第1話「フォート・ラグダ攻防戦(前編)」


 フォート・ラグダあと


 大昔に墜落した隕石孔いんせきこうを利用して作られた天然の要塞だ。

 隕石落下によってできたふちを外壁とし、隕石孔の中心には──ちょっとした街のような雰囲気を持つ要塞都市があった。

 かつては先住民の土地。

 アメリカ陸軍騎兵隊が利用するまでは、巫女シャーマンを中心とした特殊な先住民の村があったらしい。

 だがそれをどうにかして・・・・・・立ち退かせ、重厚な要塞都市を築いたもの。


 そんな系列のある特殊な土地。


 この地に生まれた老いた巫女シャーマンがいつの間にか舞い戻り、隕石孔を見下ろせるふちに立ち、眼下をずっと睨み付けていた。


 老婆は言う。

「愚か者どもよ。……時は満ちた。じきけがれし魂もあふれる……」


 かつて、この地を奪い──汚した侵略者どもに思い知らせるために──。

 すでに時は熟し、大地の精霊グレートスピリッツとの交信もできている。


 そしてなにより、

「あの『石』があるとは、な……これも運命さだめかの」


 いずれ来るその時……それは近い。駒は揃い……あとは、愚か者どもに大地の裁きを下すのみ──。


 老婆の大地の精霊グレートスピリッツと交信する呪文は朗々と響き──隕石孔の生み出す得意な地形の間に溶けていった。



 一方、場面は変わってフォート・ラグダの砦跡とりであと

 ここ最近まで無人だったというが、それも最近までのこと。

 

 その要塞は、かつては先住民との戦いの拠点として築かれていたが、その戦争の終結とともにお役御免おやくごめんとなっていた。


 かつては、隕石の衝突跡を利用した重厚な壁を持つ外敵を寄せ付けない難攻不落の城塞として活躍。 

 広大な内部の土地は水を貯え肥沃な大地で、この地では珍しい草地を形成しており、


 そのおかげか、内部に籠って外壁を城壁とすれば、何年と立て籠もることができる理想の要塞といわれていた。


 とはいえ、外壁までは利用していたのは大昔。


 今は広大に過ぎて、実際に機能しているのは要塞の一部施設のみ。

 それとて、かなり前に放棄されていたため所々崩壊しており、今となってはタダの廃墟……──、


 ──となっているはずであった。


 そう……はず・・であったのだ。

 だが今は──。




 パパパパッパン!


 ドォン! パン、パーーン!




 激しい銃撃戦の舞台となっている。


 砦の址にこもっているのは、ソンブレロ(メキシコっぽい帽子)をかぶった男達に、

 いかにもカウボーイだとか無法者アウトローといった風体の男達の集団だ。


 皆一様いちように銃で武装しており、盛んに外に向かって発砲している。

 その銃は種類も様々。

 古めかしい様相のライフルもあれば、洒落た形のリボルバーもある。


 分かっているのは雑多な武器ばかりで、銃撃の統制も取れているとは言い難い。


 対して、

 砦に籠るその集団に外から攻め込んでいるのは、あのブラウンシティでダラダラと酒を飲んでいた男達。

 そこに加えて、さらに多数の荒れくれ者が混じっている感じだ。

 見た目は要塞内の無法者アウトローとそれほど遜色があるようには見えない。


保安官シェリフ!」


 あの酒場でカウンターに座り、一人でウィスキーを舐めていた男に、同じく酒場でカードに興じていた男の一人が怒鳴り声をあげて近づいてくる。


「ガルム保安官シェリフ!!」


 銃撃を避けるため荒野に生える堅い下草に身を潜ませて、だ。

「こっちだ」


 ウィスキーの男……ガルムと呼ばれた男は姿勢を動かさずに、声だけで呼ぶ。

 それに気づいた男が滑り込むようにガルムのそばに来ると、

「奴ら、待ち構えていやがった! 先駆けの賞金稼ぎバウンティハンターどもは、ほとんど全滅だっ」

「気にするな。無法者アウトローどうしで潰し合ってくれているんだ、都合がいい」


 酒場にいた時とは異なる、渋い雰囲気を出すガルムは初老のそれ。


 テンガロンハットの下の顔は精力的な目つきだが、やはり歳を感じさせる。

 ヒゲだらけの四角い顔は、ヒゲ同様に燃えるような赤髪。だが年齢相応にそれらに白いものが混じり始めていた。

 日に焼けた褐色肌の体つきは大柄と言うよりも──がっしりしている、とでもいうのだろうか。

 体格はよく、覇気もまた……若々しい。


「酒場の店主が通報したか……軍のあの女少尉が何かしでかしたか・・・・・・……。ま、いずれにせよ行くだけだ」


 ガルムは、ニィィと口だけでニヒルに笑うと、


「見ろ! 賞金稼ぎどもバウンティハンターズのお陰で、要塞の正面はガラ空きだ」

 拳銃の銃口で帽子の鍔をヒョイっと持ち上げると視界を広げる。

 ついでに二丁に持ったもう一丁の銃で要塞方向を指向し、男の注意を向ける。


 言われて、そちらを注視する男。


「ほ、本当だ! 保安官シェリフはこれを?」

「いーや、たまたまさ。ま、出たとこ勝負だ──。……おっし、いくぞっ! 保安官補佐サブシェリフを集めてくれ」

了解ヤー!!」


 元気よく答えた保安官補佐サブシェリフの男は低い姿勢で背後に駆けていく。

 それを見送りつつも、保安官シェリフと呼ばれた初老の男──ガルムは、拳銃の弾倉を開放し残弾を確認。


 まだ一発も撃っていないのだから、6発全て入っている。

 更にもう一丁を構えて確認。


 コルト社製の、安心と信頼の設計───コルト:シングル・アクション・アーミーだ。

 通称「コルトシングルアクションアーミー」と言えば知る人ぞ知る銃。


 撃鉄を起こして──引き金を引くという単純なつくり。

 それは最近の流行はやりである、引き金を引くだけで撃鉄が自動で起きるカラクリ・・・・──ダブルアクションよりも一つ動作が多くなるソレだが、


 その分、機械的信頼性は高い。


 砂礫されき舞い散る西部の荒野には、これくらいの頑丈な奴の方が向いている(ガルム談)。


保安官シェリフ! 集合しましたっ」

「よーし、バイトども……俺に続け──」


 ズラリと並ぶ男達の顔をチラリと窺うガルム。


「「「了解ヤー!」」」

「今日こそ、賊を根絶やしだ──『ビリィ・ザ・サーカス』の一味を討ち取れぇぇ!」


「「「おおぉうヒャッハー!!」」」


 ここで景気付けに「ドカン!」と一発、空に撃ちたいが、……せっかくできた戦場の隙間だ。

 これを、みすみすのがす手はない。


「突っ込め、餓鬼ジャリども!」

「「「YEAAAAAAAA!!」」」



 「うおおおおおおお!」と、年甲斐もなく駆けだすガルムに続いて、保安官補佐達が後に続く。



「「「ヒィィヤァァッッハァァァァ!!!」」」



 雄たけびを上げて、短い草丈から飛び出す男達。すると、たちまち銃撃が指向されるが──思った通り数は少ない。

 フォート・ラグダ要塞の側面──崩れた壁から忍び込もうとしていた賞金稼ぎバウンティハンター対策に、内の賊どもが側面にガンマンを集中配備した弊害だろう。


 おかげで、ガルム達への反撃はほとんどない。賊は思ったより数は少ないのかもしれない。


「内偵の甲斐かいがありましたね!」

 走りながら保安官補佐は言う。

「当然だ。一ヶ月もあの臭い酒場に張り付いていた成果があったってもんよ」


 中々口を割らない店主にごうを煮やしかけていた矢先ではあったが、

「あの女軍人──……一日どころか、5分で聞き出しやがった」


 くそったれが、と唾を吐きつつ、軍と連邦保安官USシェリフの財力の差か……───


保安官シェリフの顔が怖すぎるんですよ!」

 ケケケと、減らず口を叩く保安官補佐。こいつは近隣の街からかき集めてきたお手伝いの一人だ。


 連邦保安官USシェリフの権限で人を集めたはいいが、近隣の市町村ときたら……どこもかしこも正規の保安官は出さずに、コイツみたいなチンピラまがいの連中しか貸し出しやがらなかった。


 まぁ、その分命が安くていい。


 ついでにチンピラどもの伝手つてで、ならず者一歩手前の賞金稼ぎバウンティハンターを集められたのは僥倖ぎょうこうと言えば僥倖。


「うるさい。てめぇも年を取りゃ、こうなる」


 コリコリと銃口の先で顔のソレを掻くと、古傷が目立った。

 ピクピクと引き攣ったように動くそれは、実に生々しく……男の顔を印象付けた。


「おーこわ……! 流石は連邦保安官USシェリフ一の猟犬ハウンド……オオカミと噛みあったって噂は本当ですかい?」


「は! 噂だ噂……狼じゃねぇ、コヨーテだよ」

 フッとニヒルに笑うその顔。嘘を言っているようには見えないが、こういった場に合わせたジョークだろうか。


「ぎゃははははっ! これから猟犬ハウンドは辞めてコヨーテバイターにしろよ」

「口の減らん奴だ────っとぉぉ、来たぞっ!」


 ピシュン! と空気を切り裂く擦過音。


 正面の扉は閉鎖されているが、木製の簡単なモノ。力づくで破るのはたやすい・・・・

 ……それよりも、その門を護る様に固めている出城のようなやぐらが邪魔だ。


「敵、櫓に1──頭を出させるな!」


 ハンドサインで、サササッと、指示をするとガルム側のライフル持ちが停止し、盛んに櫓を撃ちかける。

 レバーアクションライフルはこういう時の制圧効果は絶大だ。


 ドカン、ドカンドカン! と、連続する音に敵も頭を出せない。


 その間にガルムは銃を構えたまま、正面扉に張り付く。

 すると、もう一つの櫓から賊の一人がヒョイっと顔を出す。


(遅ぇよ!)


 パパパパッパパパパン!!


 すかさず連射!

 シングルアクションの拳銃をまるでダブルアクションの如く、両の手に構えて連射して見せる。


「はえー! 流石はコヨーテバイター!」

 こいつ……これを流行はやらせる気か。


「油断するな! 中にはまだ、ウジャウジャいるぞ」

「へへ! その方が報酬も高くなるってもんよ」


 ふ……いい心がけだ。ま、ビビられるよりはいい。それよりも──。


「ダイナマイト!」

 ガルムが顎でしゃくる様に指示すると、後方から大きな肩掛け鞄を持った保安官補佐が駆け寄り、


「何本で?」

 この場においてトンチキなことを抜かしやがる。


「あほぉ! 一本でも二本でもいい早くしろ」


 銃の台尻で小突いてやると、そいつはふてくされた・・・・・顔で準備し始めた。

 ガキめ……。


「散弾銃! こっちに来て、穴を開けろ!」

 了解ヤー! と小気味よい返事と共に走り出た一人。水平二連銃身の散弾銃を構えると、ズドォォン! と一発。巨大な穴を開ける。


 そこにダイナマイトを放り込もうと保安官補佐の一人が近づくと、


 パァン! と開いたばかりの穴から銃撃。

「ぎゃああああ!」

 無造作に突っ立っていたダイナマイト持ちの男が撃ち倒された。


 しかし、撃たれたソイツの手には、すでに火の付いたダイナマイトが────!


「ひぃ!」「に、にげ!」

 いっぺんに浮足だつ保安官補佐ども、


「アホォ! ビビったら負けだ」


 ガルムは一喝いっかつして鎮めると、死人の手から火の付いたダイナマイトをもぎ取り、穴の中に放り込んでやる。


 「うわ!」「逃げろ!」と、門の向こう側でビビッて逃げ出す連中の声が響いてきた。


 ほぉら……ビビったら、こうなる!






 ────ドカァァァァン!





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