小休止 その三
そんな中、最近『オクトゴーヌ』近隣では不審火によるボヤ騒ぎが発生した。人的被害は出なかったものの、市街地といえる地域であるため一歩間違えると大惨事になりかねない。それを懸念した商店街自治会の若手有志たちが、山下貞行の一件以来となるパトロール部隊を再結成させていた。
「こんちわ〜」
剣道有段者であるためパトロール部隊の筆頭角メンバーとなっている鵜飼が、緊張感の無い平常運転の挨拶で三人の仲間と共に『オクトゴーヌ』を訪ねた。
「いらっしゃい、外は寒いでしょ?」
とこちらも平常運転の川瀬が有志たちを労い、日本茶を無料提供する。四人は礼を言ってそれを受け取り、早速湯呑みに口を付けた。
「いやぁ温もんべ、やっぱししばれるしたから」
商店街で学生服店を営んでいる
「しっかしこの辺まで来るとはな」
「んだな。最初は居留地方面したから……席お借りしてええですかい?」
「どうぞ」
川瀬の了承を得た有志たちは、四人掛けのテーブル席に腰を落ち着けて対策会議を始めた。この辺りは建物が密集しているから、火事なんか起こったら困るよね……川瀬はそんな事を考えながらフロントに入って彼らを遠巻きに眺めていた。
「ただ闇雲に歩き回っても事態の改善にはなんねえべ」
まずはその中ではリーダー格となっている八木が口火を切る。
「んだな、わちらは人目が付きにくい所を中心に廻ろ」
「それとさ、燃えそうなもんはなるべく屋内にって声掛けもせんとな」
四人は考えられる限りの意見を出し合い、その場の空気は熱を帯び始める。なるべく効率良く……鵜飼を含め自営の者も多い彼らはパトロールに割ける時間も限られる。いくら三十代以下の若者で結成されているとはいえ、長期化すると身体的精神的支障をきたしかねない。無理なく長期化に備えたスケジュールでなければ事態の改善は望めない。
「近隣住民の迷惑にならねえ範疇で雪かきするんはどうだべか?」
と道岡が新たな提案をした。
「雪かきはそれなりにゆるくないべ、朝もすっから結局二度手間感がねえかい?」
「したってさ、人の出入りがあるんを示すんには有効でないかい?」
「そったらことして、逆に犯人の行動範囲広がんねえかい?」
いくら道民とはいえ、雪かきという重労働を仕事の後にしたくないという信原が嫌そうな表情をする。
「あくまでも人目があるってアピるんが目的だべ」
「場所によっちゃ許可要んべ、任せたべ信」
八木は“壁画プロジェクト”で市役所を出入りしていた鵜飼の肩をポンと叩く。
「しゃあねえべ。それより義君、ちょべっといいかい?」
有志メンバーの無茶振りに渋い表情を浮かべてみせてから、川瀬には普段通りの顔つきで声を掛けた。
「何?」
「ホットサンド二つとホットコーヒー四つお願いできます?もうちょべっとおらせてほしいんだ」
「かしこまりました」
川瀬は注文を受け取って厨房に入った。
川瀬が厨房に入って調理を始めてからも、パトロール部隊の緊急会議はまだ続いている。
「機械入れた方が効率良いべさなぁ」
「なるだけ小型を使うにしたって騒音は避けらんね」
「したら事前に近隣の皆に話通しとかねえとな」
「チラシ作って配布すんべ、ノブに任せた」
と話を仕切る八木が信原の顔を見た。
「それは構わねえけどさ、アンタいっつも人任せだべ」
「俺は現場主義したから体力温存だべ」
「それしかこかね、こん男」
実際八木はここぞという現場ではそれなりに頼りになるため、呆れはするも口答えする者はいない。
「機械はウチが出すべ、二台あるしたから」
道岡の言葉に八木が頷いた。
「ん、したら手分けして何台か用意すっぺ。信んとこも二台あったべ?」
「嶺山さんとこに譲ったべ」
「「「はあぁっ?」」」
ケロッと事実を告げた鵜飼に一同は非難の声を上げる。
「アンタ何してんだべ! こんの一大事にさ!」
「ウチの敷地で二台も要らね、腐らさるよかマシだべ」
「したって“備えあれば憂いなし”ってこくべ、いざって時のためにとか考えねかったんかい!」
「倉庫の肥やしになるくれえなら誰かに使ってもらった方がいいべ」
幼馴染の容赦ない口撃をふわふわとかわす鵜飼に、気の短い八木が苛つき始めた。
「したらすぐにでも奪還してけれ! 放火から街を守るためだべ!」
「やかましい、ぎられた訳でもねえのに人聞きの悪いことぬかすんでね」
「二台持ちの家なんてわちらだけでねえべ、他のメンツにも声掛けりゃいいさ」
それで話を締めようとした道岡だったが、八木は腹の虫が収まらずいいや! と食い下がっている。一方の鵜飼にとっては彼の気の短さなど慣れたもので涼しい表情のままだ。
「なぁ、嶺山さんってパン屋のかい?」
と信原がそれとなく話題を変えた。
「んだ、なした?」
「ん、あっこの店主にも参加を呼びかけてみるんはどうだべか?と思ってさ。ガタイもええし戦力になりそうでないかい?」
パトロール部隊の人員増加案を出しているのだが、信原の顔は徐々に紅くなっている。
「次の火曜なら参加できるってこいてらしたべ」
「そったら大事なことは早よこけ!」
再び八木の短気に火を点ける形となるが、そこは全員慣れており宥める者もいない。
「面識くれえあるしたから当日でいいんでねえかい」
「したって心構えが要んべ! メンツの把握も……」
「してんのはアンタでね」
「ぐっ……」
八木は裏方業務を苦手としており、昔から進行役にまわって避けてきたきらいがある。人目の留まるパフォーマンスを好む目立ちたがりな性分で、彼自身自覚をしているのか鵜飼の一言に何も言い返せないでいた。
「へぇ、したらあっこの看板娘と仲良くなれっかな?」
と道岡が本題とは別のところに興味を示し始めた。
「看板娘? あぁユキちゃんかい?」
言ってからしまった! と道岡を見た鵜飼だったか、時既に遅く彼の瞳がキラキラと輝き出した。
「ユキちゃんってんだな彼女。すら〜っとしてっしオシャレだし、何より顔もめんこいべ♪」
「またかい……」
予想外でもなかったが、女好きの彼が雪路をチェックしていたと知りため息を漏らす。
「なぁなぁ、ユキちゃんって彼氏いんのかい?」
「知らね、そったら話せんしたから」
「紹介してけれ! 礼はする!」
道岡は手を合わせて懇願の動きを見せる。
「まずは嶺山さんに好かれてからだべ」
「へっ? なして上司に好かれる必要があんべ?しかもあったらやっこ面した……」
と言ってから両手で慌てて口を塞ぐ幼馴染に鵜飼は苦笑いしてみせた。金髪坊主頭で耳にはピアスの穴多数、仕事を離れるとアクセサリーをジャラジャラと付けてバイクを乗り回している。その上身長百八十センチ超えで筋肉質な体型をしている嶺山は、第一印象ではいかつく見えなくもない。
「ユキちゃんあの人のめんじしたからさ、その関門突破しねえと無理だべな」
「……」
とどめのひと釘を刺された道岡は、小心者ゆえすっかり怖気づいて意気消沈していた。
「お待たせ致しました」
川瀬は出来立てのホットサンド二つとホットコーヒー四つをテーブルに並べていく。気分が沈んで食欲を失われている道岡よりも、どことなくふわふわと落ち着かないでいる信原の方を気にしながら普段通りの仕事をこなしていた。
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