第46話 一緒に……
ユウが危機に陥っている。
それだけでセナはいても立ってもいられず、彼女の悲鳴が聞こえた場所へ向けて走っていた。胸が締め付けられる。
毒による苦痛は嘘のように引いていた。しかし、セナが元々運動不足だったせいか、走っているだけでも両足と肺がひどく痛む。だからと言って足を止めるわけにはいかなかった。
あのユウが悲鳴を上げているのだ。魔獣を一撃で倒し、ドロシーや『ガンドライド』と交戦しても無事に帰り、幾度となくセナを助けてきたユウが危機に陥っているのだ。胸騒ぎを覚える。
ヒメコを助けに行ったときのように何も出来ないかもしれない。今度こそ本当に殺されるかもしれない。そう考えると足が竦みそうになったが、ユウを失うかもしれないと考えると一刻も早く彼女の元へ辿り着かねばという思いが強くなった。自分が死ぬことよりもユウがいなくなる恐怖の方が大きかったのだ。
だから、息も絶え絶えになるほど疾走してようやく見慣れた少女の後ろ姿が視界に入ってきて。無事に両足に地をついて立っていることに安堵を覚え、背後まで近付いてようやくセナは気付いた。
「ユウ、さん?」
声が震えているのが自分でも分かった。
ユウの右腕がなかった。右肩から先に何もなかった。そこまで見て、セナは目の前の現状を理解することを放棄していた。意味が分からない。何故、ユウの右腕がないのか。人には、両腕があるはずじゃないのか。今朝は普通にあったじゃないか。そんな取り留めのない思考がグルグルと無意味に回り続け、セナは顔を青ざめて混乱しながら口を開く。
「え、腕、どうして、え? ゆ、ユウさん、大丈夫なんで────」
「馬鹿、離れろっ!!」
振り返ったユウが必死の形相でセナに向かって叫び、その声にセナは思わずぎょっとして萎縮してしまう。
思考に空白が生まれた一瞬の隙、ユウの言葉が何を意味していたのかを理解するよりも早くセナの耳に声が届く。
「遅いよ」
直後、セナの目の前に学ランを羽織った銀髪の少女が現れていた。ニヤニヤと嘲笑いながら彼女は拳を握る。
「丁度いい、お前みたいなエゴイストにはお似合いの悲劇を贈ろうじゃないか……!」
「きゃっ、何!?」
「馬鹿、やめろ……!!」
あまりにも突然過ぎる出来事にセナはその場から動くことが出来なかった。だがユウの悲鳴と目の前の少女の拳が輝き始めたのを見て、ようやくまずい状況に陥ったとセナは気付く。
気付いたときには全てが遅すぎた。
ドッッッッ!!!! と身体を貫くような爆音と衝撃。
全身に絶え間なく発生する激痛と衝撃。訳も分からない感覚にセナは思考することはおろか、声を上げることさえできなかった。
身体がゴロゴロと吹き飛ばされ、壁に激突し受け身も取れずに地面に倒れ込む。
「────か、はぁ!?」
吐血する。
口から血を吐いた、という事実に驚く間もなく全身を痛みが襲う。
「う、ぁぁぁぁぁぁああああああああああああああああああああああああ!?!?!?!?」
目を見開き、口から泡が吹き出そうになるほど叫んで身体を暴れさせてセナは悶える。
特に痛みが激しいのは両耳だった。自分の声がくぐもって聞こえる。両耳を抑えていると、ぬるりと湿った感覚があった。鼓膜が破れていた。
足をバタバタと動かしているつもりだったが、感覚がまったくない。よく見ると少しだけ奇妙な方向に向かって曲がっていた。身体を打ちつけて転がされていた時、あるいは壁から落ちる時に足の方から地面に打ち付けられたのが原因だろうか。ともかく、今セナに分かることは両足が骨折したということだけであった。
「がはっ、げほ、ごほっ!!」
それだけでなく、胸がズキズキと痛みまともに呼吸することが出来ない。
何度も咳き込む度に血が溢れた。爆風による肺挫傷と、壁に叩きつけられた衝撃で広範囲に及ぶ内出血が起きている。
「おい、し──ろ、せ──!!」
雑音しか拾えなくなったセナの耳に聞き覚えのある声が届いてきた。
転がされている間に眼鏡が落ちたのだろうか、涙が滲んだかのようにぼやけた視界にユウの顔が映り込んでくる。
「ぁ……ユウ、さん」
「なん────、おま──んな所」
ユウの顔が近くに寄せられ、ようやくセナの視界のピントが合う。
ユウの表情は今にも泣きそうであった。普段の凛々しい姿とは一転してただの少女のようであった。上手く思考が働いていないせいだろうか。そんなユウを見てセナは思わず「わたしも仲間と思われてるんだ」と安堵していた。
震える手で彼女の頬に触れて、掠れた声で彼女に話しかける。
「ごめん、な、さい……。わたし、ユウさんは大事な、けほっ! 仲間、だから……」
「それ以上しゃべ────!! 逃げて──、すぐ──!」
ユウの声が上手く拾えず、彼女の必死の形相と唇の動きで何とか言葉を理解する。早く逃げろ、彼女はそう告げている。そこまで受け止めてセナはぎゅっとユウの手を握った。ユウの目が見開かれる。
「ユウさん……一緒に……」
「っ、セ────」
言葉は続かなかった。
鈍い音と共に全身に振動が響き渡り、目の前のユウが倒れる。
顔面から地面に強打し、生々しい音を立てたと同時に赤黒い血が少しずつ溢れていく。その彼女の背後には先程の銀髪の少女が立っていた。
そこまで見てようやくセナは声にならない悲鳴を上げた。
「ぁぁぁぁ、ユウさん!!」
死に物狂いで上体を起こし、ユウの体を抱きしめてセナは掠れた声で彼女に問い掛ける。
「ユウ、さっ、ユウさん! しっかり、げほっ、しっかりして! ダメです、お願いっ、死なないで!!」
体を揺さぶり、必死に名前を呼びかけるがユウは目を覚まさない。
消失した右肩、そして割れた額からおびただしい量の血液が溢れてしまっている。表情すら浮かばず、呼吸も絶え絶えで体温も下がり始めていた。素人目のセナでも分かってしまう。彼女の命はもう長くない。自分の嫌な想像に掻き立てられて、セナは半狂乱にユウを揺すり続けた。
「っ!? そんなのダメ、お願いですユウさん! 目を覚まして!!」
「無駄だよ」
前方から声があった。
はっとしてセナは顔を上げる。そこには先程の少女がこちらに屈んでじっと見つめていた。視界が悪いせいで彼女の表情は伺えないが、その声で心中を察する。彼女は嘲笑っていた。
「どうも。私はインシン。君が──み──でしょ?」
「…………」
声がくぐもってよく聞こえなかったが、どうやら自分の名前を知られていることは察した。
しかし、セナは彼女に対して何も感慨を抱けなかった。ユウが倒れたショックで感情が麻痺していた。
「そい──命は長く──。君もパンドラを───ない。もう、チェック────、君たちは────終わるんだよ」
「…………」
全て聞き取れなかったが、「終わる」という言葉にセナは絶望した。もう手遅れなのだ。どう見てもユウは助からない。セナも満身創痍でパンドラは眠ったまま、当然彼女に太刀打ち出来そうもない。ヒメコたちは恐らく避難を優先したはずだ。今この場で増援なんか来るはずもない。チェックメイトだ。セナたちは全てここで終わるのだ。
インシンと名乗った少女の右手が輝き始める。先程も喰らった爆発魔法。もう一度喰らえば、今度こそ死んでしまうだろう。
「…………ッ!」
そんなセナが咄嗟にとった行動はユウを庇うように抱きしめることだけだった。無駄なのは分かっている。それでも彼女を先に死なせたくはなかった。死が迫っている恐怖もあったが、伝わってくるユウの温もりが和らげてくれた。
「へぇ。君たち、中々───じゃないか。アヤメ様に────そうだ!」
楽しげな声と共にインシンの右手が振り下ろされる。
セナは思わず目を瞑り、歯ぎしりをして。
────何も、起きていない。
「…………え?」
呆けた声を上げてセナは目を開ける。
ぼやけた視界に映るのは先程よりも距離が離れたインシンの姿だった。
「こい、つ────!!」
インシンが何やら叫んでいる。
(助かったの……?)
困惑しながらセナは視線をユウの方に向けて。
「…………っ、ぁ」
再び思考が凍りついてしまった。
────ユウの全身が黒い結晶に覆われていた。
「いやああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?!?!?!?!?!?」
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