第47話  初めまして、お姉さん

 ────身体が熱い。

 

 ユウが目を覚ました時、真っ先に視界に入ったのは黒と青の二色だった。

 どうやらうつ伏せに倒れているらしい。身体を起こそうとしてユウは下半身が何かに挟まっていることに気が付く。


「っ!? なんだ、これ……!? 身体が熱い!」


 あまりにも目まぐるしく変わった状況に半ばパニックに陥ったユウは、前方に向けて顔を上げる。

 黒い結晶が視界に入った。どこからか青い光が光源となっているらしく、ぼんやりとこの薄暗い空間を照らしている。そして結晶に映った自分の姿を捉えてユウは思わず悲鳴を上げた。


「なっ、なんだよこれ!?」

 

 青い光の光源。その正体はユウの身体が青い炎に包まれているからであった。自分の体が焼けていく感覚。膨大な熱と痛み。その感覚にユウは呼吸が乱れていく。

 そう、以前にもユウはこの炎に身を灼かれたことがある。物心がついて間もない頃、突如現れた魔獣。奴が両親を焼き、家を焼き、幼いユウは逃げることも叶わず瓦礫に挟まれ、身体が燃やされていきながら母を目の前で失った。


「はぁっ、はぁっ…………!?」


 あの時と同じ状況。脳裏のトラウマがフラッシュバックしてユウは過呼吸に陥っていく。体を震わせ、目の前が真っ暗になりそうな彼女の耳に少女の声が入ってきた。


「こんっ」


 たん、と軽い足音。

 前方から。幼く舌っ足らずな声が聞こえてくる。


「こんっ、こんっ、こんっ」


 たん、たん、たん。

 軽いステップを踏みながら、鼻歌交じりに少女の声が聞こえてくる。

 ユウの視界に瑞々しく白い素足が映った。その細い線をなぞるように視線を上げていく。


「こんっ」


 セーラー服を身に付け、顔を狐のお面で隠した少女が立っていた。両手を狐の形にして首を振らせている。

 彼女はユウの目の前で足を止めると、身を屈めて囁くように声を掛けた。


「初めまして、お姉さん」


「お前は、誰だ……? ここはどこなんだ!? 何であたしの身体が燃えてるの!?」


「急かさないー。順に追って説明するから落ち着いて」


 そうは言われても、と反論したくなるユウであったが、少女は人差し指を彼女の唇に当てて黙らせる。

 すっと立ち上がり、今だ火に包まれる彼女の周囲をぐるぐると回りながら狐の少女は朗らかな声で告げる。


「ここは精神世界。お姉さんの心の中。お姉さんの心象風景や深層心理を体現した世界なの」


「は……? 何を言って」


 突拍子もなく現実味に欠けるセリフにユウは呆けた顔で聞き返す。無理もない。確かにこの世界には異界と呼ばれる不思議な空間こそあるが、それにしたって心の中の世界という回答は合理性に欠けるだろう。

 ユウが抱いた疑問は当然とも言えるのだが、狐の少女は無視して言葉を続けた。


「お姉さんはこの光景に見覚えがあるでしょ? お姉さんはこの記憶にずっと囚われているの。あの日からお姉さんの時間は止まったまま。だからこの世界も同じ風景を映しているの」


 狐の少女の言葉にユウは息を呑む。図星だった。

  黒い魔獣が現れ、全てを奪われたあの日の記憶が脳裏に焼き付いて離れてくれない。今でもたまに夢を見る程だ。本音を言えば、この青い炎も忌々しさすら覚えている。


「その炎もお姉さんのトラウマが再現されてるだけ。体は燃えてないよ」


「……だとしても当時の感覚まで再現するのは趣味が悪すぎるだろ」


「それを再現しているのもお姉さんなんだけどね」


 狐の少女はお面に描かれた口元に手を当てて、くつくつと笑う。

 小馬鹿にするような態度にユウは苛立ちながらも、まだ答えてない最後の質問を催促する。


「で、結局お前は誰なんだよ? さっきまでの話が本当ならお前は勝手にあたしの心の中に入ってることになるんだけど」


「酷い言い草。は最初からお姉さんの中にいるじゃない」


「は……? どういう意味だよ」


 さも当然のように狐の少女は答えるが、ユウにはこんな少女など見覚えがあるはずもなかった。

 ここが彼女の言う通り心の中の世界であり、心象風景や深層心理が強く顕れるのならば、この狐の少女はユウと深く関わっている人物ということになる。しかし、ユウの記憶にこの少女と出会った記憶は全くない。

 

「本当に分からない? 仕方ないなぁ。じゃあ答え合わせ」


 そう言うと少女は再び両手を狐の形にして、「こんっ」と鳴く。


「あたしは。お姉さんの家族を殺し、今はお姉さんの中で力をあげている魔獣だよ」






 ※※※※






「…………は?」


 少女の言葉が理解できなかった。

 燐火。その名はユウもよく知っている。かつて家族を焼き殺した青い炎を操る黒い狐の魔獣。その後は討伐されたそうだが、僅かに残った結晶をユウの体内に移植し、奴の能力を魔法として使用している。因縁の相手にして共存している、今のユウと燐火は確かに切っても切り離せない関係だ。

 だが、だが。


「まっ、待てよ! おかしいだろ!?」


「何が?」


「何もかもだ! お前はあの時に死んだはずだ! だから自我を持っていることも、人間の姿で現れることもないはずだ! 何であたしの心の中にいる!? 一体全体どうなっているんだよ!?」


「それは……」


 ユウの捲し立てるような言葉に燐火は押し黙る。

 どうやら彼女が自我を持っている理由を自ら口にするのは憚られるらしい。


「答えたくないならいい。あたしをここから出せ」


「無理だよ。お姉さんの現実の体はもうじき死ぬ。体はボロボロだし、魔法少女としての寿命も限界が来てるの」


「だったら何であたしをこんな所に呼んだんだよ。体がダメならお前もろとも消えるんだろ?」


「うん。でもね、どうしてもお姉さんと話したくって。お姉さんさ、このまま死ぬのは嫌でしょ?」


「当たり前だ。死ぬつもりなんかないし何よりセナがあぶな────」


 ドクン、と心臓が高鳴った。

 セナの名前を口にした途端、鼓動がうるさくなったことにユウは困惑する。


「セナのこと、助けたい?」


「……ああ。あいつが死ぬのはもっと嫌だ。だってあいつ、戦えもしないのに、ビビリな癖にそれでもあたしを助けに来て……自分がボロボロになっても、あたしの心配ばっかりして……」


 どうしてセナのことを考えると心を突き動かされるんだろうか。

 彼女のことは放っておけなかった。記憶喪失で居場所がないというのもあったが、それ以上に彼女を守りたかった。彼女と接する時間が楽しかった。思えば、ユウにとって初めて出来た『友達』かもしれなかった。


「セナは今危ない目に遭ってる」


「ああ」


「お姉さんが助けないと」


「分かってる」


「じゃあ、インシンを殺さなきゃ」


 燐火の言葉にユウは、はっと顔を上げる。


「理性なんか抑えちゃダメ。殺意を引っ込めたらダメ。本気を出さないとダメ。じゃないとお姉さんが守りたいものも全部失っちゃうよ?」


「…………」


「ほら、自分の気持ちを抑えないで。もっと本能に身を委ねて。そうすればお姉さんは強くなれる」


「…………ッ」


 燐火の声に合わせて沸々とユウの中で激情が燃え上がってくる。

 どうしてこんな所にいるのか。何故、燐火自我を持ったのか。そんな疑問は些細な事だ。少なくとも今は答えを求める必要は無い。

 セナを助けなければ。インシンを殺さなければ。二つの想いだけがユウの中に残り、高め合っていく。


「ぁぁぁぁああああああああああああ!!!!」


 その想いを吐き出すかのようにユウは咆哮を上げた。

 その様子を見ていた燐火は小さく呟く。


「そう。それがお姉さんのの魔法。あたしの力を使わない、お姉さんだけの魔力で出来た魔法」


 そこまで言って燐火は顔を背ける。

 表情はお面に隠れて見えなかったが、その声音はどこか淋しげであった。


「これでいいんだ、あたし」


 その呟きはユウの耳には届かなかった。





※※※※





 爆発が起きたはずだった。

 だが何も起きないどころかインシンの体が吹き飛ばされ、ユウの身体は黒い結晶に包まれていた。


「いやああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」


 セナの絶叫が響き渡る。

 ユウが還らぬ人となってしまったことに絶望する。そう思っていたが。

 パリン、と音を立てて。

 結晶が全て砕け散る。


「っ、ユウさん!?」


 セナは思わず目を見開いて抱き締めていたユウに視線を落とす。

 しかし彼女の姿を捉える前に、異様な熱が両腕から発せられ思わず腕を離してしまった。


「熱っ……!? ユウさん!?」


 咄嗟に取り落としてしまったユウの方に視線を向けようと顔を上げて。

 セナは絶句してしまった。


「ウ……ァ……」


「ユウ、さん…………?」


 声が震えている。

 思考が凍りついてしまっている。無理もない。だって、そこにいたのは。



 に身を包み、獣のように爪が伸びて口から牙が伸び、狂気に満ちた青い眼光持つユウが立っていた。



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