第4話「早撃ち」



「む……」


 ビリィの指摘にガルムは軽くうなるが、目深にかぶった帽子の奥に隠しているドヤ顔は変更することがなかった。


 それよりも、コケにされたと感じているアレスが重要だ。


「て、てめぇぇぇ!」

 アレスは怒りのあまり衝動的に腰の剣に手を付けようとするが───、


「HEY YOU…………」


 アレスの傍にいたビリィが、酷く冷えた声を出す。


ソイツ・・・を抜いたらしまいだぜ? …………いいのかぃ?」


 飄々ひょうひょうとした雰囲気はどこへやら、冷酷な殺気を双眸そうぼうに纏い、アレスを睨む。


 顔は笑っているが……目は全く笑っていなかった。


「何をふざけたことを──」

 ──俺を誰だと思っている!


 ビリィの口調に、激高した勇者が剣を抜こうと柄に手をかけたとき────、




 ……それより前に怒り狂った者がいた。




「いでぇぇぇぇじゃねぇぇぇぇがぁぁぁぁぁぁ!!」


 無様に転げまわっていたとはいえ、歴戦の戦士たるベルン。

 激痛をえて立ち上がると、背負っていたオリハルコン製の斧をズラリと引き抜き──。


「じねぇぇぇぇぇぇ!!」


 と、振りかぶり……どう見ても周囲の巻き添えなど気にしていない攻撃を繰り出っ……。








 パ、パパパパァン!








 乾いた連続する破裂音。


 …………。


「警告はしたぞ」


 ヒュゥ♪ とビリィが口笛を吹き、

 ガルムはその前で仁王立ちになり、煙をくゆらせていた。


「ひ……で、ぶ」


 ユラユラと揺れるベルンが、

 ブシュ! と顔から血を吹き出し……──ドバターン! ガラン、ガシャンパリーン! と食器などを巻き込み倒れる。


「ひぃぃ!」「うわぁ」「きゃあああああ!」

 冒険者や酒場の女将などの悲鳴が響き、その叫び声の先にベルンが……死──。


 死んだ?


「お、おい……ベルン?」


 酒場の女将を組み敷いていたファマックもそれどころではなくなり、間近に倒れてきたベルンに近づくと首元に手を当て、──脈をとる。


 …………。


 ……。



「し、死んどる……」


 死んどるぞベルンがぁぁっぁ!!


「なん、だと……」

 驚愕に目を見開いたアレスがベルンに駆け寄ると───。


「ベルン! ベルン!? おい、おいおい! 嘘だろ!?」

 ガクガクとベルンを揺さぶるアレス。

 しかし、だらーんと弛緩しかんしたベルンの体は力が入っておらず、呼吸の形跡もない。


「なんてこった! おい、メリー! はやく、早く魔法を! ベルンを救え!」

「は、はい! ……聖なる癒しホーリーヒール!」


 パァァァァ──と神々しい光がベルンの体を包む。──……包むが、


「うそ……ホントに、」

 ホントに死んでる───!?


「警告はしたはずだ……それと、」


 いまだ座った姿勢のまま、


「──幼い子供に乱暴をするな」

 フッ、と硝煙を漂わせる妙な鉄の筒に息を吹きかけると、

 ガルムはそいつを軽~く、クルクルっと回して腰の物入れに納めた。



 ──き、


「き、……さまぁぁぁぁぁあ!」


 怒りのあまり真っ赤を通り越して、ドス黒い顔つきになるアレス。


 衝動的に切り殺したくなるも、グッと堪えた。

 堪えたのは……、別に慈悲故ではない。


 ただ殺すだけでは満足できないと、


 仲間の名誉と……

 何よりコイツに大恥じ晒させて、あげくに公開処刑して笑い者にしてやらないと気がすまなかった。


 ならば、古今東西やることは決まっている。

 そう、


「けけ、け、け───」

 怒りで震える唇に力を込めるとアレスは叫ぶ。

(────公開処刑してやる!!!)



「決闘だぁぁぁ!!」



 ガルムに指を突きつけ、宣言した。

 その様子を椅子に座ったまま、ゆったりとした様子で聞いていたガルムは、


「ほぉう……」


 帽子の奥でニヤリと笑う。


 そんなガルムに、ビリィは「あちゃー」と言った様子で顔を覆っている。


 勇者と決闘──。


 ギルド始まって以来の前代未聞の事態だろう。

 だというのに、当の本人はまったく焦りも危機感も感じない様子。相方のビリィは呆れるのみ。


 そんな様子を目の当たりにした、ギルド内にいた冒険者と職員は──「…………」思わず顔を見合わせる。


 感激しているのは酒場の親子だけ。

 いや、それにしたって場の全員の感想は同じだろう。




 すなわち────、


 ……何なんだこいつら? と。







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