一周忌 その一

 山林実紗が福岡に戻って数日が経過し、この日は『オクトゴーヌ』にとっては特別な日となるためカフェは臨時休業にしている。幸い宿泊客たちも午前八時にはチェックアウトを済ませ、【シオン】ルームを除く全ての部屋の掃除も法要までに間に合わせていた。

「持って行くんは位牌、遺影、お供え、ロウソク、お線香、数珠くらいでええんかな?」

「あと生花だね、お墓の分と法要の分と。御仏前と御席料は準備してる?」

 この手の経験をしてこなかった堀江は、インターネットで調べながら準備したものを前に右往左往している。小野坂と根田も葬儀の経験はあるものの、基本は親任せだったため何となくの知識しか無く頼りになるのは川瀬くらいであった。

「相場が分からんから御仏前は五万円、御席料は一万円用意したけど少ない?」

「金額的には問題無いと思う、相原家も多分似たような準備はしてくるだろうから」

 二人顔を突き合わせて持参品のチェックをしている間に、小野坂と根田は喪服に着替えて準備万端にしていた。

「行くついでに花屋に寄ろう、相原家と被りすぎても持て余されるだろうからまずは旦子さんに聞いてみるよ」

「それがいいかも知れないね。仁君、僕たちも支度済ませよう」

 堀江と川瀬は部屋に入ってフォーマルスーツに着替える。川瀬は高校がブレザーであったため普段の着用が無くても難なく着替えを済ませていたが、高校にすら行かずスーツもまともに着たことの無い堀江にとってはネクタイ一つ結ぶのが至難の業であった。前年の葬儀の際に大型スーパーで取り急ぎ購入して初めてスーツに袖を通し、旦子に手伝ってもらってようやっと着用できたという有様であった。

『仁さぁん、ネクタイ結べますかぁ?』

 と助け舟が如く部屋の外から根田の声が掛かる。

「無理、教えて」

『じゃ入りますね』

「うん」

 根田は静かにドアを開け、小声でお邪魔しまぁすと言いながら中に入る。本来おどおどした性分ではないが、個人部屋に入る時のみ何故かこのような感じになるのだった。

「仁さん、タイピンは持ってらっしゃらないんですか?」

「えっ? 上着あんのにいる?」

「体を動かせば上着を着ててもネクタイはよれますよ。無いよりは良いですからボクのをお貸ししますね」

「うん、ありがとう」

 根田は黒のネクタイを持って堀江の前に立ち、慣れた手つきでネクタイを結んでいく。

「ここをこう通して……」

 根田は作業をしながら堀江に教えているのだが、肝心の彼にはその説明が頭に入っていなかった。

「仁さん、一度ご自身でやってみます?」

「えっ? 今?」

「でないと絶対覚えませんよね? ボクもいつまでここにいられるか分からないんですから」

 前月の里帰りでの出来事は堀江にだけ事前に話をしてある。現時点で特に進展は無いのだが、一人で抱え込むよりは幾分気も軽くなっていた。

「俺には難しい問題や」

「仁さんっ!」

「分かった、ちゃんとやるから」

 堀江は根田に習いながらおぼつかない手付きでネクタイを結び終え、多少の手直しはあったがどうにか形にはなった。

『仁〜、おるかぁ?』

 部屋の外から嶺山の声が聞こえてきた。

「はい、いますよ」

 堀江は上着を掴んで根田と共に部屋を出る。嶺山はカゴいっぱいに詰めて仏事用にラッピングされたパンを持っていた。

「これウチから。迷惑やなかったら持ってったって」

「ありがとうございます、では遠慮無く」

 堀江はありがたくそれを受け取った。

「そろそろ出掛けますので、すみませんが留守お願いします」

「おぅ」

 嶺山は『離れ』を出てペンションへ移動していった。二人は外に出て小野坂の車を見ると買っていないはずの生花もどっさりと積まれており、根田がそれどうされたんですか? と訊ねていた。

「さっき花屋さんが持ってきてくれたんだ、行けない代わりに供えてほしいって」

「葬儀には来てくださってたから。相原家でも似たような事伝で溢れてるらしいよ」

「そろそろ出よか、遅れてまう方が失礼やろ」

 堀江の号令で全員が車に乗り込み、小野坂の運転で衛氏の菩提寺に向かった。


「すみません、遅くなりました」

 寺に到着すると先に相原母子が待っている状態であった。

「時間には間に合うてるしたから気にせんでえぇ、わちらちょべっと早う出たしたからさ」

「まぁ揃ったしたからまずは墓綺麗にすっペ」

 住職主導の元一行は金碗家の墓の掃除を始める。三月の北海道は氷点下の日も多く、この日も朝が冷えたので墓石の表面が凍っていた。住職の計らいで用意された湯を上からかけて溶かし、しっかりと洗ってタオルで水分を拭き取る。

「皆だいぶ慣れてきたべ」

 旦子は懸命に墓の掃除をする若者たちの姿に目を細めていた。

「ペンションの子は内地の子らばっかりだべさね?」

 旦子の隣にいる住職も四人の様子を眺めている。

「んだ、しかも雪の生活自体の経験が少ないしたからさ」

「ああいう子らが居着いてくれるようになると街も活性付くべ。ただ出て行っちまう子の方が多いしたからさ、それを食い止められんかったわちらの責任は重いべ」

「そったらことは次の世代に任せるべ、もう私らでは年食いすぎだ」

 そんな会話をしていた二人の元に若い僧侶がやって来る。

「鵜飼さんと赤岩さんが来られましたので、大悟さんと一緒に本堂にてお待ち頂いてます」

「ん。もうじき終わるしたからちゃんとおもてなしせぇ」

 僧侶ははいと頭を下げ足早に本堂へ戻っていく。ペンション組四人による墓掃除も無事に終わり、後片付けを始めていた。

「礼君ら来ささってるってさ」

「はい、これで終わります」

 堀江の言葉を受けた旦子は、きれいに掃除された墓を見て満足げに頷いた。手洗い場に掃除道具を戻していた川瀬、根田、小野坂が集まってから本堂に戻り、住職による御経で故人である衛氏を弔った。

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