危機 その五

 石牟礼の試験を終えた後、残っているメンバーで彼女の合否についての話し合いが始まる。その頃には悌も自室から出てきており、小野坂と川瀬を除く六人で意見を出し合うことにした。

「採用でいいんでないかい? コーヒー嫌いを二人克服さしたんはなまら凄いことだべよ」

 口火を切ったのは鵜飼であった。

「うんっ! オレも採用に一票!」

「オメェの場合石牟礼さんが美女だからだべ」

 嬉々として採用を訴える義藤に村木がツッコミを入れる。

「いいじゃんかぁ、ただあの人あんま女性っぽくないぞ」

「俺は色気ムンムンで来る女よりいいですね、その方が働きやすい」

 悌はこのところの人気振りにうんざり気味であった。堀江が知っている中学時代から彼のモテっ振りは凄まじく、女性遍歴もそれに見合う程度には華麗なものであったと記憶している。

「石牟礼さんは人当たりも良いし、コーヒー以外にも即戦力になる思うねん。店長経験もおありやから視界を広く持てる方やと思う」

「ボクはああいったしっかりした方が良いと思うんですが、義さんと合うでしょうか?」

 根田の懸念に一同はう〜んと唸る。

「けどそれを考えとったら一生増員できひんと思う。俺はこの一年で、応援無しでまかなえる程度の人員を揃えるつもりでおるから」

 堀江のオーナーとしての言葉に全員が頷き合った。それから営業再開に合わせて石牟礼の加入が決まり、当面はカフェ業務用員として就かせることにする。コーヒーのレベルが一気に跳ね上がって、時々やって来るクレーマー客の舌をも唸らせていた。接客で店に出れば男性と間違える客も含め、女性客の人気を獲得するなど十二分に戦力として活躍している。

 その後宿泊業務となるベッドメイキング、チェックイン、チェックアウトの手続き、夜勤業務もこなすようになり、精力的に仕事をこなす女性従業員は場にも早く馴染んでいた。


 その時期から、市内最大ホテルと謳われるOホテルが顧客獲得に力を入れているらしいという噂話が持ち上がっていた。Oホテルは世界規模で事業展開をしており、外国人客にも対応できるよう四〜五人程度コンシェルジュを常駐させている。

 駅近という利便性と日本有数の観光地であること活かし、角松が勤務するタクシー会社や駅前の旅行会社など他業界を巻き込んでの売り込みに、近隣の宿泊施設は少なからず打撃を受けていた。

 特に『オクトゴーヌ』を始めとした小規模な宿泊施設は不利な状況を余儀なくされている。施設によってはあれこれ対抗策を講じているものの、今のところ集客効果は見込めていない。『オクトゴーヌ』は先日の業務自粛以来宿泊の客足が戻らず、対抗策以前に勝負になっていなかった。

 宿泊業務のピンチは川瀬にとっても一大事である。自身で言い出した案なだけに、食事希望客がゼロの日が出てもシフトはそう安々とは変えられない。他のメンバーと一緒に清掃業務に勤しむ日もあるのだが、最近孤立気味で身のなり振りに困る状態になっていた。

 特にカフェ業務と被る午後の出勤は地獄のようで、本業である調理業務が激減して接客やレジ業務が中心になっていることに苛立ちを募らせている。かと言って悌のサポートをするのはプライドが許さず、余計に窮屈さを感じていた。

 堀江はそんな川瀬片割れの現状を静観するしかなかった。以前のようにカフェや夜勤のシフトを入れようにも、本人はそれを望んでいないと見えて『DAIGO』のシフトを更に増やしている。

「あん子また・・他の社員の子と軋轢生んでんだべ」

 『DAIGO』でも川瀬が業務遂行のネックとなっていることを知った堀江は、相談するどころか悩みを共有する羽目になっていた。

「こないだの祭りで亘君に実力で負けらさったんがよっぽど悔しかったみたいでさ」

 三人は心離れていく川瀬にため息を漏らした。


 数日振りに食事込みの宿泊客がいたことで上機嫌の川瀬は、その勢いのまま『DAIGO』へ出勤する。

「おはようございます」

「今日は機嫌良いな。その前に事務所へ寄って、オーナーと旦子さんがお待ちだよ」

 野上の指示で相原親子のいる事務所へ出向くと、見知らぬ男の子がキッチンスタッフの制服を着て大悟の隣に立っていた。

「おはようございます」

 彼は俳優ばりの爽やかな笑顔で川瀬に挨拶をする。

「これはどういうことですか?」

 しかしそれを無視して、足りているはずのキッチンスタッフの補充に訝しがる。

「ん? ヒトエちゃんの空き要員だべ。あん子年内いっぱい介護休暇取らさったから」

 旦子は事も無さげにそう言った。

「そういう方は退職させるべきでは?」

「なしてだ? 休暇の取得は正当な権利だべ」

「一年目でその態度ではヤル気が感じられません」

[そうかい。あん子は休暇明けらさったら夜営業に回ってもらうべ、才能を潰さんためにさ]

 大悟は新人ながらも有能な目黒を高く評価している。しかし大人しい性格が災いして先日のような出来事が続くことを懸念し、川瀬と夢子から引き離すための措置を取った。

「であれば目黒さんの代わりはぼ……」

「彼な、新卒でねしたから即戦力にならさると思うべ。契約社員で採用しささってるからさ、立場上こん子の方が上したから宜しく頼むべ」

「知ってるだろうけどさ、ヒトエちゃんは正社員だべ」

「何が仰りたいんですか?」

 川瀬は旦子の嫌味にカチンとくる。

「ん? こいたまんまだべ」

 彼女はその怒りなどどこ吹く風で軽くあしらった。

「そういうことしたからさ、こん子をなるべく早う慣れさして即戦力にすっぺ。最低でも亘の代役ができるくらいにはしささりたいからさ、そんつもりでおってけれ」

 大悟は一方的にそう言って、川瀬に反論の余地を与えなかった。


 このままじゃマズいかも……と危機感を募らせた川瀬は、更にもう一つ掛け持ちを増やそうとアルバイト情報誌をチェックするようになっていた。調理師を募集している求人に片っ端からエントリーメールを送信し、レスポンスのあった企業に宛てて履歴書を送る。

 それから数日後に面接の打診があり、日程を決めてから面接場所となる住所に向かうと以前ギトギトナポリタンを出していたレストランであった。一旦は反故して帰ろうかとも考えたが、ある意味チャンスかも知れないと思い直して面接に挑む。

 この店は店主ともう一人だけで運営しており、話を聞く限りさほど悪い印象ではなかった。腕の良い料理人を雇って業績アップを図りたいと言っているだけに、提供している料理は不味いという自覚はある様子であった。川瀬はここぞばかり過去の実績をアピールすると、先方に気に入られて採用が決まった。

 生活のためを言い訳にして、三つの仕事を掛け持つようになって更に忙しくなった。食事希望客がいない日はそちらを優先するようになり、正社員であるにも関わらず『オクトゴーヌ』から更に足が遠のいていった。

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