135.エルフの森の異変
この日、エルフの森では、四つの不幸が重なった。
一つ目。珍しく嵐になった。
森にとって、雨が降ることは天の恵なのだが、エルフの森ではふだんはそれほど激しくは降らない。しかし、この日はいつもより強い雨が降り、強風も伴って、森の至る所で雨しぶきが飛び散ったのである。当然、それは、例のキノコをも雨にさらした。
二つ目。30年に一度というシルバー・ファイアフライの繁殖期が始まった。
しばらく前から始まっていたのだが、今日、この日、いつもよりもはるかに多くのシルバー・ファイアーフライのオスが、メスを引き付けるために光り輝いた。いつもなら、光が舞う、幻想的な光景なのだろう。
三つ目。イベリアが、ちょうどその日に西側からエルフの国に近づきつつあった。
四つ目。マナの大量放出が発生した。
龍脈の振動サイクルによる龍脈流の放出の高まりが、学園都市でのマナ津波の余波により増幅され、マナ放出量がいつもよりも高まった。大部分は世界樹が吸収するのだが、余剰分が大規模にエルフの森に放出されてしまったのだ。
後に『エルフの森の四つの不幸』と呼ばれる事象。それは、神でさえ予測できない事象だったのである。
◇
エルフの森にはトレクト・ランスという木の魔獣がたくさんいる。この魔獣から得られる素材は、良質な魔力を通す木材になる。トレクト・ランス自体は、普通は移動もせず、特に害がないので、管理された地区で育てられ回収される魔法木材としてエルフの国の特産にもなっている。
問題のキノコの、大量の繁殖地帯となったのは、エルフの国の北部と西部にある、トレクト・ランス牧場と呼ばれている地区だ。そして、西地区は、エルフ国を北から南に縦断するエルディ川に流れ込む小川がたくさんある湿地帯だ。
そして、それは、ファイアフライの繁殖地でもあった。
ここで、問題になるのは、発生した瘴気とウイルスがトレクト・ランスに与える影響に関して、史郎がまったく警告しなかったことだ。
もっとも、史郎にとっては、一度も遭遇していない魔獣なので仕方がないとはいえるのだが。
◇
「大変だ! トレクト・ランス地区で高濃度の瘴気が発生しているぞ!」
冒険者ギルドに、冒険者が飛び込んできた。
「瘴気だと? なんでまた……。おい、ちょっと待て、それはまずいんじゃないか⁉」ほかの冒険者が叫んだ。
「ああ、今、地区のゲートを閉鎖しようとしている。ギルドマスターに報告だ。緊急招集がいるぞ」
トレクト・ランスと高濃度瘴気。エルフの国に住むものなら、誰でも知っている知識だ。トレクト・ランスは高濃度瘴気で狂暴化する。そして、それはつまり、トレクト・ランスが攻撃し、移動し始めるという事なのだ。
ギルドマスターが現れ、冒険者達に聞く。
「いったい、どの地区で起こっているんだ⁉」
「北地区と西地区です!」
「両方ともか? どうしてまた……」ギルドマスターは頭を抱えた。
長年この街に住んでいるが、トレクト・ランス地区で高濃度瘴気が発生したなんて、今まで聞いたことがないぞ、とギルドマスターは心の中で叫んだ。
「緊急招集だ! 冒険者を集めろ! 南地区への侵入を許すな!」とギルドマスターは叫んだ。
南地区は農業地だ。もし農業地へトレクト・ランスが殺到すると、この国の食糧供給に壊滅的な打撃になるおそれがある。
「それと、国王へ緊急に報告だ。兵を出してもらう必要があるぞ!」
◇
知らせを聞いたレイ国王は、通信システムで世界中に緊急連絡を行い、救援を要請した。
くしくも、連邦の準備に当たっての緊急連絡システムの初めての稼働になるのであった。
◇
「エルフの森で、トレクト・ランスの狂暴化とスタンピードが発生したらしいわ」とアリアが報告を持ってきた。
「トレクト・ランス? それは魔獣か?」と史郎は聞いた。
「あら、知らないの? ああ、そうね、エルフの森にしかいないわね。魔獣というか、木の魔獣と言えばいいのかしら。普通はただの木にしか見えないわね。魔力をよく通すので、杖の材料なんかの特殊材料になるのよ。通常では動かないし攻撃もしてこないわね。ただ、ある程度の瘴気濃度に反応して、狂暴化するのよ。今回のような事態だといちばん厄介ね」
「木が攻撃?」
「ええ、枝を槍の様に突き出して、そして、振り回すのよ。さらに、根をオクトのようにして、移動し始めるわ」
「史郎、オクトというのは、タコの魔獣です」
「あー、なるほど。もしかして、ツリー・オクト・ランスの省略形か? じゃあ、弱点とかはないのか?」
「そうね。あまり知られていないわね……。とりあえず切り倒すしかないかしら?」とアリア。
「史郎、この世界ではあまり知られていませんが、雷属性に弱いです。知られていないのは、雷属性を使える魔術師が少ないからだと思いますが」
「雷属性? なるほど。……そういえば、エルフ族って弓が得意なんだよな? ……じゃあ……」と史郎はにやりと何かを思いついたように笑った。
「先輩、また何考えてんですか?」と琴音がすかさずつっこむ。
「え? どうして……」
「シロウ、顔にすぐ出る」とシェスティア。
「……」史郎は黙り込んだ。そして、ごまかすように、
「よし、準備ができ次第、すぐにエルフの国へ向かうぞ!」史郎は叫んだ。
こうして、史郎達は学園都市からエルフの国に直行することになった。
そして、エルフの国までの道中、魔導船の中で、史郎はあるアイテムをせっせと大量に作るのであった。
なお、知らせを聞いた、ソフィア、シェリナ、アルティアの三人は、ソトハイムから、シルフィードI号で、エルフの街へ駆け付けることになった。
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