第48話  今は我慢しなくていいと思うんです

 魔法少女の寿命は25歳で終える。体内に蓄積された魔力が飽和すると徐々に体内を蝕んでいき、最終的に身体が結晶化するためだ。しかし25歳とはあくまでも魔力の飽和を抑えた場合であり、それ以上に過剰に蓄積してしまえば結晶化も早く発生する。セナたちの目の前でネメシスが結晶化したのもその理由だ。

 だからこそ、ユウが黒い結晶に覆われた時セナは絶望した。彼女の寿命が限界を迎えてしまったと思った。命の恩人にして大切な仲間が還らぬ人となってしまった。その悲しみに咽び泣いていた。

 なのに。


「ユウ……さん……?」


「ウ……ァ……」


 これはどういうことなのだろうか。

 突如ユウを覆っていた結晶が音を立てて砕け散り、同時に彼女の身体から異様な熱が発せられた。思わず腕を離してしまうも、いつの間にかユウは立ち上がり、目の前の敵・インシンを睨みつけていた。

 だが様子が明らかにおかしい。まず目につくのが黒い炎。ユウの全身が黒い炎に覆われていた。ユウの魔法は青い炎だったはずだ。それにユウの魔法は燃やしたいものだけど燃やせるという魔法だったはずだ。かつてユウの炎に恐る恐る触れる機会があったが、熱すら感じなかった。先程のような高熱を帯びたのは初めてだったのだ。

 そしてもう一つユウの様子を劇的に変えているのが外見の変化だ。爪が伸び、犬歯が牙のように数ミリ伸びて尖っている。眼光をギラつかせた目に理性が宿っているように見えなかった。


「ユウさ────」


「ァァァァァァァァ!!!!」


 セナが呼びかけようとするも、遮るようにユウが咆哮を上げる。

 そして斬り落とされていた右肩から無数の結晶が生えてきた。パリンと甲高い音が響き、結晶が一瞬にして砕け散る。入れ替わるように無傷の右腕が何事もなかったこのように現れていた。


「え、右腕が治った!?」


「グァァァアアアア!」


 驚くセナを他所にユウが獣じみた叫び声を上げる。

 目の前の敵インシンを睨みつけ、彼女の方に向かって叫び声を上げながら飛び上がっていく。


「ちっ、魔獣化が進行したのか!」


 舌打ちをしてインシンが飛び退いてユウの攻撃を躱す。直後、ユウの両手に灯っていた黒い炎が火柱を立ててインシンが立っていた場所を焼いた。その熱の余波がセナの方にも襲いかかる。


「熱っ!? やっぱり、ユウさんの魔法の性質が……?」


 今のユウが操っている黒い炎は対象関係なく全てを燃やす魔法に変化しているようだ。その変化にセナは戸惑うが、それ以上に気になったのがインシンのセリフだ。


「魔獣化……」


『HALF』のメンバーはみな魔獣の細胞や遺伝子を移植し、ある程度魔獣化させて魔法を行使しているらしい。今のユウは魔獣化の進行を制御できないほどに『人間性』が下がっている可能性がある。もしこのままユウが自我を取り戻せなかったら……。


「ユウさんが、人間を食べてしまう……!?」


 魔獣には強い食人衝動があると聞かされた。まだ習性は解明されていないが、どうやら魔獣たちは他の生物には目もくれず人間のみを捕食するらしい。『人間性』がゼロになってしまった魔法少女はどうなったか、セナには知る由もないが想像には難くない。きっと魔獣の本能に飲み込まれて人間を食すようになるだろう。

 

「そんなの、ダメ……!」


 何としてでもユウを止めなければ。しかし、そうは思っていても両足が骨折し思うように動かすことができない。

 もぞもぞと上半身だけ動かして、彼女たちに近付こうと這いずるが、動かない下半身は想像以上に重く、満身創痍なのも相まって酷く緩慢とした動きにしかならなかった。

 

「グゥゥ……!」


 唸るようなユウの声。ろくに体勢も整えず、がむしゃらに走りながらインシンの方へ突っ込んでいく。

 

「本能に飲まれて完全に我を忘れている。いくら私でも分が悪いな……」


 不利な状況を告げるインシンだが、その言葉とは裏腹に口調は軽く肩を鳴らしながら、彼女はセナの方に視線を向ける。


「そこの女」


「……なんですか」


「よおく見ておきな。ってことを」


 直後、インシンがユウに向かって正面から駆け出した。


「ァァア!!」


 対するユウもインシンの姿を捉えるなり右手に黒い炎を発火させてインシンに向かって走り出す。

 ユウの右手がインシンの首に届く直前でインシンは身を屈めて躱し、ユウの背後に回り込んで頭を掴んだ。そのまま勢いに任せて地面に叩きつける。


「ユウさんっ!!」


「いやまだだ、この程度じゃこいつは死なない。魔獣化すると再生能力が高まるからな」


「そんなの関係ありません! 離して下さい!!」


「はぁ、あんたも馬鹿だな」


 必死に叫ぶセナに目もくれず、インシンは冷たい視線をユウに向ける。


「見ろよ、こいつの姿を」


「ガァァァ!! ウウァァァアア!!!!」


 インシンに取り押さえられたユウが叫び声を上げながらじたばたと体を動かす。魔獣化したことで力が増しているのか、取り押さえているインシンも汗を流しながら必死に押さえ込んでいた。


「私らは魔法少女がこうなってしまう前に殺しているんだ。まぁ私は殺しは趣味でもあるけど。けど魔法少女殺しはアヤメ様の本望でもあり、この世界の少女たちを救うことにもなる」


「なんですか、その考え! どうして殺しが救いに繋がるんです!?」


「君も知ってるでしょ? 魔法少女は最終的に結晶化して砕け散るって」


「……っ!」


 インシンの言葉にセナの記憶がフラッシュバックする。

 ネメシスが目の前で結晶して絶命した記憶。そして抱き締めていたユウが結晶化した記憶。トラウマになりつつある記憶を掘り返されるが、頭を振って正気を保とうとする。


「そしてもう一つ、魔法少女としての終わりが魔獣化だ。いずれ来る結晶化を回避出来る代わりに人としての生き方も尊厳も全て失う。分かるか? 砕け死ぬか化け物になるか。魔法少女になった時点でこの二択しか未来がないんだよ」


「…………」


 インシンの言葉にセナはただただ絶句することしか出来ない。

 覚悟も想像も足りていなかった魔法少女として生きる道。それが何を意味するのか聞いた所であまりにも暗澹とした未来にセナは頭が真っ白になってしまった。


「だから、殺す。あいつらが人間じゃなくなる前に私らが人として終わらせる。そして二度とこんな悲劇が生まれないように『連盟』を潰すんだ」


「そ、そんなことまでしなくても……! 結晶化だって治療法があるんじゃないんですか!?」


「現状はないし、そんな技術が完成するまでに次々と魔法少女が犠牲になっては生まれるだけだ。私個人の意見だけど、魔獣たちを根絶やしにするより共存していく道を見つけたほうがよっぽど最善策だと思うけどね」


「そ、それはそうかもしれませんが……」


 インシンの言葉は正論じみている。彼女の言葉が真実ならば、魔法少女が生み出される現状をどうにかしなければならないし、魔獣たちと共存していく道筋が見えるのならばより平和的な未来を望めるはずだ。

 しかし、次のインシンの一言が決定的となった。



「ま、今のは全部アヤメ様の意思で私は趣味で殺してるんだけどね」



「…………あなたは、捕まるべきです」


 強い嫌悪感と怒り。負の感情が湧き上がることに自分でも驚きながらセナはインシンを睨みつける。

 今の彼女の言葉は擁護できない。自らの悪行を正当化すらしていない。他人の意思の尊重すらせずに命を奪う彼女の方がよっぽど悪で魔獣よりも恐ろしいではないか。


「ふふっ、キレたかな? ま、今の君じゃ何も出来ないけどね。さて、ここはアヤメ様の大義に従ってこいつを殺そうじゃないか」


「!? やめて下さい、ユウさんだけは!」


「ウァァァ!!」


「っさいなぁ」


 今だもがき続けるユウの頭を踏みつけ、インシンは苛立つように吐き捨てる。

 右手が輝き出す。ゆっくりとユウの後頭部へ近づけて行く。首ごと吹き飛ばすつもりだ。


「もう君たちは見飽きたよ。こいつを放っておいたら私が食い殺されるかもしれないし。それだけはごめんだ。そろそろアヤメ様たちも帰る頃だろうし片付けるよ」


 まずい、とセナは焦る。彼女は本気でユウを殺すつもりだ。当然ながら骨折した両足は動かせない。彼女を止められる手段がない。


(いや、ダメ、諦めたらダメ! ユウさんは死なせない!)


「何か……何かないの……!?」


 辺りを見回しても助けを求められる人などいない。遠くにユウの刀が落ちているのが見えた。悪あがきに彼女に向かって投げれば最悪止められなくとも注意を引けるかもしれない。だが手を伸ばした所で全くもって足りないほどに距離が離れている。


「何か、あの人を引き付けられる何かがないの────あ」


 涙声で焦るセナがポケットに手を入れた時、硬い感触が掌に跳ね返ってきて思わず声を上げた。一瞬、考えがよぎる。流石に投擲といった乱暴な扱いをすれば壊れてしまうだろう。それに、引きつけたとしてその後のことはどうするのか。

 いや、考えたって仕方がない。これでユウの命が救えるのならば……!


「だめぇぇぇぇぇえええええええええええ!!!!」


 インシンが腕を振り下ろすその直前に、セナが叫びながらポケットからスマホを思いっきり放り投げた。運動神経に自信がないセナであったが、見事にインシンの頭部に命中する。


「いたっ!……君、ふざけてるの?」


 セナが動けなかったから無視していたのであろうインシンであったが、流石に今の行動は癪に障ったのか、セナの方に顔を向けて睨みつける。

 それこそ蛇に睨まれた蛙のようにセナは「ひっ」と短い悲鳴を上げて硬直したが、その一瞬の隙を晒したのが仇となった。少しだけユウへの拘束を緩めてしまったのだ。


「ガァァァアアア!!」


「なっ、こいつ!」


 ユウが立ち上がり、今度はインシンを押し倒して馬乗りになる。口を大きく開け、牙を覗かせた彼女が狙うのは当然インシンの喉笛だ。

 ユウの両手に黒い炎が発せられ、強く握っているインシンの両肩を焼き始める。その熱と痛みにインシンは短く悲鳴を上げながらも抵抗しようと爆発魔法を起動しようとした。だが。


「嘘、なんで!? なんで魔法が使えないの!?」


 インシンの右手が光らず不発となったことに驚愕する。思考が白けてしまったのがついにユウへの最後の油断を許してしまった。ユウの牙が彼女の喉笛に突き刺さったのだ。


「あっ、ぁぁぁぁぁあああああああああ!?!?!? いやっ、いやぁぁあああああああああ!!!!」


「────」


 目の前で発せられる悲鳴。ユウが我を忘れ少女の肉を貪ろうとしている。その衝撃的で壮絶な光景にセナは思考が凍りついてしまっていた。


「助けてっ、いやああああああああ!! 死にたくない、食べられたくないぃぃ!!!!」


「ウゥゥゥ!」


「離れろ、噛むなぁ! 私を食べるなぁぁぁあああああ!!」


「ウァァアアッ!!」


「ゆ……さ、ん。ユウ、さん。ユウさん!!」


 ぽつりとユウの名前を呟き、ようやくセナが我に返る。

 もしもユウが人の肉の味を覚えてしまったら。彼女は戻れるのだろうか。


「ダメ、目を覚まして下さい! ユウさん、ユウさん!! お願いですから!!」


 足が動かせないのは最早関係なかった。セナは腕を懸命に動かし、下半身を引き摺ってユウの方に向かってじりじりと距離を詰めていく。インシンは確かに邪悪な人間だ。だからといって殺してはならない。彼女は捕まって法に裁かれるべきだ。そして、その命をユウの手で奪わせるわけにもいかない。

 

「ユウさん!! ユウさん、しっかりして! ねぇ、ユウさん!! お願いだから元に戻ってくださいよ……!」


 声が震えている。視界が滲み始める。ぽろぽろと涙を流しながらもセナは動きを止めなかった。あと二メートル程まで来た。それなのに、未だにユウに正気が戻る気配はない。

 インシンの声がいつの間にか止んでいた。でも、まだ彼女は生きている、ユウは殺していないと信じてセナは進み続ける。ようやく彼女の背中に辿り着いた。背後から飛び込むように彼女の背中を抱きしめる。

 瞬間、ユウは大きく唸り声を上げて暴れだした。


「ァァァァアアアアア!!」


「ユウさん、わたしですよ、セナですよ!! 思い出して下さい! 自分のことを思い出してください!」


「ァァァあああアアアア! ああアアアアア!!」


「あなたはユウさんです! 四十澤優羽です!! 『HALF』のメンバーで、ぶっきらぼうだけど優しい人で……」


「う、あ……? がっ、ァァアア!! アアアァァ!!!!」


「ねえ、ユウさん、皆待っているんですよ……? ヒスイさんも、ヒメコちゃんも、咲良さんも。……わたしも。だから、帰りましょう。『HALF』に、帰りましょう!」


「ふー、ふー……!」


「あなたは魔獣じゃない! 人間です! 思い出してください!! あなたが何のために戦って誰を守っているのか!! ねえ、お願いだよ、ユウさん!! 目を覚ましてよぉ……!」


 そこまで叫んでセナは堪えきれずにとうとう泣き出してしまった。ユウの暴れるような動きこそ止まったものの、未だに「ふーふー」と荒い息を吐き獣じみた呻き声を上げている。本当に戻れなくなったのか、そんな絶望に襲われてセナは咽び泣くことしか出来なかった。

 


 ……そう思っていた。



「せ、な……?」


 不意に、前方から聞き慣れた声が耳に入ってきた。はっ、とセナは顔を上げる。

 

「ははっ、変だな……。口の中が血の味でいっぱいで……。あたし、どうなって……?」


「ユウさん!」


「うぁっ!?」


 もう二度とユウの自我は帰ってこないと思っていた。そんな絶望から一転した奇跡的な状況にセナは思わず喜んでユウを抱きしめる。

 

「ユウさん! ユウさぁぁん……良かった、本当に良かった! わたし、もう戻らないのかと!!」


「戻らない……? まさか、あたし……」


 セナの言葉にユウは戸惑い、ふと思い当たったのか顔色を変えて前方を見つめる。

 そこには血塗れで倒れるインシンの姿があった。首元に抉れたような傷口と、溢れる血。浅い呼吸を続けていることから命を奪いこそはしなかったものの、自分の指と口に付着した血から何があったのか察してしまう。


「あ、あぁ……ちが、違うんだ! こんな、こんなつもりで、あたしは……!」


「ユウさん、落ち着いてくださ────」


「落ち着いてられるかよ!? 人間を食おうとしたんだ! お前だって見たんだろ!? あたしが化け物になった所を!!」


「ユウさん、大丈夫ですから! もう大丈夫ですから……。人を殺しちゃう前に、元に戻れたんですから……」


「でも、でも……!」


 抗議しようとユウが振り返る。その両瞳に涙が溜まっているのを見て、セナは思わず彼女を強く抱き締めた。「ぁ」と小さくユウが声を漏らす。


「でも、あなたは踏みとどまれたんです。大丈夫ですよ、ユウさんは人間です」


「……っ、お前、なんでそんなに優しく出来るんだよ……」


「ユウさんが大事な仲間で、命の恩人で……」


 えっと、と若干言葉選びに迷うセナだったが、見つからずに観念したらしい。簡潔な言葉で言うのが恥ずかしいのか少し顔を赤らめてセナは続けた。


「ユウさんのことが好きだからですよ……」


「…………う」


 セナの言葉にとうとうユウが堪えきれなくなったのか、小さく嗚咽を上げる。

 そのままセナの肩に顔を埋めて涙で濡らしながら呟いた。


「ごめん」


「大丈夫ですよ」


「ごめんなぁ……。あたし、だってセナが好きだ。大事だ。大切な『HALF』の一人なんだ……。なのに、なのに!」


「分かってますよ」


「ごめん、本当にごめんなさい……。怪我させてごめん、守ろうとしたもの全部壊そうとしてごめん……」


「はい」


「あと……人間に戻してくれてありがとう」


 ユウが顔を上げ、目を真っ赤に泣き腫らしながら告げる。

 その言葉にセナはぱちくりと瞬きしたあと、涙を零しながら微笑んだ。


「ううん。本当に戻ってくれて良かった」


「馬鹿だな……。何でお前が泣くんだよ」


「分かんないですよぅ。でも、今は我慢しなくていいと思うんです」


「……うぁぁぁぁぁああああああああ」


 セナの言葉で堰が切れたかのようにユウが声を上げて泣き始めた。

 ユウを慰めるようにセナも涙を流して、彼女を優しく抱き締める。



 ────十数年ぶりに、ユウは人前で涙を流した。


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