第31話 無駄な抵抗はやめなさい

 唐突に出現した二人のシスター。

 思いがけない助っ人の登場にパンドラは思わず呟いていた。


「…………いや、あんたら誰?」


「はぁ!?」


 パンドラの疑問にグレイは呆れた声を上げずかずかとこちらに歩み寄ってくる。

 そしてガシッ、と両肩を掴んで揺さぶる勢いでパンドラに問い詰めた。


「私ですよ! グレイです! その髪色と瞳、あなたパンドラでしょう! 散々私のことを見下して屈辱したじゃないですか!!」


「ちょっ、馬鹿、落ち着いて! 大体あんたら何しに来たの!?」


 揺さぶられながらもパンドラは声を荒げ、グレイに問う。

 パンドラは本当にグレイのことを覚えていなかった。内心では未だエリスを失ったショックが抜けていない。いくらか復讐心によって気力を取り戻したとはいえ、まだ精神的には万全ではないのだ。


「私たちは『プロメテウス』の動向を探っていたの。非公認の魔法少女組織。違法な身体改造を施しているという噂も立っていましたわ。あ、私はリリアンと申します」


 と、ふわふわした青緑色の髪に青い瞳の少女が答える。

 違法という言葉にパンドラは引っかかりを覚えるが、そこで床の方から声が聞こえてきた。


「お前ら……邪魔をするなぁ!」


 閃光が走り、巨大な旋風が巻き起こる。

 バチバチと電流を迸らせながらネメシスが立ち上がっていた。その背中に生えた両翼から白い羽根が舞う。

 その姿を見たリリアンは「あら」と口を開く。


「なるほど……そういうことでしたか。ウィッカ。現代では禁止されている魔女崇拝を軸にした黒魔術により、自分の体を半魔獣化させていますね」


「半魔獣? 『HALF』とどのように違うのでしょうか?」


「似て大きく異なります。『HALF』の皆さんはあくまでも細胞の一部を移植し、『人間性』を僅かに下げて魔法の行使をしています。対してこの方は、根本的に自分の遺伝子を魔獣に作り変え『人間性』を限りなく0に近付けているのです。今回の場合は裁きを司り、そして堕落の烙印を押された堕天使としてのウリエルの力を再現しているのでしょう。本物の魔獣の力を借りる『HALF』とは違い、彼女らは自ら独自の魔獣へと生まれ変わろうとしているのです」


「……まさか、ヘカーテの奴は」


 リリアンの言葉にパンドラはある仮説を思いつく。

 ムネモシュネとネメシス、この二人は転生の魔術ではなく魔獣化によって生き永らえたのではないかと。

 パンドラが学んだ魔術の中には『精霊術』というものがあった。当時では魔獣のことを精霊と呼び、その身に宿すか契約することで魔法を行使させる術式なのだが、ヘカーテは新たな第三の術式として自らを精霊に作り変える魔術を開発したと発言していた。

 しかし、パンドラが千年渡ってきた中で第三の精霊術を行使し理性を失い、人を襲う異形の怪物と化した魔法少女も幾度となく見てきた。いつ頃から執行されたのか不明だが『連盟』が禁ずるのも納得はできる。

 だが自らの研究と目的のためならば手段を選ばないヘカーテなら彼女らに施すのは充分有り得ると思えた。『大災厄』によって命の危機に瀕した所で転生の魔術と偽り、自らの手駒として復活させる。


(確かにヘカーテならやりそうだ…………!)


 あくまで仮説だが、正しければ気の毒だがネメシスは終始騙され利用されているだけの可能性がある。

 しかし憐れむ暇はない。彼女はこちらの命を狙っているのだから。


「……いいだろう。お前らごとパンドラを潰してやる」


「あら、貴女もパンドラを憎んでいらっしゃるの? 何だか意外ですわねグレイ」


「何故私に聞くんですか。……パンドラ。一応『連盟』から貴女のことは保護対象として危害を加えることは禁止されています。それに貴女がここまで追い詰められている状況を見るに、『プロメテウス』を敵対対象だと判断しました。少なくともこいつは信用に値しません。よってパンドラの救出、及びこの魔法少女の拘束を優先します」


「そりゃどうも、理解が早くて助かるわ……。ただ、ネメシスの実力は本物よ。恐らくあんたら二人がかりでも勝てない。まずはあたしの縄を解いて。魔力さえ解放されればあとは────」


「リリアン、助けはいりますか?」


「大丈夫ですわ。貴女はパンドラの救出を優先しなさい」


「はい」


「ねえ、話聞いてた!? 並の魔法少女じゃ勝てないって言ってるの! 馬鹿、一人で挑むのはやめなさい! 命知らずにも程があるでしょう!?」


「パンドラ、少し静かにしててください。下手に暴れては縄が切れません」


 そう言ってグレイは指先から一筋の光を放出する。この光の魔力でパンドラの縄を切り落とすつもりらしい。

 しかし、それ以上にリリアンが一人でネメシスに向かうことにパンドラは気が気でなかった。


「ほう? 一人で私に勝てるとでも?」


「ええ。私も貴女と同じく天使に愛された者。これは私からの最後の忠告よ。『審判』を下されたくないのなら今すぐ大人しくお縄につきなさい」


「お前の言うことなど誰が聞くものか! ああ、もうダメだ抑えられない! 殺してやる、殺してやる殺してやる殺す殺す殺す────!!」


 まずい、とパンドラは咄嗟に思った。

 彼女のもう一つの人格、暴力性に満ちた狂人の人格が表出している。推測するに彼女の操る魔法はを操り純粋に自らの力を高める強化系魔法の最高峰に位置するものだ。

 セナの特異体質でギリギリ命を保てたのだ、あの華奢なリリアンの体では一発でも殴られたらひしゃげてしまうだろう。

 なのに仲間のグレイはパンドラの縄を切ることに優先し、助ける気配がない。パンドラを縛っている縄は相当特殊な素材か魔法で強化されているのか中々千切れそうにもない。まだパンドラの魔力が回復する様子もない。誰も、助けにはいられない。

 堪らず、パンドラは叫んだ。


「ダメ、リリアン! 避けて」


「死ねぇぇぇぇ!」


「────ブロウ・ガブリエル」


 柔らかな雰囲気が一変し、リリアンの凛とした声が響いた。

 直後、彼女の足元から激流が舞い上がる。さながら重力に逆らう滝のようだった。いつの間にかリリアンの右手には喇叭らっぱが握られている。そのままマウスピースを口元に近付け、息を吹き込み大きく一声を鳴らした。

 直後、突然出現した巨大な激流がネメシスの正面に襲いかかる。


「ごぼっ!?」


 波に飲み込まれ、息を止めるよりも早く水が口の中へ入り込み溺れ始めていく。それだけではない。いつの間にかネメシスを纏っていた気が消失していた。

 解呪と治癒。リリアンの魔法の本質がそれである。大量の水を操ることによって相手を拘束し強化状態を無理やり剥がす。

 しかし、パンドラが最も驚いていたのはリリアンの操るその水量だ。


(……近くに水場は一切ない。本当にその場からこの量の水を出したっていうの!?)


 水属性と土属性は最も周囲の環境から影響を受ける魔法と言われている。

 水を操る強力な魔獣はほとんどの生息地を水場にし、土属性を操る強力な魔獣はほとんど環境が豊かな森などに生息している。どうやらこの二つの属性は特に大地と密接しているためか、その場から発生させるのは非常に困難なのだ。

 だが、リリアンはいとも簡単に激流を生み出しネメシスを拘束した。どれほど強大な魔力がこの少女の中に宿っているというのか。

 キッ、と水の中に閉じ込められたネメシスが睨みつける。弱々しくしおれていた翼が立ち上がっていく。徐々に彼女の周囲から電流が流れ始めた。

 それを見たリリアンは「はあ」とため息をつく。


「無駄な抵抗はやめなさい」


 直後、再び喇叭を鳴らし。

 喇叭の先から一直線に水流が放たれた。


「!?」


「はい、切れました」


 驚愕のあまり、グレイがパンドラの拘束を解いた瞬間に体を支えきれず倒れてしまう。

 リリアンの狙いは非常に正確で肩先を掠めるか掠めないかぐらいの位置を見事に穿っていた。水の中にわずかに赤い色が混じっていく。

 再びリリアンが喇叭を鳴らす。直後、閉じ込められていたネメシスがもがき苦しみ始めた。


「な、何!?」


「えぐれた傷口から水を流し込みましたの。当然ながら神経も刺激されて激痛が走りますし、血管の中に水を送り込まれてはいくら生命に必要不可欠なものとはいえ毒となりますわ」


「…………」


 リリアンの残忍な攻撃に思わず引いてしまうパンドラ。

 対してリリアンは心外という顔でパンドラを見つめ返す。


「あら、命までは取らないわよ。ああやって痛めつけることで必然的に抵抗しようと暴れ、体内に水が入って窒息していくの。もちろん意識を失ったらすぐに解除して大急処置を施すわ。ちょうど今みたいにね」


 ほら、と彼女が視線でネメシスの方を示す。

 いつの間にか水が引いておりネメシスが気を失って倒れていた。すぐさまグレイが彼女の元に駆け寄り縄で縛ってから水を吐かせる。

 どうやら事態は収束したらしい。パンドラは安堵の息を吐くも、まだやり残していたことに気が付き振り返る。


「エリス!」


 パンドラの言葉に驚いたグレイとリリアンも振り返る。

 パンドラはエリスの元に駆け寄り、離れた首と胴体を抱えて涙を流していた。


「あぁ…………ごめん、ごめんね、エリス……」


 パンドラは治癒魔法を掛けエリスの首を繋げた。もう全てが手遅れだが、せめて彼女の遺体だけは綺麗な姿を保って欲しかったのだ。


「エリス……あたし、必ず仇を取るから。へカーテたちを倒したらあたしも責任取って死ぬから。だから、今はゆっくり休んで……」


 冷たくなったエリスの体を抱きしめパンドラは贖罪と決意の言葉を語る。

 と、そこでパンドラの意識が途絶えてしまった。いくつか気を持ち直していても精神的には限界だったのだ。


「グレイ……」


 ぼそりとリリアンが口を開く。


「一旦引き上げましょう。話を聞くのは後です。彼女をゆっくり休ませてあげましょう」


「……そう、ですね」


 リリアンの言葉にグレイが重々しく答える。

 だが、そこでグレイはパンドラの姿が変化していることに気が付いた。

 髪の色が純白から漆黒へと変わっていく。


「う、ん……あれ、ここは……?」


 そしてパンドラ────否、セナはゆっくりと目を覚ました。

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