祭り前編 その五

 『たった今をもちましてタイムアップとさせて頂きます。結果発表まで今しばらくお待ちください』

 波乱含みのコンテストは午後九時で終了し、約半日出ずっぱりだった小野坂は疲労からその場にへたり込んだ。

「お疲れさん、智」

 パレードに参加したその足で最後まで手伝いを買って出た村木が友を労う。

「マジ疲れた……それより礼」

「ん? なした?」

「俺正直棄権覚悟してた」

 小野坂は終了して初めて弱音を吐いた。

「そったらことさせね、したから敢えて仁に連絡したのさ。それにさ、智は逃げの選択をせんかったべ」

「とにかく一時間悔い無くやれるだけのことはやろうってそれしか考えてなかったよ」

「だと思ったべ、念の為先にルール確認しといてよかったさ」

 村木はそう言ってにっと笑った。

「ようそんな余裕ありましたね、パレード出てはったんでしょ?」

「ん。したって今年はカヨちゃんも実行委員なんだべ、したからコンテストのルールをちょべ〜っと聞かさったのさ」

「よく教えてもらえたな」

「緊急事態したから渋々だべ」

 そんなことを話していると、赤岩と義藤が『オクトゴーヌ』のテントにやって来た。

「お疲れさん、仁君と悌君から差し入れだべ」

 赤岩は三人にライトグリーンの飲み物を手渡した。それは鵜飼の母八重から伝授されて根田が作った梅ジュースである。彼はこのところドリンクの創作で才能を発揮しており、今や川瀬よりも美味いコーヒーを淹れられるようになっている。

「智っちマジお疲れじゃんか、片付けなら任せろっ!」

「元気だなお前……」

「おうっ! オレ若いからさ」

「うっせぇ」

 小野坂は今年三十路の意地を見せて再び立ち上がった。早速五人で片付けを開始し、着々と作業を進めていく。

「さっき森田藤洋真見たぞっ! 赤岩のおっちゃん『似てる』って言われない?」

「俺そったら頭でっかくないべ」

「えっ? いい勝負じゃん」

「やかましい!」

 義藤は赤岩に対してもタメ口を使っているが、以前塚原が言っていたように警戒している人間に敬語を使う性分なのだろうと最近は注意するのをやめている。実際彼の口の聞き方がクレームに繋がることはほとんど無く、むしろ大人たちに可愛がられているので矯正の必要性を感じなかった。

「今朝『優勝目指す』っつってたのに何処行っちゃったんだろうね?」

 義藤からしたら当然の疑問だが、今更ながら小野坂も川瀬の行方は知らないままだ。

「さぁ、詳しいことは分かんねぇわ」

「あったら味でかい? 幹線道路沿いのあのレストランかと思ったべ」

「あぁあそこか」

 幹線道路沿いのレストランと言えば小野坂も夢子に連れられて入店したことがあるが、いくら妻のお気に入りとはいえあそこにだけは付き合わないようにしている。

「にしたってアレを見事に改良しささったんは凄ぇべ吾」

「改良ってどんだけ不味かったんだよ? 宿泊のお客様にお料理出してるのに大丈夫なのかよ?」

 義藤の言葉通り、実際に味見をした小野坂と悌も川瀬の腕に危機感を募らせていた。

「いや正直ヤバいぞアレ」

 悌はぽろりと本音を漏らす。

「したら義君健康面は大丈夫なんかい? 状態によっては病院行かさった方がいくないかい?」

 彼らの会話の内容が気になった赤岩も話題に入ってきた。ところが実況席からお待たせ致しましたと聞こえてきて話はそこで終わる。

『投票結果が出ましたので上位五位を発表致します! 全ての順位は明日の祭り終了まで本部テント前に貼り出しますので、五位以下の順位確認はそちらをご覧ください』

 ここからはパーソナリティから実行委員に進行役が代わる。中央のステージには自治会長と森田藤洋真が上がっており、授与式の準備も整っていた。

『まず第五位は朝市回転寿司『シオサイ』!』

 五位に入ったのは先日村木、小野坂らが行った回転寿司屋であった。エントリー名義の板前がステージに上がり、森田藤から小さな盾を授与されていた。この店は少しずつ順位を上げてきており、今年初めて念願のトップ五位に食い込んだ。

「第四位は坂道レストラン『DAIGO』!」

 予想以上に早く『DAIGO』の順位が告げられたことにあちこちでざわめきが起こった。そんな中野上はステージ上で大きめの盾を受け取っていた。

「『DAIGO』四位かぁ」

「もっと上位だと思ってた」

 三連覇を逃した『DAIGO』だったが、野上は清々しい表情でギャラリーに向けて一礼した。そんな彼に温かい拍手が贈られ、たくさんの声援が飛び交っている。

「第三位は大衆食堂『ハヤカワ』!」

 三位は盾からカップに変わり、エントリー名義の料理人は恭しくそれを受け取った。ここはローカル展開のコンビニエンスストアと業務提携を結んで弁当を売り出しており、知名度もそこそこ高い。

「第二位はファーストフード『マリンビーチ』!」

 二位には過去に優勝経験もある市内屈指のローカルファーストフード店が食い込み、底力を見せつけた。展開こそ箱館市とその周辺のみだが、知名度は全国クラスで観光客の人気は絶大である。

「そして映えある第一位は、ロシア料理店『ウクリティエ』! オープンわずか半年でいきなり優勝とはお見逸れ致しました。さすがは元Gホテル総料理長、格の違いを見せつける結果となりました!」

 アナウンスの後、小柄で上品そうな外国人女性がステージに上がった。自治会長からトロフィー、目録袋、花束等を手渡されてギャラリーに手を振っていた。

「ターニャ・マフガロフか……凄い方が来てたんやな」

 悌はステージを見つめながら独り言を呟く。

「ボスーっ! 荷物車に積むぞーっ!」

「はいよ」

 悌は残った食材を詰め込んだクーラーボックスをひょいと抱えた。

「俺順位だけ見てくるから先行っててくれ」

 小野坂は車のキーを悌に預けて本部テント前に向かっていると、ポケットの中のケータイが動きを見せたので一旦足を止めた。

【途中で抜けちゃってごめん、何位だった?】

 川瀬からの呑気すぎるメールにただただ呆れるしかなかったが、取り敢えず貼り出されている順位表をチェックして返信した。

【十四位】

 小野坂をさっさとその場を離れて駐車場で待たせている仲間たちと合流した。

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