幕間
第26話 歌の終わり
※『マーレファ奇譚』読者向けサービスカット。やや同作品のネタバレありです。
思い出と夢を語り合う
嫉妬も
すべてに知らぬふりをして
遠き大国ヒルカニアの言葉でつむがれる歌が、夜の丘に響き渡る。一世代ほど古い時代に庶民の男の間で流行した歌であるが、それを音楽的な声で歌いあげる本人は、古かろうが新しかろうが構わないらしかった。腰に剣を下げ、背に弓矢を負った男は、ぽつりぽつりと草の生えた丘で、ゆっくりと馬を駆る。
そこは、イェルセリア新王国の町、ギュルズの
彼は心地よく酔うように歌い続けていたが、ふとその声を止めると同時、馬も止めた。体をごそごそと探ると、外衣の、ものを入れられるように穴が開いているところから、妙な石を取り出した。水晶や宝石ではない。さりとて路傍の石でもない。ふしぎな輝きを放つ石であった。
『シャラクの方はどうだった?』
その、石の中から、子どもの声が流れ出る。
「ああ。おまえの言う
『イェルセリアの跡地? ひょっとしてそれは』
「いや、おまえが考えている可能性とは逆のようだ。『夜の杖』を探しだして、壊すつもりだな」
『壊す? 自分がその力の宿主だと知っていて杖を破壊する気なのかな。それとも、知らないのかな』
平たんな声がふしぎそうに言うものだから、男は少し考えこんだ。
「両方じゃないかね」
返答はない。しかし、首をかくんと傾ける姿が容易に想像できたので、男は言葉を続けた。
「今はおそらく、己の身に何が起きているのか知らんのだろう。しかし、知ったところで意志を曲げるわけでもない。あの王子様はおそらく、そういう頑固者だ」
『彼を知っているの』
「一度遠くから見たことがあるだけだ。今のは全部俺の想像。女の勘ならぬ、男の勘というやつだ」
『……よくわからない』
男は短い言葉を聞き、爽やかな笑声を立てる。
「まあ、わからぬならそれでも構うまい。それより、俺は一度そちらに戻ろうと思う。ほかに何事かあるなら、戻る前におつかいくらいはしていくが、どうだ?」
『今はなにもないよ』
「承知した。それでは一度、館に戻ろう」
『うん。お願いね』
善意も悪意もこもらないお願いを最後に、声はすっかりとぎれた。男はそれを確かめて、再び石を衣服の内側にすべりこませる。何事もなかったように手綱をにぎり、馬の腹を軽く蹴った。
男は再び口を開きかけ、少し考えるそぶりをする。どこから歌を歌おうか、少し迷っていたのだった。迷った結果、歌うのをやめた少し前のところから、始めることにした。
場末の酒場で杯交わし
思い出と夢を語り合う
嫉妬も恋慕も寂寥も
すべてに知らぬふりをして
このままでいいのかい
問いかける声に耳をふさぎ
知らぬふりをした感情を
安っぽい酒で流すのさ
歌詞に似合わぬ陽気な声と、馬蹄の響きだけが、夜のギュルズの町外れを流れてゆく。俗世を愛する男は神聖なる建物には目もくれず、そうして再び旅を始めるのだった。
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