第18話 子供の心配は山の如し
皆のもの、黒竜アジダハーカである。
今日も今日とて我はメイド服をはためかせ仕事を捗らせる。
主に雇われるまで掃除洗濯なぞ無縁だったが(清潔にする魔術があるため)主は「何でもかんでも魔術で解決するのは娘の教育に良くない」と言っておるから我の職務として手渡されている。
他にも料理なども任されそうではあったが、さすがにそれを学び取るには時間がかかるのでそれに関しては主の手伝いをしながら少しずつ勉強することとなった。
…というか竜は料理などしないからなかなか手強い。
普通はその辺の野生の動物を顎に咥えて火を噴き「はい!ステーキ!」ぐらいしか
しないのだ。
いきなり煮るやら蒸すやら、スパイスやらを使うのは難しい。
包丁で切るのも加減が難しく、いっそ自身の爪でやった方が楽であった。
…そして何より駄目なのが我が教えを乞うておる主ティオ様である。
我の知る魔術師とは研究にばかり没頭しているモヤシどもであって家事など出来ようはずもない。
が、何故か主はやたらと高スペックであった。
そも竜である我に勝つこともさることながら、家事全般…料理の腕も超一流である。
魚を捌けば骨に身一つ残らぬ三枚おろし。
果物を剥けば無駄に果肉を殺さぬ皮むき。
肉を焼けば旨味を殺さず、かといって火が通っていないわけでもない完ぺきな仕上がり。
…はっきり言ってどこぞの王宮とかで仕えている料理人よりも腕はあるのではなかろうか?
本人曰く「一人暮らしで暇つぶしに料理作っていただけだ」と言っていたが…本物の料理人が泣くぞ主?
やはり大賢者は何をやっても大賢者なのだな…。
そんなことを考えながら今現在、我は主と共に民家の影に隠れている。
それは我が主の唯一とも言ってもよい悪いところのせいであった。
置かれている植木鉢に隠れながら顔を覗かせている主は真剣な表情で向こうを見ている。
「…むむ、今のところ妖しい人影はないな」
「…主よ…目下で主が一番妖しいのじゃ…」
頭を傾けたことで綺麗な銀色の髪を横に垂らして必死に向こうを見る。
そこにいるのは買い物袋を持ってトテトテと可愛らしい効果音が聞こえそうな歩き方をしている主の娘であるティア様である。
愛娘であるティア様の動きに合わせてピクリ、ピクリ。
可愛らしい容姿が台無しなことこの上ない。
さて、何故こんなことになってしまったといえば…話は今日の昼食が終わった時に遡る。
◆●◆●◆●◆●◆
―――昼時。
「……なん…だと…?」
大魔導士は大きく目を開き手を震わせ顔を青ざめさせている。
「えっとね、今日はがんばって一人でお買い物いくの!」
改めて言われた言葉にふらついたティオが後ろへと後ずさりテーブルに手を突こうとして卓上にあったフラスコが傾けられ転がり、床へと落ちて砕け散る。
だが彼女はそれを気にすることもなく娘の肩を掴んで抗議した。
「ティ、ティア!?何を言ってるんだ?1人なんて危ないぞ!地雷とか空爆とかあったらどうするんだ?」
過去最大級に必死な表情でよくわからないことを喋る大魔導士。
無論そんな心配はないのでティアは「?」と首を傾げている。
そしてその隣ではアジダハーカが自身の主であるティオを呆れ交じりの白い目で見ていた。
――尚、別に大した買い物に行くわけではなく、馴染の八百屋に一人で行ってみたい、と言っているだけである。…が、最近溺愛を通り越してきているティオは戦争にい征く我が子を引き留めるが如くである…が。
「……お母さん…ダメ?」
瞳をキラキラさせながらティオを真っ直ぐに詰めるティアに「うっ!」とティオが怯む。
最近彼女はこの目で見られることに弱い。
当然今回も彼女の負けであった。
「…わかった。じゃあ今回はティアに任せよう」
「!ありがと!お母さん!」
「ただし!途中で変な人について行ったり、知らない場所に行ったりしちゃだめだぞ!知っている人間でももしかしたら偽装魔術かもしれないから注意だ!
それから…(中略)」
――かくして大魔導士レスティオルゥの一人娘レスティアラの初めてのお使いが決まったのであった。
◆●◆●◆●◆●◆
――と、言うわけである。
ティア様が家を出る前に約10分近く注意事項を述べた主は彼女を送り出した後はこうして壁に隠れて尾行しているのだった。
いつ何が起きても魔術を使用できるように周囲に恐ろしい数の魔術を発動待機させている主は一心不乱にティア様を見続ける。
戦った時も思ったがやはり能力は竜もびっくりのステータスをしているが、その魔力の全てが偏った場面に使用されている感が凄い。
本人曰く、200年の独学らしいが。
と、そのとき町中を歩いていたティア様に見知らぬ軽鎧の男が接近してきた。
あの風貌からおそらくこの町の人間ではなく依頼を受けて魔物退治などをして一時的にこの町に留まっている人間であろう。
「ぬ?」
軽薄な笑顔を浮かべた男がティア様の前を遮り話しかけている。
「可愛いお嬢ちゃんだな。よかったらこの後お茶でもどうだい?もちろん僕のおごりでいいからさ!」
…もしやとは思うがこれは主の警戒していたナンパではなかろうか?
そう思い主に声を掛けようとして口が止まる。
「『
無表情の主が既に構えていた魔術を発動させていた。
時間を停止させる魔術。
これにより周囲の人間や物の時間が止まっているのは、
魔力に抵抗の高い我のみが認識できていることだろう。
そして無表情の主が身体能力強化を自身に施して瞬時に飛び出す。
「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラァーッ!!!」
停止した男に拳を叩き込む主。
しこたま殴り終えた後に主が指パッチンをすると停止していた時間が再び元に戻る。
「そして時は動き出す」
「おぶぶぶぶっぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶっぶうぶぶぶぇ~!」
突如顔面をへこませた冒険者らしきナンパ男は秒も経たずに草むらへと去っていくのだった。
突然、目の前にいた男が飛んでいき驚きの表情を浮かべていたティア様だったが、「あっ!お買い物!」と言って再び歩き出す。
「…よし、アジダハ行くぞ!」
「…はぁ…主よ…いや、皆まで言うまい…」
さっきの男のせいでもはや般若の様な表情を浮かべた主がまた尾行を開始する。
このままではティア様に話しかけた人間が、すべて明日に顔面を膨らませているのではなかろうかと思いつつ、我は主についていくのだった。
――ちなみにティオに殴られた男はこの後、更に一部始終を見ていた町の人間たちにタコ殴りにされた。
今やティオだけに留まらず、レスティアラはみんなの愛された存在となっているので、町中で彼女に手を出したよそ者は有無を言わさずボコボコにされた後、村人とグルの衛兵に連行される運命なのである。
ナンパをする男が悪いのか、過剰防衛する町の人が悪いのか…。
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