも直せないのだがな。
…脱線したがつまり魔王はもう「創世の至言」の影響を受けてはいない筈なのだ。
それは実際、彼女の返事でも確認は取れた。
「ええ、先程の魔術の影響は既に消えています」
「だったら…」
「で・す・が!私の中に初めて芽生えたこの恋心は消えていません!」
「さいですか…」
「恋せよ乙女!」と背中から魔力を溢れさせる魔王。
敵意はないがこれはこれでやりづらい。
「それでは今後のお姉さまのご予定ですが…」
「予定?」
「はい、とりあえず私の後を継いでいただき魔王になってもらおうかと思います」
「え、嫌だけど」
「えっ!?」
驚きに固まった彼女の手からティーカップが床に落ち砕ける。
「ま、魔王ですよ!?すべてを支配して好き放題にできる地位ですよ?」
「でも別に欲しいものが手に入るわけじゃあないだろう?でなきゃ退屈して僕を連れて来るなんてしないはずだ」
図星を突かれたのか、それとも気が付いていなかったのか魔王は口を開いたまま震えている。
その隙をついてティーカップを空にした僕は「ご馳走様」と言いながら立ち上がる。
さっきから目の端で時計を見ていたが既に午後8時。
そろそろ帰らないと本気で娘に心配されるレベルだ。
転移魔術を宙に描く。
距離は離れているが我が家の座標は前々から楔を立てているので、問題なくここから直接に繋ぐことはできる。
魔術が徐々に完成してきたところで、それに魔王が気が付き焦り出す。
「ま、待ってくださいお姉さま!私も連れて行ってください!」
「何を言ってるんだ、お前は魔王なんだからここを離れられないだろ。ついて来たいなら魔王を引退でもしてくるんだな」
適当に煙に巻く言葉をばら撒いて僕は転移魔術を発動し魔王城を後にする。
これだけ辛辣に扱えば諦めるだろう。
これ以上我が家に闇の覇王みたいな連中を増やしてなるものか。
◆●◆●◆●◆●◆
――ティオ家。
午後の途中から行方不明であった主が転移魔術で帰ってきた。
帰るなり晩御飯の準備をしようとするが、我が済ませたことを告げるとソファに突っ伏して眠ってしまった。
そんな様子を見るに何か相当疲れる出来事でもあったのだろうと思い尋ねてみるが…。
「魔王に誘拐された。仕方ないから魔王倒した。そしたら唇を奪われた。で、逃げてきた」
箇条書きのように並べられた言葉を解読するになかなか恐ろしいことを淡々と言っている主はさすがであろう。
この世界で最凶ともいえる魔王を平然と倒すとか。
そして好かれるとか。
流石としか言いようがない。
…尚、一緒についてこようとした魔王に「だったら魔王やめてこい」と言ったそうだが…主よ…おそらくそれは墓穴を掘っておるぞ…。
何となく先の展開が読めた我は空き部屋の掃除を陰で淡々と進めるのであった。
また一つ騒がしくなりそうじゃのう。
…まぁ…我は構わぬがの。
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