祭り後編 その一

 それから一夜明け、特設会場は前日の出店レシピコンテストとはまた違った雰囲気で賑わっている。昼のうちにミスコンを行うため、参加者である雪路は朝からメイクアップや着付けに大わらわであった。

 会場周辺では、坂道商店街のパトロール部隊と箱館市警が不審者がいないか目を光らせていた。パトロール部隊は今度こそ実害を出さないとメンバー全員が意気込んでおり、初参加者も含めて三十人近くの有志が警備にあたっている。

 一方箱館市警からは塚原が現場指揮官として派遣されており、無線を使って十名以上の警官をまんべんなく配備させていく。しかし彼にとって雪路はある意味鬼門であった。昨夏は勤務外だったが犯人から受傷被害を被る失態を犯し、年明けの放火事件は捜査が難航して『アウローラ』が全焼被害を受ける結果となってしまっている。

 本音を言ってしまえば彼女にはこのような目立つイベントに参加してほしくないのだが、たとえ刑事としてであっても口出しはできなかった。実行委員にも増員とパトロール強化を要請され、市民を守ることが本業である以上全力を尽くすしかない。

 坂道商店街の盆踊り大会は今や市内屈指の夏祭りとも言われるようになり、今年はタレントの誘致まで成功させている。元々は近隣住民にとってのささやかなイベントだったのだが、評判が評判を呼んで周辺の市町村からも客を呼び込める人気イベントの一つに成長を遂げていた。

「三度目の正直といきたいもんだねぇ」

 彼は自身に気合いを入れ直すかのように独りそう呟いた。


 塚原の呟きに天候が味方したのか、ミスコン自体は今のところ順調に執り行われている。参加者としてステージに上がっている雪路の人気は上々で、若き参加者が集う中上位の得票数を集めていた。

 鶯色の浴衣を着てしとやかに歩く雪路はとても華やかであった。和服を着るには高身長であるが、彼女の美しさに魅了されていくファンの声援はどんどん大きくなっていく。

「あん人なまらめんこいべ」

「あったら美人がこん近くにおらさったんなんか知らんかったべ」

 パトロール中の塚原の近くで高校生か大学生らしき浴衣姿の女の子たちも、ステージ上の雪路を羨望の眼差しで見上げていた。このまま円滑に終わればいい……そう思っていた矢先、一人の男が視界に入る。男は中央ステージにカメラを向けて真剣な表情で撮影をしている。

 撮影そのものは禁止されていない。しかし経験からこの男の行為には嫌なものを感じる。塚原はすぐさま要注意人物として部下に無線で報せ、少し距離を置きながら男の動きを監視していた。

 同じ頃、自ら勝手に雪路を守る活動をしているじいさま軍団も不審な男を発見していた。

「あん男おかしいべ」

 彼らの中で最もガタイの良いじいさまが、観客の間を不自然に動き回る男に目星を付けている。

「しょっぴくかい?」

「いんや、今動かさるんは証拠っちゅうんが不十分だべ。もうちょべっと泳がしとけ」

「んだ、全身全霊でユキちゃんを守るべよ」

「じじいの団結力舐めんでねえべ」

 彼らも不審者対策に意気込みを見せていた。


 一方の若手たちは外と内に手分けしてステージ周辺を中心とした警護にあたっている。特に雪路と親しくしている鵜飼を含めた精鋭七名は、女性実行委員と協力し合って控室の中にいる参加者を守るべく囲うように立っていた。

 そんな状況の中、道岡があさっての方向を向いてケータイをいじっており、それに気付いた八木の機嫌が悪くなる。

「アンタ何してんだべ?」

「ん? じっちゃんからメール来たんだ」

「嘘こけ」

 どうせ合コンで知り合った女だと決めつけてトゲのある物言いになる。

「マジだべ、ほれ」

 前科が多過ぎて信用されていないと察知した道岡も、負けじとケータイ画面を八木の前に突き出した。

「あっ、ホンマだ。けどさ、これってあずましくないべ」

「ん、あずましくね。したからもうちょべっとじっちゃんから話聞くべ」

 道岡はケータイをいじって祖父と連絡を取り合っており、八木は一番近くにいる有志にメールの内容をこそっと伝えた。

『失礼します、鵜飼信さんっておらさるかい?』

「どちらさん?」

 部屋の外から名を呼ばれた鵜飼は、念の為警戒して名を尋ねる。彼らは箱館市警の私服警官を名乗ったので、鵜飼と信原の二人で細心の注意を払いながらドアを開けると、事前に顔合わせをした私服警官で間違いなかった。

「塚原から伝言預かってます。ここにおらさるパトロール部隊の皆さんで情報をシェアしてけれ」

 鵜飼は塚原からもたらされた外の情報を受け取り、共に行動しているメンバーとも共有した。


 参加者たちの出番中は何事も無くコンテスト本編は終了し、審査の合間も依然不審な男の監視を続けている。あとは結果発表で登壇があるのみだが、男は撮影の角度を気にする振りをしてステージとの距離を徐々に縮めていた。

 もしかすると複数いるかもしれない……時折ケータイを触っているのにも気付いていたので、部下たちに警戒を強化するよう指示を飛ばす。その直後に会場最前列で騒ぎが起こり、彼もそちらに気を取られた。

「捕まえれーっ!」

「逃がさんべーっ!」

 掛け声と共にじいさま軍団が機敏な動きを見せ、ステージ前まで駆け寄っている若い男を取り押さえていた。気付いている部下もいたのでそちらは任せようと元の男に視線を移すと、ステージ裏側を目指して走り出していた。

「そういうことかっ!」

 塚原は俊敏な動きで男の背中を追いかけた。


 「結果発表があるしたからそろそろステージに上がらさんべよ」

 審査を終えて再びステージ裏に移動した参加者たちは、実行委員の指示に従ってパトロール部隊に守られながら一箇所に固まっていた。そこに一人の男性がニヤニヤとしながら近付いてくる。

「嶺山雪路さん、ご家族から連絡が入っております。何でもご両親が……」

両親・・?」

 雪路は彼の言葉に変な顔をする。彼女は婚外子であるため初めから父親がいない。しかも兄である嶺山とは母親が違うため、このような連絡自体あり得ないシチュエーションである。

「えぇ、ご両親が事故に巻き込まれたそうですよ」

「そうですか。両親が、ですか?」

 警戒する雪路に更に近付こうと、パトロール部隊で最も小柄な鵜飼の脇をすり抜けようとする。

「見ない顔だべ、アンタ誰?」

 鵜飼は男の前に腕を出して通せんぼする。

「は? やだなぁ、私ですよ」

「したから誰? 腕章は?」

「あぁ、テントに置いて……」

 と言い切らぬうちに強引に参加者の中に突っ込もうとしたが、鵜飼は男の腕を掴んで捻り上げた。

「あいたたたっ! 何をするんだっ!」

「腕章付けて出直してけれ、無いもんは付けらんねえかい」

「何を証拠にっ! 仲間にこんな仕打ち許されると……」

「こったら変態わちらの仲間にいないべさ」

 道岡は祖父から送られていたケータイ画面を男に突きつけてやる。そこには、カメラを使うには不自然過ぎる至近距離でステージ上を撮影している男の姿が写っていた。パトロール部隊が不審者を取り押さえた後、客席でも騒ぎが起こってじいさま軍団の怒号が聞こえてきた。

『捕まえれーっ!』

『逃がさんべーっ!』

『しょっぴくベーっ!』

『『『おーーーっ!』』』

 彼らの連係プレーは上手くいったようで、姿は見えないながらも直後に拍手が沸き起こったことで犯人の捕縛に成功したことを悟った。それに安心したのも束の間、今度は背後から別の男が参加者の塊めがけて全速力で走ってきた。それを塚原が更に速いペースで追いかけ、途中で捕まえると片腕で男を投げ飛ばした。

 箱館市警、パトロール部隊、じいさま軍団の功績で変態男三人組を取り押さえ、被害は最小限に抑えることができた。しかし安全面を考慮して参加者をステージに上げるのは取りやめ、代わりに女性司会者と八木のみがステージに立って結果を報告した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る