覗き見 その三

 『そう言えば先月商店街で大立回りしたのって君しょ? 堀江仁さん』

 阪田という名の背の低い刑事が商店街でチンピラたちを追い払った時のことを引き合いに出した。

『そんな大事ではありません、あれはただ……』

 堀江は大立回りのつもりなど毛頭無かったので、言い訳がましい気もしたが正直に話そうと口を開こうとした。

『それは伺っていますよ。ただそいつらがちょっと“厄介”な連中でして』

 渡部と言う名の背の高い刑事は、変わらず丁寧な口調で話し、部下を目で制した。

『“厄介”って、僕みたいな奴らということですか?』

『ある意味そうですね。最近この辺りに入って来ているようでして』

 詳しい言及は避けていたが、ここを訪ねに来たということはもしかしたら無関係という訳にはいかないのかもと妙な胸騒ぎを覚える。そして渡部はある男の名前を口にしたことで表情が固くなった。

『あの男、もう出所したんですか?』

『仮出所だったと聞いていますが、監視の目を盗んで失踪したそうです。実家近くや詐欺事件を起こした兵庫県周辺を中心に捜査はしているとのことですが、今のところ消息不明です』

 その話を聞いてだんだん嫌な予感がしてきた堀江は、不安そうな表情を刑事に向ける。

『最近船を使って道内に入っている、ということまでは分かっています。このところチンピラ共が急増していることを考えても間違いないでしょう、ただ何が目的で何をするつもりなのかがはっきりしない。もしかするとあなたを頼りに……』

『まさか』

 堀江はさほど親しくなかったその男の行動に疑問を感じる。

『確かに同じ刑務所にはいましたが、そこまで親しくありませんでした。それに出所してから一度も連絡を取っていません』

 堀江は正直にそう言った。

『そこを疑っている訳ではありません。ただ、あの男から何かコンタクトがあればすぐに報せて頂きたいのです』

 渡部はスマートな身のこなしで胸の内ポケットから名刺を取り出して堀江に手渡した。そこには市警の直通ダイヤルと彼の携帯番号が印字されている。

『分かりました』

 その言葉を聞いた二人の刑事は、よろしくお願いしますと言ってペンションを出て行った。


 堀江は先日渡された刑事の名刺を見つめていた。あの男が何度かここに電話を掛けてきたことは話したものの、何を企んでいるのかは皆目見当が付かなかった。

 一体何しにここへ? 俺に何の用があるんや? 考えても分からない事案に悩んでいるせいで、必要以上に電話が気になりフロントから離れられなくなっていた。それが気になって仕方が無い川瀬は、余計なことかと思いつつも声を掛けてみる。

「ひょっとして、まだ掛かってくるの?」

「うん、ちょっとしつこいから警察には相談したんだ」

 堀江は心配掛けまいと笑顔を見せるが、それがかえって不安にさせていた。

「そう。何も無ければ良いけどね」

 川瀬はこれ以上掘り下げるのは得策ではないと考え、食事の支度を始めるために厨房に入った。厨房内で小野坂が先に下ごしらえを始めている。今の彼の心理状態ですぐ傍に誰かがいる状況は妙に安心感を持たせていた。

「この前のあの電話、何か変じゃなかった?」

 普段そういった内容の話題は胸に仕舞っておくタイプだが、この時はよく分からない不安も手伝って思いを口に出していた。

「あぁ。柄の悪い関西弁の」

 小野坂もその電話のことは覚えており、思い出すだけでも嫌そうな表情を見せた。

「このところ電話と予約名簿、やたらと気にしてるよな」

「うん、あの電話まだ掛かってくるってさっきオーナーが。さすがに警察には相談したって言ってたけど」

「そっか」

 小野坂は“警察”というワードが出てきて昼間の出来事を思い出していた。塚原はこのことを知っているのだろうか?

「それと気になることがあるんだけど」

 川瀬は珍しく話を続け、普段こんなことはなかなか無いので何? とそのまま付き合う。

「うん。あの郵便局員の人、塚原さんだっけ? あの人一体何者なんだろうね?」

「何者? って、どういうことだよ?」

 小野坂は勘の良いその言葉に少し動揺する。どうしようかとも思ったが、そのまま彼の考えを聞くことにする。

「ただの勘なんだけど、あの人変装捜査してる刑事さんだったりしてって思うことがあるんだ。ここに来るようになったのも治安が悪くなった頃からだし、これまで知ってる郵便局員さんとは明らかに雰囲気が違うし。上手く言えないんだけど、眼光が鋭い感じがするんだよね」

 冴え渡る川瀬の勘に小野坂は驚いていた。実は刑事だよと白状しても、口止めされてると言えば拡散はしないだろう。しかし彼が見たスーツ姿の二人組の男、堀江が持っていたパスケースの中の写真、テレビで流れていたワイドショーの内容が変に符号していることで、どうしてもそれを言い出すことができなかった。

「でもそれにしてはあの人ちょっとお気楽過ぎるよね?」

 川瀬は自身の勘が突飛過ぎると思ったのか苦笑いする。

「確かにそうだな」

 小野坂はそれに同調した返事しか出来ず、意外と和やかな状態で話は終わる。それからは仕事に集中し、その話題には一切触れなかった。

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