第38話 ちょうど、今の貴様のようにな
「────ぁ」
うっすらとヒスイは目を開ける。
青空が広がっている。どれくらい失神していたのだろうか。ぼんやりする頭を抱えながらヒスイはゆっくりと起き上がる。
そうだ、リリスと名乗る女が現れ、彼女を撃退しようと『血印』を発動させて自らの身体を壊し、そして彼女に何か囁かれて────。
「!?」
それまで靄がかかっていたかのような思考が晴れる。そうだ、あの女はどこに。
ヒスイは慌てて周囲を見渡すが、リリスの姿は影も形もなかった。撃退できたのだろうか。彼女に囁かれてからの記憶が曖昧だ。
(何かを……何かを忘れている気がする……)
ふと、そこで自分の右手が視界に入る。
「……え?」
全て折れ曲がっていたはずの指が元通りになっていた。
内出血すらなく、極めて健康的で正常な掌がそこにある。そのまま視界を下げ、多量出血していたはずの右腕を見る。真っ赤に濡れた包帯を恐る恐る外すと、瑞々しい肌色が見えた。だとすると、潰れた左目はどうなったのか。
震える手でスマホを取り出し、カメラを起動する。ヒスイの予想通りなら、左目は無事なはずだ。だが、万が一治癒されていなかったら。自分の顔を受け入れることなど到底出来そうにない。
それでも覚悟を決め、彼女は自分の顔を見る。そして絶句した。
「………………な、に。これ」
そこに映っていた左目は確かに存在していた。端正な顔立ちは傷一つなく、血痕すら付着していない。
だが。
ヒスイの左目が金色に染まっていた。
※※※※
鋭い金属音が響き渡り、火花を散らせながら互いの刃が衝突する。
相手の力量は自分と同等かそれ以上。戦いを弄んでいたユイハを除けば、本格的な魔法少女と対峙するのはこれが初めてであった。予想外の強さにユウは歯ぎしりをする。
「答えろ……貴様はアヤメ様と縁があると言っていたな。どういう意味だ!」
「はあ!? 戦闘中にベラベラ喋れるかよ!? っていうかお前なにか勘違いしてるだろ!」
「質問に答えろ!」
ポニーテールの茶髪を揺らしながら赤黒い瞳に怒りの色を浮かべ睨みつけるメイドの少女、ジュリアが怒気のままに刀を振るい、ユウの剣撃を捌く。
これほどまでに殺気立ち、怒りに身を任せて剣を振るっているというのに彼女の攻撃は努めて冷静的だった。現に、刀を持つ彼女の手は震えていない。そのアンバランスさが彼女の実力を顕していた。
「大体、なんでお前そんなに怒ってるんだよ!? てっきり『ガンドライド』のメンバーにあたしのことが伝えられているのか聞いただけだろ?」
「どうして貴様がアヤメ様と繋がりがある? 私はアヤメ様とは古くの付き合いだ。貴様の存在など微塵も感じたことない」
「だったらそれよりも前の話だ。アヤメがまだ『ガンドライド』を結成する前、あたしとアヤメが同じ施設にいた時の話だよ」
「な、に……?」
目を見開き、ジュリアが動揺する。
何を思ったのか突然カチリ、と刀を鞘に収めユウの目をじっと見つめ返した。
その様子に今度はユウが訝しんだ顔を浮かべる。
「おい」
「少しだけだ。貴様のその話を詳しく聞かせてもらいたい。無論、その後は容赦なく斬るが」
「断ると言ったら?」
「貴様の四肢を斬ってでも問う」
「じゃあアヤメに聞け」
ジュリアの脅しも意に介さず、ユウは握りしめた刀から青い炎を噴き出させる。
戦闘態勢に入ったユウを見てジュリアはため息をつく。
「はぁ。そうか。話す気はないと」
「ああ。アヤメとは付き合い長いんだろ? じゃあ話せば答えると思う」
「もういい。貴様の首は落とす。その減らず口にはうんざりだ」
バチッ、とジュリアの前髪のあたりで赤黒い電流が走る。
彼女の雰囲気が一変する。チリチリと肌に彼女の殺気がぶつかるのを感じる。
何かが、来る。
「────迅雷」
ジュリアの姿が消えた。
突然目の前から影も形もなく姿を消した光景に、ユウの思考が空白に染まる。
脳に理解が及ばず、行動への伝達を送れず、彼女はただ棒立ちになる。
だが理性も意識も置き去りにされる中、彼女の本能は危機を察知した。
即ち、真後ろ。
否、厳密にはうなじ────!
「っ!?」
気が付いた時には、ユウは振り返って刀を振っていた。
直後、激しい爆音と微かに響く金属音と共に、目の前で火花が散る。
赤黒い電流を纏わせたジュリアの一撃がユウの刀と衝突していた。
「なっ!? 今の一撃を察知した!?」
「本当に初っ端から首狙うのかよ!?」
互いに驚きながら後方へ飛び下がる。だがわずかな休憩も束の間。
ジュリアは剣士ではない。魔法少女なのだ。
となれば離れたユウに行う手段は一つ。
「冥雷」
ジュリアの声にユウは、はっと顔を上げる。
目の前のジュリアはただ口を開いただけだ。刀を構え、真っ直ぐこちらへ駆け寄ってくる。
ユウも応戦しようと目の前の相手を見据えるが、そこで足元から尋常ならない『何か』を感じた。
「やばっ」
飛び退いた直後、彼女がそれまで立っていた地面が捲られて地中から赤黒い雷が噴き上がる。
間一髪、直撃を免れたがそこでユウの耳にジュリアの声が届いた。
「冥雷、疾雷」
周囲の足元から次々と『何か』を感じる。目の前のジュリアの姿がブレる。彼女が、足元から噴き上がろうとしている雷の柱を掻い潜るようにこちらへ向かってくるのを察知したユウは、自分の靴底から火を噴き出し高く翔んで宙返りをする。
(クソ、自強化だけじゃなくて遠距離魔法も使えるのかよ! 攻撃が激しい上に早くて隙を見つけられない!)
「逃げ回るな、小賢しい!」
「うるせえ! 誰が大人しく首を差し出すっていうんだ! 大体お前の攻撃理不尽なんだよ、刀使いなら接近戦をしろ!」
しかし、ジュリアの言う通り逃げ回るしかないのはあまりにも癪だ。
思えばユウの魔法は刀に炎を纏わせるのと、足から炎を噴き出させてブースターのようにする使い方しかしていない。
もしかすれば、ジュリアのように炎を飛ばすことができるのかもしれない。
試しに掌に炎を生み出し、ジュリアに向かって投げつける。
(何かそれっぽいの! それっぽいこと発動して!!)
詠唱もへったくれもなく、頭の中で大雑把イメージを浮かべてひたすら祈る。
直後、ボン! と大きな音ともに目の前で青い爆炎が広がった。
「うおっ!? 出た、何かそれっぽいの出来た!!」
「何を喜んでいる……」
「っ!?」
背後から呆れる声があった。
咄嗟にユウは振り返り、斬撃を躱す。
その様子を見たジュリアが「ほう」と感心した声を上げる。
「やはり。貴様には攻撃の前兆を感知する能力があるようだな」
「……? 何を言ってるんだ?」
「しかも無自覚に、と。潜在能力させ磨けば立派な魔法少女となれ得よう。だが同時にその力は貴様の危険性を証明している」
「さっきから何を言っているんだ?」
所詮は敵の世迷い言。そう切り捨て、ユウは刀を構えようとする。
だが。
「どうして私達『ガンドライド』は魔法少女を殺すと思う?」
「!?」
ジュリアが唐突に尋ねてくる。
その内容にユウは思わず体をびくりと震わせ、ジュリアを見つめ返してしまう。
「魔法少女を殺す理由……」
「そうだ。私達の悲願。アヤメ様が掲げる魔法少女の根絶。それは何故だと思う?」
「分かんない。分かるわけ、ないだろ……。意味もなくお前らは人を殺しているんじゃないのか? ユイハだって、人殺しを楽しそうに語っていた!」
「ユイハは……。確かにそういう人間だ。だがアヤメ様に魔法少女以外は絶対に殺さないと誓っている」
「だからなんなんだよ。アヤメの目的なんか知るわけないだろ。同じ施設にいたから分かるかもしれないってか? あいつとはいつも意見が違っていた、そんなのあたしが知る由も────かはっ」
ジュリアの言葉に苛立ちを覚え、興奮気味に反論をするユウだったが、突然奇妙な呻き声を上げた。
胸の内から生じた違和感。その正体に気付くよりも早く込み上げた嘔吐感に耐えきれず、ユウは吐き出してしまう。
しかし、零れ落ちたのは吐瀉物ではなく真っ赤な液体であった。
「ひゅー……ひゅー…………。っ、は?」
かろうじてユウは困惑した声を上げる。
痛みなどまったくない。ただ、何か押し出されるような圧迫感を体内から感じて吐き出しただけだ。しかし、明らかに異常な量の血液が口から零れ落ちていく。
異常なのは分かっている。これだけ吐き出しても痛みはない。気持ち悪さも覚えていない。ただ、止まらない。何度も何度も開けたままの口から血が零れる。
否、痛みはあった。腹の内側、胃の方からだ。初めはわずかにズキズキと痛む程度であった。それはジンジンと熱を帯びたように痛み、キリキリと伸縮を繰り返すような痛みが走り、きゅるきゅると奇妙な音を立ててそれに呼応するように激痛が走りユウはいても立ってもいられず倒れ込みぐーぐーと間抜け多様な音を立てて痛みに血反吐を吐き喉の乾きを覚えてどうしようもないほどの空腹感が胃から全身へ訴えるようにぐーぐーという音が鳴り止まない痛みが止まらない否痛みなどどうでもいいお腹が空いた何か食べたいきがにおそわれたゆうのしかいにはいるのはじゅりあのすかーとのしたからろしゅつしたなまあし。
「…………ぁ」
────おいしそう。
もう口から何も吐かなくなっていた。代わりに溢れるのは唾液。ごちそうを目の前にユウはその『にんげんのあし』目掛けて右腕を伸ばそうとする。
「どうして私達は殺すのか。理由は二つ。」
上方から女の声が聞こえてくるがユウは無視して足にかぶりつこうと這いずる。
「一つは、人間としての尊厳を捨て『連盟』の傀儡と化した彼女らを終わらせるため。非人道的な奴らの思想に染め上げられた彼女らは最早人間ではない。ただの『兵器』だ。だから、終わらせる。これ以上私達を増やさぬように」
上方から女の声が聞こえてくるがユウは無視して足にかぶりつこうと這いずる。
「そしてもう一つ」
上方からカチリと金属音が聞こえてくるがユウは無視して足にかぶりつこうと這いずる。
「意識を侵食され、魔獣と同化していく哀れな少女たちを救ってやるためだ。────ちょうど、今の貴様のようにな」
ざくっと軽快に何かが切れる音がした。
視界を赤い飛沫が舞う。
ユウの右肩から先が、消失していた。
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